第405話


ダンジョン都市シティに帰った私たちを待っていたのは、静かに怒っていたアゴールだった。周囲に甚大な被害を与えていたのは間違いないようだ。ただし、物理的にではなく精神的な方で。


「寝てないじゃん」

「そういえば、アゴールの奴……昼寝だと長くても二時間だ」

「夜は?」

「きっちり七時間」

「薬の効きは?」

「精神集中して無理矢理起きるから、酔っぱらいか二日酔いのようにみえる。ただし精神が研ぎ澄まされているから、いつもより危険だぞ」


たしかに、アゴールの目は座布団を何枚も重ねて敷いて座って……「エミリアさん? 何を考えているのです?」……据わっている目がさらに切れ目で色気を醸し出すカッコいいお姉さんになって……「エミリア、現実に戻ってこい」…………はあ。何で私の店の前で腕を組んで仁王立ちで立っているんだ? お陰で警備にために階段に座っている私服守備隊が気の毒すぎる。


「エミリアさん、なぜ私を置いていったのです」

「アゴールは妊婦だから」

「だからって置いていかなくても」

「……全力で戦う気マンマンだったのは?」

「私ですが、それが何か問題でも?」

「だ〜か〜ら〜!」

「大丈夫です。エリーさんから『エルフの祝福』を受けて、エミリアさんのお守りも……」

パァックン


ピピンがお怒り状態で、アゴールを後ろから飲み込んだ。さすがのアゴールも、スライムピピンには暖簾に腕押しで何もできず。暴れまくっても……


「寝たね」

「ああ、寝たな」


ピピンは水属性のスライム。睡眠薬(飲み薬)を、私が作った強力眠り薬(一部職業のみ使用可)を自分で構成させる能力がある。そんな眠り薬の中で暴れれば吸い込む量が多くなるのは当然なわけで。

呆気なく眠ったアゴールを、白虎は背中に乗せたピピンに促されて静かに駆け出していく。行き先はバラクルの私室だろう。


「まあったく。妊婦の自覚はないし、息子は放置だし」

「あれでも妹は心配していたんだろ」

「妹?」

「エミリアだ。ったく、エミリアに絡んでいるということは、俺よりエミリアを心配してのことだ」

「え〜、ただの置いてったことへの絡みじゃないのー?」

「あ、エミリアさん、それは違う」


ダイバからではなく私服守備隊から否定の声があがる。


「アゴールはエミリアさんが帰ってくるまで、ここでずっと心配してたんだ」

「あれ、そうなの?」


私の言葉に全員が頷く。


「エミリア、最近攻撃や魔法の勢いが落ちてきたって?」

「……何でそれを知っている」

「おい、怒るな。アゴールがそういってたんだよ。それで『できるだけそばにいて守ってやりたい』っていっていたんだ」


そうなのだ。魅了の女神が私の中から消えて以降少しずつ、でも確実に魔法の威力が落ちている。火龍にもその点を指摘された。


〈知らずに女神の魔力を使っていたから際限なく強かったのだ。あと一割ほど下がるが、エミリアはその分妖精たちがおるだろう?〉

「つまり、全体で六割?」

「ああ、それくらいなら熟練の冒険者並みってところか」

〈通常の魔力ではな。ただ、のときには妖精たちの妖力チカラを借りろ。女神ほどではないにしろ全員の妖力チカラを借りられれば、優に女神の力を超えることができる〉

《 任せて! 》

《 ボクたちが補ってあげる! 》

《 そうだよ、私たちはいつもエミリアの魔力を借りてるんだもん。借りた分は返さなきゃ 》

《 うん、倍にして返そう 》


妖精たちが小さな胸を張り、さらに小さな握り拳でポンッと胸を叩いた。

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