第656話


いまはペリジアーノ大陸へ渡った旧国の流民るみんの記録をみんなで調べ直している。そこに私は加わっていない、というかペリジアーノ大陸に残る昔話の本を読んでいる。


これらはエルスカントの尾根に軟禁されていたお祖父ちゃんたちが「幼な子がヒマだ、買ってこい」と買い集めさせたペリジアーノ大陸の歴史書を子供用の絵本にしたものだ。もちろん平仮名のみで読み聞かせていたそうだ。


「漢字は一種の歴史だ。それが読めれば知識を得られるが、それを悪用される可能性もある。だからといって失われるのは後世にとってマイナスにしかならん」

「じーさんたちが集めるように言ったときにその危険性はなかったのか?」

「あれらは征服した国の書物だ。焼き捨てられるくらいなら寄越せ、と請求してやった。奴らには読めないからな、価値がわからないくせに恩着せがましく寄越してきた」

「自分の頭が悪すぎて読めないからって焚書ふんしょにしていたらいい国にはならないというのにね。そんなことも分からないから、救いようのないおバカなんだよ」


ほうっという感心したような表情を見せたお祖父ちゃんは優しい笑顔で目を細める。


「じゃあ、エミリアちゃんはどうすれば良いと思う?」

「自分が理解できない、周りも理解できない。だったら読み解ける専門家を育てればいいじゃん。どんなに時間がかかってもさ、後世で知識が失われたことを嘆くよりかす道を残した方がいいよね。それにその本があるってことは、その国には本を読める人、もしくは読み解くための指南書か何かが必ずあるはず」

「おお、エミリアちゃんはよく分かっておる」


破顔して私を甘やかすお祖父ちゃん。エルスカントの尾根にいたお爺ちゃんたちも私を甘やかす。


「ランディの孫ならワシらの孫じゃ」

「このセリフ、どっかで聞いたね」

「血のなせる技、ってことか」

「みんな同族かぞくだね」

「エミリアもな」


当然のように私も家族として迎えてくれることが嬉しい。

そしてお祖父ちゃんたちは、みんなで手分けして情報を精査している。


「エミリア、どうした?」


私の隣で歴史書を読んでいたダイバが私を肘で小突いて声をかけてきた。妖精たちを講師にして漢字の勉強が始まったものの、ダイバ並みにスラスラと漢字は読め……な?


「あああああああああああ!!!」


私が叫びながら立ち上がると、全員が「ひゃあああ!」と素っ頓狂な声を上げた。



「ここにある本がおかしい?」


ダイバの確認する声に私は頷く。


「私の世界でも、言葉は変わっているの。漢字も古い時代だけじゃない。今から100年前の漢字が今では違うの、『學』が『学』になっていたり。それに現代仮名遣いになる前の文章は平仮名ではなく片仮名なんだ」

「文字も進化しているのか?」

「そう。だからこの世界で何百年も前に書かれたという歴史書をんだよ」

「……しかし、我々が知っているのはこの漢字でこの書き方だ」


現代仮名遣いは100年にも満たない。まだ歴史が浅いはずなのに……なぜ?


「漢字がすたれたのはコレが原因か」

「平仮名だって進化してる。『てふ』と書いて『ちょう』と読む。コレも現代仮名遣いだよ」

「……わるい、エミリアちゃん。それに関する本はあるか?」

「購入すれば」

「コレを読めるか?」


ダイバが読んでいた歴史書の中に出てきた文字を確認する。そこだけ横文字になっているが英語ではなくローマ字。


「どこまで混在してるんだろう」


調べれば調べるほどおかしなことばかりだ。

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