第676話
聞こえる声に応えた私は失われた声を取り戻した。いや、声だけではなく顔に押された
「ふははははっ! いままで私を見下してきた者どもを見返してやる! エイドニア王国を我が手に! ……いいや、あの国だけでは物足りぬ。ムルコルスタ大陸を手に入れる……そうだ、世界を手に入れよう。あの聖女、あいつを切り刻んで魔物のエサにしてやろう。この私を
「私が手助けしよう。なにを望む」
姿は見えないが耳に聞こえる女の声。その言葉に従い、いまの姿がある。去勢されたままだが、快楽を楽しむのは全部終わらせて世界を手に入れてからだ。
「私が望むのは……世界をこの手に。そしてあの『黒髪の聖女』に復讐を!」
ああ、その日が目の前に広がっている。私を見下した者たちに阿鼻叫喚の日々を与えられる日々はもうすぐだ。連中の苦しみ
この私に神が宿った。私の復讐に手を貸してくれる私だけの神が。
あの女の声はあれ以来聞こえてこない。
あれは誘惑の声というものだろうか? 自らの罪を
北の消えた国の
「あれは自分の罪と向き合っていないからだよ」
そう教えてくれた兄。絵本を読んでくれた兄が教えてくれたそのときの声が心に思い浮かんだ。何度もよみがえる兄の声が、無意識に遠ざけた自らの罪を目の前に引き戻してくる。愚かな行為で奪った生命と未来。醜い嫉妬から始まったのに、なぜ今でも聞こえる大切だった人の声は優しいままなのか。
目の前に出された罪に私はまたひとつずつ犯した罪をあげていく。きっとどこか違うのだろう。何か勘違いしているのだろう。……まだ自覚していない罪があるのだろう。
兄はまだ反省が足りないと言っている。
今度は逆に辿っていこう。愚かな行為にはキッカケがある。それは兄に対しての感情だけではないのかもしれない。
まずは黒髪の聖女から。初めて会ったときの強い目力。あの目が私に罪悪感を生み出した。あの目に見合った意志の強さがまっすぐ私という存在の前に立ち塞がった。後ろに弱々しいもうひとりの聖女を庇って。
あの聖女を引き剥がせばあの強さも消えるだろう。
引き摺って持っていこうとした私にさらに立ち向かう。
「この国では、少女の腕を掴んで床を引き
「この私は何をしても許される」
そう鼻で笑い掴んだ女を部屋から引き
「こっの! 腐れ外道があああ!!!」
閉ざした扉から私に襲いかかったあの女の声。あのようにまっすぐ向かってくる者など数少ない。ましてや女で私に意見するなど……ひとりもいなかった。
女など力で組み伏せればいい。母も父の顔色をうかがい、父に望まれれば昼でも夜でも父の
……私は母の温もりを求めていたのか?
兄が代わりの温もりを与えてくれていたが、私は母を求めていたのか? 次期王である兄にしか興味を持たない父に、私も見てほしかったのか? それを聖女という存在に求めたのか?
すうっと重かった身体が少し軽くなる。
これが正解だったのか。
私は時間をかけて罪と向き合おう。黒髪の聖女は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。