第九章

第371話


アゴールの妊娠が判明したものの、二度目ということで少しは節度のある祝杯を……


「いえ〜い! 祝いだ! 祝いだあ〜!」

「のめのめ〜い」


…………節度はどこに消えた?


「エミリア〜、のんでるかあ〜」

「のんでるよ、清酒を」

「帰ってきた早々に妊娠がわかるとは〜」

「ダイバ、酔っ払いすぎ。明日、ヘインジルと報告会するんでしょー」

「昼からだろ」

「……報告書は?」

「あ? そんなのいつもアゴールが」

「今回いってないのに?」


あ、動きがとまった。


「妊娠しているのに?」


あ、酔いがさめたみたい。


「…………働かせるの?」


あ、青ざめた。


「エ、エミリア……。頼む! 妖精たちを貸してくれ‼︎」

「ここでやるの?」


私がそう聞くとダイバは店内を見回す。すでに酔った者、酔いが回って床で寝てる者、呑んでも酔わない者。……そして素面の者。


「店の一階を貸してくれ」


頼む、このとおり! と言って両手をあわせて必死に頼み込むダイバ。ここで報告書を作成するには誘惑が多すぎる。すでに妊婦のアゴールはフィムと共に私室へ戻っている。

私は農園の奴隷たちに賃金を渡してきた。そして戻ってきたらこの騒ぎだった。


「エミリア。悪いけど私からも頼むわ」


そう言いながら現れたフーリさん。彼女の話では、今日は臨時休業にしたため客はないが、酔っ払いほどタチの悪い者はいない。絡む者も多いのだ、さっきのダイバみたいに。


「せっかくの祝杯で妖精たちのいかりを買うわけにはいかないからねえ」

「……仕方しっかたがないですねぇ。明日の朝までだよ」

「助かる! ついでに報告書を写させてくれ」

「それは却下」

「おい」

「だって、すでに届けたもん。妖精たちが」


私の言葉でガクッと頭を下げた。



ダイバを連れて私の家に帰ると一階の応接セットで向かいあって座った。


「アレって、エミリアの仮定が当たったということか」

「うん、……でも何でアゴールだったんだろうね」

「まだエミリアをどうにかしようと思っているんだろうか?」

「うーん。でもフィムだけは気付いたね」

「ああ。…………あれはうまく誤魔化せたが」

「腕輪で封印はしたよ。でも出産までだ」

「…………その前に倒さないと」

「それでいい? ダイバ」

「仕方がない。フィムを守るためだ」


アゴールのお腹にいるのは新しい生命だけではなかった。のだ。

ちなみに私が『いじめる』といったのを周囲は『お腹の赤ちゃんを圧迫している』と判断していた。……それでも間違いではないけど、ダイバはその裏にある言葉に気付いた。

あのテントでダイバに話していてよかったと思う。同時に女神の気配を気付けたことも。


「まさか、女神をブン殴ったおかげでお守りアミュレットが女神の気配を追跡できていたなんて知らなかったよ」

「夢の中で直接接触できたからだろう?」

「そうだね。ただ、気をつけてよ」

「何をだ?」

「アゴールのお腹の中にが潜んでいるんだ。私が今までたくさんの人たちに絡まれていた理由が、魅了の女神が私の中にいた影響だとしたら……?」

「あの騒ぎがアゴールに降りかかるということか」

「そう、アゴールが出産する日までね。そして、それまでにしないと赤ちゃんのたましいに影響する。下手すれば融合もありえる。だから女神を封じたんだけどね」

「生まれた子供は女神本人、ということではないのだな?」

「それはない。神は死んだら記憶は聖霊に、あとは精霊ニンフか妖精になる……らしい。妖精の話では、ね」

「……だから彼らは神と同じ悠久の刻を生きているのか」


ダイバの言葉に頷く。もしお腹の子が女神と融合した場合、どうなるか。


「一定の年齢で成長が止まって、そのまま生きるのか」

「天命がきても女神にたましいを拘束されて、肉体が腐っても生き続けるか」


私の言葉にダイバは不快そうな表情をみせる。


「そうならないように、来年頑張ろうね」

「ああ、エミリアも妖精たちも協力を頼む」

《 うん、わかったー 》

《 いいよ。かわいいフィムのためだもんね 》

《 でもね、ダイバ。水をさすようで悪いんだけど…… 》


妖精たちがダイバに協力を申し出る中、地の妖精が言いづらそうに多少表情をゆがめてから、覚悟を決めたように俯いていた顔を上げて、いま一番大事な事実ことをダイバに向けていった。


《 明日の報告書、作らなくてもいいの? 》

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