第575話


実は庁舎から経理部の妖精を派遣してもらっている店もある。口は悪く厳しいと有名だが、ムダをはぶき売り上げをアップさせている実績が高評価されている。中には年間契約を結んだ店舗も……ギルドもある。


《 商人ギルドと職人ギルドは前科があるからね。職人でも個人契約してるし、個人経営のお店でも屋台でも毎日の集計があるから。在庫の発注も管理するから、屋台村の契約者は野菜の発注や自分の契約農家や実家に毎朝一括で送ってもらえるようになったんだよ 》


その屋台村の人たちが、妖精たちの働きを見て自分たちも依頼するようになった。後ろ暗いことをしていたり、細かいことは離れて住んでいる家族に管理してもらっていて屋台の運営しかしていない人は経理部の妖精たちと契約していない。


「俺たち、妖精がいないと何もできなくなったな」

「妖精がここまで優秀だとは思わなかったよ」


バラクルでもそう言ってグチる屋台主たちが集まる。そのほとんどが自分たちの無能さを嘆く言葉が多い。しかし、その日は違った。


「やめてくれ……。俺、毎日『屋台を畳め!』って叱られるんだ……」

「……お前、何やらかしたんだ?」


ここで妖精ではなくその屋台主に問題があると思う同業者たち。妖精たちにバカにされてもそれは自分たちの発注ミスなどが原因であり、妖精たちは発注ミスを同業者たちに協力を求めて被害を最小限にしてくれる。だからこそ『屋台を畳め』などと言われることなど今までなかったのだ。


「ねえ、何屋さんだっけ?」

「え? あ、スープスタンドだけど……」

《 あー! もしかしてクレープ屋の隣の! 》

「そうだけど……今日は弟が店番してる……」

《 大変っ! お店やめて! 》

《 大変! 大変! 》


妖精たちが慌てて外へ飛び出していく。私たちも急いで屋台村へと向かう。


《 大変! 大変! 》

《 早く畳んで! 》

《 誰か畳んで! 》


屋台を触れない妖精たちは屋台を囲んで周りに訴えていた。


「屋台の魔導具を片付けて! 屋台が壊れる!」


私の声が届いたのか、屋台の近くにいた守備隊が駆け寄ってコンロなどを屋台から撤去すると同時に屋台が隣のクレープ屋の屋台に倒れていった。


《 ダメェェ! 》


風の妖精たちが屋台を風で押し返し、地の妖精たちがツルで崩れ始めた屋台を押さえる。


『状態回復』!!!


誰かがかけた魔法で、崩れ落ちかけた屋台が崩れる前の状態に戻る。隣のクレープ屋の屋台は水の妖精が張った膜で被害は出ていない。


「よくやった! お前ら!」

《 間に合った…… 》

「みんな、大丈夫⁉︎」

《 私たちは大丈夫。でも…… 》


間に合わなかった。妖精たちの視線の先には『妖精のたまご』がひとつ。この屋台を管理していた妖精だろう。そばには泣いている子供と男性が座り込んでいた。



『屋台が劣化していた。その屋台に業務用のコンロを3台並べ、寸胴にスープを入れて販売していた。本来、屋台でコンロを使う場合は耐久性を考慮しコンロの使用は2台までと決まっている。3台目を使用する場合は強化した屋台を使うことになっていた。また幼な子が屋台に体重をかけて寸胴鍋の中を覗くという危険行為も見られていた。


また、管理を依頼した妖精から屋台を畳むように繰り返し注意されていた。営業時間外にコンロを片付けて屋台を畳んでいればまだ崩れるには猶予があっただろう。しかし、妖精の注意を聞き入れなかった屋台主とその家族は、屋台を風雨にさらしコンロを放置し続けてきた。

そしてあの事故が起きた。


その日、屋台主は不在で弟と甥が店番をしていた。いつものように調理台に体重をかけて遊ぶ甥、そのときに何かが音を立てたのを聞いたらしい。その音をもう一度聞こうと体重をかけていたとの証言が本人の口からもたらされている。

体重をかけたとき、調理台に大きな亀裂が入り2台のコンロ台が倒れて寸胴鍋が甥の頭に降りかかった。その甥を守った風の妖精は、2人を安全な屋台の外に避難させると力尽きた。


崩れた屋台は集まっていた妖精たちのとっさの協力によって周囲に被害はなかった。勇気ある風の妖精は『妖精のたまご』と呼ばれる再生の前段階に戻った。

いま屋台主は証言する、「なぜ言われたとおりに屋台を畳まなかったのか。私は屋台をやめろと言われたと思っていた。それは違ったというのに……」と。後悔した彼らだったが……


《 反省したいんだったら、ちゃんと真摯に指摘を受け入れなさい! 》


と、無事に回復した風の妖精に頭を叩かれて迷惑をかけた屋台村の屋台主全員に頭を下げて回った。なお、使用していた屋台は強化仕様となり、二度と事故は起きないと妖精から太鼓判を押された。

再開は3日後、その日より一週間(6日間)はスープを無償で提供される。また、感謝の意味も含めて全妖精には無期限でスープを無償提供すると公表された』



記事は情報部によって拡散された。回復した風の妖精は変わらず屋台で『ダメ屋台主の教育』を頑張っている。


《 疲れただけだもん、アッシュにもたれて休んだから回復したよ。魅了の女神も夢の中で『よく頑張ったわ』って誉めてくれた。だから元気いっぱい! 》


妖精たちはさらなる信頼を勝ちとり、屋台村は屋台の整備を徹底した。

また、風雨から屋台を守るために防水シートが採用されたものの、今度は屋根のシートを撤去しないで開店し、酸欠になりかけた屋台主が現れた。妖精たちの活躍によって救われた屋台主は「シートをかけたり外したりするのが、いちいち面倒だった」と証言。反省の色がないと屋台村での営業が取り消されて規則のゆるい外周部へと移動した。


生存5日。『雨でも濡れずに飲食できる』という謳い文句で開いていた焼き鳥店。防水シートを外さなかったことで一酸化炭素中毒で倒れた。そのときに火のついた炭も倒していたことで、客も巻き込まれて…………周囲の住人も巻き込む爆発が起きて大惨事になった。


『爆発の原因はわかっていない』


事故を知らせる情報部のニュースだったが、一酸化炭素にはメタンも含まれている。そのメタンガスが爆発を起こしたのだと調査部が断定するまで時間を要することとなった。さらに溜まったメタンに炭の火がついたのが原因とわかったのは……死体にはメタンが溜まることを私から聞いたから。解体前の鶏肉が屋台に積み上げられていたことを客で行ったことがある人たちの証言から判明し、爆発の中心が屋台だと調査結果が出されることになったのは翌年の春だった。

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