第645話


ナナシの行動をくまなく探すが、残念ながら小さな異変も見つからないでいた。


「冒険者ギルドに依頼した方がいいでしょうか?」

「商人ギルド、とくに行商人の方が魔物の情報を持っているのでは?」

「ええ、確かにそうですね。エミリアさん、それでどの点を重視して情報を集めた方がいいですか?」

「そうだね……普段とは違う魔物の行動。例えば普段なら見かけない魔物の出没や、逆にいるはずの魔物を見かけない。あとはダンジョンの魔物が今までと違うってところかな」

「支援を理由にムルコルスタ大陸に渡ってダンジョンに食材探しに入っている冒険者れんちゅうからはダンジョン都市こっちにも情報が上がっている。……まあ、結論からいうと多少の棲息地の移動はあるものの許容範囲内ってところだ」


魔物は棲息地内を移動することがある。例えば草食系はエサとなる植物を食い荒らさない。だいたい4ヶ所くらいをローテーションしていくのだ。そこから派生して新たなエサ場も増えるが、ほぼ棲息地エリアからは出ない。

そして雑食の魔物は草食系の棲息地と重なる。それもまた4ヶ所ほどの草食系の棲息地をその範囲内に捉えている。やはり草食系の魔物を食い荒らせば自分たちのエサ場が消えることを本能で知っているからだ。

ただし、肉食の魔物にその法則は当てはまらない。彼らのエサは生きとし生けるもの。人も魔物も、もちろん同種であってもエサとなる。調査対象になるのはそんな肉食の魔物だ。


「でも、そんな魔物の棲息地を探してどうなるんです」


そう尋ねたのはプリクエン大陸の外を知らない冒険者。荒れ地からなるプリクエン大陸に棲息する魔物は、緑地やみぎわを棲息地に加えている。そして残る棲息地はフィールドに点在するダンジョン内だけだ。


「ほかの大陸にいる魔物は気配に敏感だ。例えば草食系の魔物が何かに怯えて逃げ出しても雑食系は慎重に判断をする。逃げ出したとしても安全が確認されれば元に戻ってくることを知っているからだ。草食系の魔物にとって棲息地は安全領域エリアなんだ。しかし雑食系の魔物が棲息地から逃げ出した場合……雑食系は棲息地へ戻ることはない。肉でも草でも食べる連中もまた、人間をエサにできるから」


多くの場合、村や町を襲う魔物のほとんどが棲息地から離れたその雑食系である。

ただ、単体や少数で徒党を組んでいるのは通常でもみられる。注視するのは10体以上が行動を共にしている、それも成体のオスが複数体みられる場合だ。


「エサに困らない棲息地であれば、距離を置いて共存しているだろう。しかしフィールドというエサが確実に捕らえられないところで共存などできない。肉食の魔物同様、弱肉強食で淘汰されていく。しゅを残すなら共存しないで離れている」

「つまり、オスが多くいるということは棲息地から離れたばかりだと考えられるわけか」


そういうこと。そう頷くと全員がぽかーんと口を開いて固まった。思考回路がショートしてしまったようだ。



情報部に新たに加わったユーリカは、冒険者ギルドでギルド長をしてきた経験を重宝されての採用である。


「是非とも冒険者ギルドに。できればギルド長、嫌なら副ギルド長サブでもかまわない」


その声が多かったが、ユーリカは丁重にお断りしていた。


「前職は何であれ、新入りで入るのでしたら雑用係からです」


続いた押し問答に終止符を打ったのはミリィさんとアルマンさん、コルデさんだった。ユーリカが有能なのをよく知っている3人が情報部に推したのだ。


「情報部なら各種ギルドで取り扱う情報が一手に集まる。もちろん管理も情報部が一括でおこなう。ユーリカの情報収集に特化した能力を活かすのであれば、ギルドではなく情報部で情報管理をしてもらった方がいい」


情報管理は集まった情報だけを扱うのではなく、そこからさらに細かい情報を該当する町やギルドに問い合わせて、どこからか問い合わせられたらすぐに答えられるように備える。


「ユーリカにあった仕事だと思う」

「そうだな、情報に関してはムルコルスタ大陸随一だった。フィールドでも魔物の情報でも聞けばすぐに詳細が手に入るから、ダンジョンに向かうときは頼りにしていた」


そう推薦されれば、誰も反対はしなかった。

いまでは報告会議に参加して情報を吟味している。彼女の前にはすでにメモされた情報が何枚も広がっている。そこには妖精たちが補足を書き足している。あとでまとめ上げた情報を報告書にして情報部の部長に提出している。


「ほーんと、いい人材が入ってくれたよ」

「いままでメッシュがひとりで預かってきたんだよな」

「そうそう。それが情報の取り扱いにけた彼女が加わっただけで、いままでの苦労が一気に解消されたよ」

「そう言っていただけると嬉しいです」


即戦力で動ける部下を手に入れたことで、メッシュと妖精たちで回していた情報管理に余裕ができた。そのため、さらに情報を精査・吟味する時間がとれたことでさらに詳細な情報が取り扱われている。

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