第354話


ノーマンが連れ出したのは『十三人分の慰謝料未払いの冒険者ギルド』の関係者ではなかった。


「じゃあ、なんなのよ」

「エミリアたちに三人分の慰謝料を支払った職人ギルドだ。それで、エミリアにギルドを変わってもらったら自分のギルドはあちこちから慰謝料をもらって裕福になるんだと思っていた」

「「ならん、ならん」」


思わず、ダイバと声を揃えて否定した。


「それがダメならエミリアにレシピを全部タダで譲ってもらいたい」

「えーと……ソイツどこにいる?」

「ちょい待て」


私がガタッとイスから立ち上がるとダイバが慌てて私の右腕を掴んだ。そして軽く引っ張られてダイバの膝の上に座らされた。


「少し落ち着け。それでノーマン、報告を優先しろ」

「ソイツはどこだ〜」

「エミリアも大人しくしろ。ノーマン、ソイツのギルドはそんなに経営状態は悪いのか?」

「いや。ただ、三人分の慰謝料をエミリアとギルドに支払ったため、一時的に厳しくなったようだ」

「そいつは三人に慰謝料を請求できるだろ」

「ああ、その手続きをさせた」

「じゃあ、大陸法違反でエミリアへ慰謝料を支払わせる手続きをしたか?」

「わーい、また白大金貨五枚がく〜る〜ぅ」

「お前ら、大事なことを忘れてないか?」

「「なにをー?」」


私とダイバが声を揃えると、それまで固かったノーマンが笑い出した。


「お前ら、本当は兄妹だろ」

「「えー、どこがー」」


今度はノーマンだけでなくフーリさんやバラクルのお客たちまで笑い出した。



「それで話を戻すが、俺たちが何の大事なことを忘れているんだ?」


まだ笑い続けているノーマンにダイバが尋ねると「ああ」と言いつつ笑いを止めない。殴ってやろうと思ったが、ダイバが腰に腕を回して離してくれないため、そばにあったゴブレットをノーマンに投げつけた。


「フンッ!」

「あ、バカ!」

「ガッ、イデェ‼︎」


ガッゴンッという音と共に、ダイバの声で上げたノーマンの顔面に見事直撃した。


「えーん、ノーマンがいじめる〜」

「わかった、わかった。今のはノーマンが悪い。ノーマン、お前も笑いすぎだ」


身体を反転させてダイバに抱きついて嘆くと、ダイバが抱きしめて頭を撫でて慰めてくれる。


「すみません」


そういいつつ、まだ笑いを含んだ声のノーマンにカチンときた。


「ノーマン、嫌い。顔も見たくない。あっちいけ。バイバイ」

「え⁉︎  エミリア、ちょっと……」

「ノーマン、今は黙って離れろ」

「いや、しかし……」

「ノーマン、こっちにきなさい」


ダイバのちょっと怒っている声と私が怒っている理由がわかっていないノーマンの慌てる声を止めるようにフーリさんが呼んだ。


「…………はい」


ノーマンの力のない声と離れていく気配がすると、ダイバも私を抱きしめていた腕の力をゆるめた。


「アイツは後で叱っておく。……妖精たちをけしかけるなよ。アイツには休みなく働かせてやるつもりだからな」


ダイバの言葉に私は頷いた。

妖精たちは私が止めたため仕返しにいかなかった。その代わり、私の言葉を実行した。


『顔も見たくない』


その言葉通り、私の見える範囲にノーマンが近付かないように弾きとばしていたらしい。それをダイバも知っていた。そしてノーマンから私との関係修復の仲介に入ってくれるように頼まれても、ノーマンの自業自得と突っぱねていた。と、のちにダイバが笑って教えてくれた。


ちなみに、このときノーマンがいっていた『忘れている大事なこと』は、「あの男は職人ギルドのマスターだから、同職者への違反金とギルドからの違反金の支払いも発生した」ということだった。もちろん大陸法違反で二十年の労働もあり、返済不可能となった。


「ギルドからの違反金請求もあるんだよね」

「ああ、冗談抜きで笑えない金額になった」


そのせいで、家族にまで借金を負わせてしまったそうだ。ただ、支払える範囲だけで残りは彼が一生を掛けて返すこととなった。


その話は各種ギルドに広がり、商人や職人にも広がり……それ以降、二度と両ギルドや関係者から絡まれることはなくなった。

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