第631話


火龍は、エルスカントの尾根を。尾根の中に封印があり、岩でできた尾根が封印を頑丈に守っている。その封印ごと運んできたらしい。


「その尾根は?」

「騰蛇が管理している廃国に放り込んだ」


この大陸にナナシは入れない。アウミを喪ったいま、ナナシの器になれる人はいない。信者がいても、ナナシを身の内にれられる人は皆無だろう。絶望で弱った心の隙間すきまに入り込むのだ。そんなナナシにとって都合の良い信者など簡単に見つからないだろう。


そして騰蛇や聖獣たちによる重ねられた結界で、たとえナナシでも入ることは不可能だ。何より、かつてエルスカントの尾根だった岩の山脈がどこへ消えたか探すことは難しい。


「ほかの封印も、その結界の中に隠しちゃえば?」


そう聞いたら、すでに封印のカケラの一つは結界に隠したそうだ。


《 ムルコルスタ大陸にあったんだよ 》

《 大きな水晶の中に封印されてたの。大きな町に飾られていたけど誰も気付いていなかったから、地の妖精が回収したよ 》

《 すでに結界の中にしまったから大丈夫! 》

「それは身体のどこ?」


そう聞いたら全員が首を左右に振った。


《 アレはナナシの魔力 》

《 ナナシから取り上げられた魔力 》


騰蛇が、奪われたこの大陸の自然を回復させるための魔力に変換するという。それほど多くの魔力を有する水晶が野ざらしで飾られていたなんて……


「その国に影響はないの?」

《 ないよ。ムルコルスタ大陸だもん、自然が溢れている大陸なんだから丁度いいんじゃないかな 》


ちなみに私が以前見つけた大きな水晶にも、自然を浄化する大地の魔力が含まれていた。


「でも、私の水晶の力はダンジョン都市シティ内に使っちゃったもんね〜」

《 おかげで、農園で豊作になっているんだから 》

《 妖精の庭も浄化作用で住みやすいし 》


私たちの生活が良くなったのは、長年見つからずに大地の魔力を吸収し続けてきた水晶の力を騰蛇が解放したから。魔力を失った水晶はアクセサリーに作り替えた。ムルコルスタ大陸のどこかの国から回収された水晶はただいま浄化中。野ざらしになっていたことで魔素を吸い込んでしまっているため、魔素を抜きとっているそうだ。


《 純粋な魔力だけを大地の回復に使うためだもん。魔素は魔力の素だけど、色んな属性が混じっているから大地の魔力だけじゃないんだよね 》


騰蛇の火の魔力で浄化させていることもあり……


「今年の地熱は高いわね〜」


ということもあり、フィールドを出歩く人たちが少ない。フィールドで活動しているのは魔物討伐の依頼を受けた冒険者や、町や村から討伐に出ている討伐隊くらいなものだろう。

ただ、地熱が大地の下にうずもれていた不浄を浄化することで、気温が下がってきたことだろう。



このダンジョン都市シティで優しい人たちに触れた。フィムの無垢な魂に触れた。そんなアウミはダンジョン都市シティの人たちを皆殺しにして死兵にすることなど出来るはずがなかった。何人か、心に弱い部分を持つ人たちを操って連れ出すのが精一杯だった。


「アウミがさ、最後に言ってたよ。ノーマンは亡き父親にソックリだったんだと。でもさ、どんなに似ていてもアウミの父親ではない。かわいいフィムを弟の代わりに可愛がろうと思った。でもフィムもまた自分の家族おとうとではないって……気付いてしまった」


自覚したアウミに危険を冒してでもパルクスへ向かわせたのは、アウミが死を望み始めたから。亡くなった家族を求めたから。それはナナシにとって身体うつわを失うこと。


「いまはアウミの望むように働きかけているけど、機が熟したらアウミの身体が乗っ取られるわ。そうなったらアウミの魂は消滅するわ。ナナシに吸収されても魂消滅するの」


アウミの身体には強弱2つの魂が入っている。強い魂がアウミで弱い魂がナナシだ。しかしその存在の強さが逆転すれば、アウミの魂を追い出すか押しつぶすか吸収してナナシの魂がアウミの身体のぬしになれる。


「吸収しても意思があわなければ弱体するだけ。さらに意思が正反対だった場合、毒を吸収したのと同じで死を招くわ」

「……魅了の女神は?」

「私は肉体を持っているから大丈夫よ。一緒にいたけど、エミリアに負荷をかけずにいられたでしょう?」


アウミが解放されたことで、ナナシの居場所はどこにもない。……それなのに、まだ見つからない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る