第368話


「ダイバ、悪い。簡単に見つからない妖精がどうして捕まったのか聞いちまったんだ」

「いや、エミリアのコレは最近からだ」


エミリアを片手で抱えたダイバが、慣れた手つきでステータスを操作して椅子をだして座る。膝に乗せたエミリアの身体を支えなおすと泣いて腫れるであろう顔に『状態回復』をかけた。


「最近って、奴隷市でビン詰めの妖精が見つかった一件か?」

「……グレイ、エミリアは何を話していた?」


グレイと呼ばれた警備隊の隊員が、ダイバに質問したフォスターをみてからダイバに顔を戻す。ダイバが返さなかったということは、何か確認するためだろう。


「封印された国の話を」

「ほかには?」

「それで王子が見つけた妖精から始まったと」

「そこら辺はこの大陸では誰もが知っている内容だな。ブラウ、聞いたことのない話はあったか?」


今度は守備隊の隊員に回答者を変える。


「あ、俺が知らないだけかもしれないけど」

「かまわない」

「……最初に捕まった妖精がって」

「その話までしたのか」


ダイバの吐き出すような声に警備隊からなる調査隊は全員が背筋を伸ばす。守備隊で構成された警備隊別班でも一部の隊員が瞬時に姿勢を正す。


「あ、ああ。大丈夫だ。こいつはお前たちに報告しなかった俺が悪い。……とりあえずソイツは上層部だけの話だ。両隊、『血の誓い』を守れ」

「「「はっ‼︎」」」


『血の誓い』、それは隊員として知り得た情報を口外しないための誓約だ。口にすれば自身の身体を流れる血が……様々な状態を引き起こして死に至らしめる。報告では一瞬で血が凝固したり、氷結したり、沸騰したり、一滴もなくなっていたり。どんな形であれ、誓いを破れば死に至る。聞いたり聞かされた相手は拘束され、内容に限らず『血の誓い』をたててから解放される。目の前で『誓いを破った末期まつご』をみているため、彼らはけっして口外しない。


「私たちも口外しないと誓うわ」


エリーの言葉に鉄壁の防御ディフェンスも全員が首を縦に振る。


「エミリアの話には続きがある」

「最初の妖精は行方不明になったって話だったけど」


エリーの言葉にダイバは首を左右に振る。


「妖精たちがエミリアにを話すと思うか?」

「え……? じゃあ……」

「一日に何度も生まれ変わる度に捕まり、薬物の効果を実験されて、生きたまま切り刻まれて。そうして、あの国は妖精たちと妖精たちを救ったエミリア以外がんだ」

「でも……、さっきアラクネは理由やその原因がわかったって。それは『神の干渉』だって……」

「それは現状の話。滅びとは関係ないわ」


エリーの言葉にアラクネは冷ややかな雰囲気を纏って答える。それはエミリアの前で見せていた暖かく柔らかな雰囲気とは真逆で、間違いなく『人知を超えた存在』だと思い知らされた。


「蜘蛛女、感情を抑えろ。神が関わっているから腹が立つのはわかるが、エミリアが怯えてもいいのか」

「……私は騰蛇様に救われて、もうじゃないわよ」

「さっきの気配は十分に蜘蛛だ」

「私はエミリアから『機織り女』って新しい呼び名をつけてもらったわ」

「だったらエミリア以外にもそう認識されるようにしろ」

「…………フンッ」


ダイバの言葉にムッとした表情を向けると、彼の腕の中で眠るエミリアを金の糸を束で伸ばして奪う。そして金の糸で作った卵の中に二人で籠ってしまった。金の糸から優しい歌声が聞こえる。


「アラクネの歌だ。ここで話す内容は眠っているエミリアには聞かせたくないらしい」

「ダイバ、さっきの『蜘蛛女』って……?」

「古い伝説だ。神が認めるほど機織りの上手い女性に女神が機織り勝負を仕掛けて負けた。その仕返しに女性を蜘蛛にした。『自分で好きなだけ糸を出せれば、いつまでも機織り出来るだろ』って言われたらしい。地中の奥深くで死ねない身体にされて苦しんでいた。水以外口にしないで弱ってたところを地の妖精たちが見つけて、それを知った騰蛇が飲み込んで『蜘蛛の呪い』を吸い取った。今は本人を前にして『蜘蛛女』というとリリンの触手みたいに金の糸を束ねて襲ってくるから……気をつけろよ」


周りに説明しつつ、伸びてきた金糸の束を掴む。金糸の束が二度三度と上下に波打つとダイバが手を離し、シュルシュルーと卵に戻っていった。その様子がまるで悔しそうに見え、それまで恐怖が混じっていた空気が軽い笑いに包まれた。

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