第285話


「どうです? 奴隷をご入り用ではございませんか?」


一見して奴隷商とわかる男性に声をかけられた。胸に奴隷商ギルドのバッジをつけているのだ。……なんでピンポイントで私に?


「多種多様な種族を老若男女揃えておりますよ」


無視して家に向かうと、私の後ろをついてくる。無視をするのは『買う意思はない』という意思表示だ。それでも付きまとうのは一人でも多く売りつけようという商人魂だ。ただし、相手を見て足下も気をつけないとね。


「閨の相手に二、三人いかがです?」


……もちろん、自分の。

一瞬で足下の地面が消えた奴隷商は、腰まで落ちると同時に消えたはずの地面が戻って下半身が埋められた。


「見た?」

「はい、ふくよかな上に趣味の悪い格好をしていたために『地面が陥没して落ちた』ようですね」


私の家の前の階段に座る私服守備隊と話をしていた守備隊隊長のノーマンが訳知り顔で近寄ってきた。


「おい! 早く助けてくれ!」

「自分の奴隷に頼んだら?」

「アヤツらは商品だ!」


私は『自分の奴隷』といったんだけど……。奴隷商の馬車だって御者がいるし、この男のいうの世話をする者も必要だ。奴隷の中には、微罪や口減らしで家族に売られるなどの理由で奴隷になった者もいる。奴隷商はそんな彼らから自分の下働きや雑用として主従契約をする。


「ねえ、ノーマン」

「はい、なんでしょう」

「ダンジョン都市シティ内では奴隷売買を禁止していなかった?」

「はい、外周部でも許可された奴隷商のみが店をもてます。その他の奴隷商は月一回開催される奴隷市場に参加できるだけです」

「じゃあ、コレは?」


そういって腰まで地面に埋もれた奴隷商に目を向ける。


「違法、ですねぇ」


ノーマンの厳しい視線を向けられた奴隷商が「ヒィ!」と悲鳴をもらす。妖精たちが地面を楽しく固めているため、すでに下半身は動かないだろう。

まず、土に水を含ませて土を隙間なく埋めて、下から水分を飛ばして固めていく。下が水分をなくしていくと重みで土が下がっていき……


「うっっ! 動けん‼︎ 誰か……」


周りの地面と変わらないほど固く乾いてしまったため、素手で掘ろうとしても指先を傷つけるだけだった。


「ちょっと、ノーマン」


少し離れた場所にいるミリィさんに呼ばれてノーマンが寄っていく。私も駆け寄り、ミリィさんの腕の中に飛び込んだ。


「ミリィ、何か?」

「ン、……実は私が別の国にいたときなんだけど、第三者の手で奴隷に落とされた被害者が、ほかの奴隷商仲間にで売られるって事件があったのよ。奴隷の取引は最終記録しか残されないため、犯罪が暴かれなかったの」

「それがどうして表沙汰に?」

「簡単よ。その第三者が犯した別件の取り調べで鑑定石が使われたの。貴族の絡んだその事件が何年も前から起きていたことが判明して、貴族の子飼いだった奴隷商も取り調べられて。そこから手口が明るみになったってわけ」


抱きしめた私の頭を撫でながら話すミリィさん。それはルーフォートで起きた事件のことだろう。話を聞いたノーマンは難しい表情をしていたが、いまだ地面に生えた雑草状態の奴隷商に目を向けると「規則が守られない奴隷商だ。なにかしらの違反行為ぬけみちを知っている可能性もある」と言った。本人が実行していなくても、その手口を知れば対策はとれるだろう。


「ところでエミリアちゃん。あの子たちは何をしているの?」


ミリィさんのいう『あの子たち』とは聖魔たちのことだ。さっきから一人ずつ一列に並んで、奴隷商の髪の毛を引っ張っている。最後に白虎が加わっても奴隷商が抜けずに《 きゃあ〜 》といいながらバラバラに散らばり、ふたたび一人から順番に引っ張っていく。


「『おおきなかぶ』だよ」

「あの童話の?」

「うん、みんなあの話が好きなんだ」


そう言って、ノーマンたちにも同調術でみんなの様子をみせる。


《 うんとこしょ。どっこいしょ 》

《 まだまだカブは抜けません 》


自分たちでそう繰り返し、おいでおいでと一人呼んでまた《 うんとこしょ。どっこいしょ 》と奴隷商の髪の毛を引っ張る。


《 まだまだカブは抜けません 》


その様子を見たノーマンや私服守備隊のみんなが微笑ましく見ていたが、《 きゃあ〜 》と言いながらバラバラに散らばるとお腹を抱えて笑った。

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