第618話


冒険者700人の大行列が南部を練り歩く。それはそれは目立つことの上ない状態だった。ただ、先頭を歩くのが鉄壁の防衛ディフェンスのリーダーであるキッカだったため、驚かれただけで騒動にはならなかった。


「すごいな、この王都まちは」


ホフマンが周囲を見回しながら驚きと共に感想を漏らす。彼らが住むダンジョン都市シティは舗装されておらず、土が剥き出しのままだ。しかし妖精たちが棲みついたおかげで草木が生えてその管理も任せている。


「住んでいる環境が荒れていれば人の心は荒れ、植物が増えて環境が整えば心が優しくなる。キッカたちは昔の俺たちの都市まちを知らないだろう? それは酷い有り様だった。子供たちは物を奪い合い、関所ゲート前の広場では冒険者の荷物持ちで連れて行ってもらおうとして問題を起こし、出てきた冒険者の荷物を奪おうとする」

「そんな光景、思い浮かばないな……」


キッカが知っているのは、待機場所に並んで大人しく荷物持ちの依頼が来るのを待っている冒険者見習いの子供たちだ。


「エミリアがな、一度静かにキレたんだよ。顔見知りなんだから連れていけ、顔見知りなんだから自分たちに荷物を寄越すのは当然、と言われてな。正論吐かれたら謝罪せずに泣き落としで『ひどい』だとよ」

「その子供らは?」

「エミリアが突き放す言葉を吐いて終わりだ。まあ、カバンを奪おうとした事実もあり、エミリアから集団強盗と言われて罰を受けた。実際にカバンに手を出した少年少女たちは外周部の娼館や男娼館の小間使い行きだ。と言っても厳しく礼儀作法を叩き込まれて更生すれば客を取ることもなく解放される。更生しなければ……格下の娼館や男娼館に払い下げ。そこで客を取ることになる」

「娼館や男娼館は救済なのか?」


キッカの驚きにホフマンは頷く。


「10歳以上の子供が対象だ。子供が無知なのは親や育った環境のせいだ。だから厳しくシツケができる娼館や男娼館に預けられる。そこで常識を身につけられれば解放されるし、連中と取り引きのある服屋や装飾屋で職人として働けるし店の警備として雇われる。中には娼婦になって稼ぎ、迷惑をかけた相手に詫びと慰謝料を届けている。娼館や男娼館は一種の罰であるものの罪科はつかない。つまり賞罰欄は無傷だ」


エミリアに手を出して娼館や男娼館に入った子供たちも、いまは反省して慰謝料を支払った。娼婦や男娼にならなくても裏方仕事はある。子供たちは外で生きられないことを自覚しているのだ。


「エミリアは慰謝料を受け取らず、娼館に学校を作らせた。外周部で家族と生活する子供たちに最低限の勉学を教えるためだ。文字を覚えれば仕事の幅が増える。計算を覚えれば家業の手伝いができる。何も出来なくても、裏方の厨房で野菜の皮むきや皿洗いができれば稼げる。……娼館や男娼館の表舞台は華やかだが、それを支えるのは裏方だ。大きなところは人も必要だが、そこに相応しい知識も必要だ。頭でっかちでプライドの高い奴ほど、基本の下拵したごしらえをしたがらねえ」

「そういえば冒険者学校もダンジョン都市シティが最初だったな」


キッカも冒険者学校を卒業したひとりだ。鉄壁の防衛ディフェンスの冒険者たちは自分たちが冒険者としての知識が足りないと知り、子供たちの協力を得て猛勉強をして卒業した。


「あれはダイバたちダンジョン管理部の提案だ。湿地帯ダンジョンの悲劇を2度と繰り返さないため、知り得た情報を共有するための場でも……意見を出し合う場でもある」


ダンジョンの情報だけでなく、魔物の情報や弱点などを教え合い、武器の種類によって有効な戦闘方法も互いに実戦で試す。彼らの情報が各国の冒険者ギルドにも拡散され、優位な戦い方が少しずつ冒険者たちに広がっている。

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