第314話


騰蛇の姿は、南部の農場に送られる前だった都市シティが購入した奴隷たちも目撃した。そして、奴隷が一人食われたことを知らされた彼らは恐慌パニックに陥った。


「どうやら、向こうの奴隷が一人、逃げようとしたらしい」

「アホか」


騰蛇を知らない奴隷たちと違い、都市まちの住人たちは驚きはしたがすぐに平静に戻った。妖精たちも神獣たちもいるここでは、すでにのだ。


「気にするな。だいたい、正しく生きていれば妖精たちのイタズラ以外に問題は起きない」


いやイヤ嫌いや! 『妖精たちのイタズラ』を大したことがないように言っているが、街や国が滅ぶんだぞ‼︎

そう誰もが思ったが、流石に口には出さなかった。恐慌で頭が働かず、声がだせなかった可能性の方が大きかったが。


「心配するな。南部に妖精たちは近付かないと約束している。つまり、お前たちは自分のチカラで農場と農村をつくりあげることになる」


妖精たちのチカラは借りれない。魔法も特技スキルも使えない奴隷たちは、自分の腕力だけで立派な農村を築きあげていくしかないのだ。しかし、同じ状態で魔物の襲撃に怯えながら新たな農村をつくる開拓者たちと違い、自分たちの安全は保証されている。町の中だから飢えることもない。

……奴隷として高待遇だ。

それなのに、なぜ逃げ出したのか。あちらはエルフもいたが子供が多かった。きっと深く考えずに逃げ出したのだろう。


「あの、小さな子たちじゃなければいいが」


誰かの声が漏れた。この中には、あの子たちと同じ年頃の息子や娘と別れた者もいるだろう。災害や魔物の襲撃で故郷を捨てた。しかし生きていけず、子供たちが無事に生きていけるように奴隷商に身を売った父親も少なくない。ここに集められたのは、そんな身売りで奴隷になった者たちがほとんどだ。


「お前はどっちにするんだ?」

「俺は農村作りだ」

「そうか、俺は農家出身だからな。畑を作るのに向いている」

「ああ、俺もだ。農家暮らしが嫌で村を飛び出したのに、ここで真っ先に希望を聞かれて畑を選んだんだから……。やっぱ、血は争えないんだな」

「俺もそうさ。俺の場合は、アニキが実家を継ぐっていっててな。俺は別になんでもよかったんだ。手に職をつけようと思ったクセに、弟子に選んだのは農具職人だ」


まず、自分たちがどの仕事をしたいか、一人ずつ希望を聞いてくれた。その上で配置を考えてもらえるらしい。

何から何まで高待遇じゃないか。


「そんな甘いことを言っていられるのも今のうちだ」

「お前たちは、魔法も特技スキルも使えない。さらに魔導具にも使用制限がある。覚悟しておけ。何もない更地で魔法も何も使えずに居住区と畑、水路もすべてつくりあげていくんだ」


その言葉にざわめきが起きる。そうだろう。自分たちは南部の農村に…………


「……違う」

「ああ、違う」

「……そうじゃない」


やはり数人が同じところで気付いたようだ。


「俺たちは『新しい農村をいちからつくるため』に集められた」

「そうだ……。俺も奴隷市でそう言われて契約したんだ」

「なんでそれを『新しい農村があり、そこで新生活をするために集められた』なんてバカげた勘違いをしたんだ?」

「俺たちは奴隷だぞ。そんなこと、天地がひっくり返ってもありえないじゃないか」


奴隷たちは自分たちの勘違いに驚き混乱する。しかし、その勘違いはその後の言葉を『自分に都合の良い解釈をした』からだ。


「もし奴隷から解放されたときに、望めばその農村で引き続き農民として生活できる」


つまり、完済しても行き場がないならそのまま住人として残ってもいい、といわれたのだ。彼らはそれを『新しい村ができ、そこに住まわせる奴隷を求めた』と勘違いしたのだ。その新しい村で、田畑で農作業をする奴隷を買い求めた、と。


「じゃあ、俺たちは畑を作るということか」

「だったら村を選んだ俺たちは……?」

「さっき、と言っていたぞ。ということは俺たちは村をつくるところから始まるのか」


騰蛇の存在は、甘い考えを持っていた勘違いをしていた男たちに厳しい現実を突きつけて目を覚まさせたのだった。

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