第196話


竜たちは通常、同種同族でつがいとなす。しかし、婚前に事故や病気などで片割れを亡くすこともある。そんな竜の中には、竜人となり里を離れて人と共存していく者もいた。昔は竜血が万病に効くというデマがまことしやかに囁かれ、人々は竜血を求めた。欲望に駆られた人たちは、当時まだ『良き隣人』だった竜人たちから幼竜を攫い、貴族たちに高値で売買された。


「俺たちの先祖は運良く貴族たちから逃げ出すことができた。そして隠れ住み生き延びてきたんだ」


紆余曲折の末に幼竜たちが住んでいた場所まで辿り着けても、すでに親を含めた竜たちは異国の地へ旅立ったあとだった。そんな行き場をなくした幼竜たちを救ったのも、自分たちを家族から引き離した連中と同じ人間だった。


「人間と結婚して子をなした先祖もいる。もちろん同族で結婚してるのもいるが、それでも純血同士の結婚はない」


アゴールの母シューメリさんは『先祖返り』だ。人間と結婚して血が混じることで竜血は薄まっていったが、時々、竜血のみを身に宿して生まれる。それが先祖返りだ。ただし、寿命などは一切変わらず。


「竜の寿命は何千年ともいう。竜人となり人里で生活していれば約一千年。しかし、俺たちは三百年もない。先祖返りをした者たちやその子の寿命も変わらない。……アゴールも俺たちより運動神経が良いとか、その程度の変化だ」

「俺の親父が先祖返りだ。親父は『先見さきみ』の能力に優れていた。当時俺たちが住んでいたバラクビル国が近隣の小競り合いに巻き込まれることを予見した親父が、国の脱出ではなく大陸からの逃避を決定した」


その頃にはすでに戦火に巻き込まれた小国からの脱出者が多く、ダイバたちも避難民としてペリジアーノ大陸を離れた。

混乱にじょうじて、ダイバたちの住んでいた町が襲われた。しかし、すでに竜人の末裔は一人も残っておらず。事前に町が襲われることを知らされていたバラクビル国は町に軍隊を送り込み、襲ってきた隣国の軍隊と一戦を交えた。最初から戦闘準備をしているバラクビル国側と、潜入部隊が捕まえた竜人の移送を目的として軽装備だった隣国側。勝敗は火を見るより明らかだった。

簡単には支払えないであろう賠償額を請求された隣国側にしてみれば、町に潜り込んだ部隊が竜人の末裔に魅力のある報酬を約束されて祖国を裏切ったと思いこんだ。


「くるとわかっていれば、いくらでも対処できる」


そして、目的だった竜人の末裔たちは、混乱の前に国からも大陸からもすでに離れていることを隣国が知ったのは、腹いせに裏切ったとおぼしき部隊の家族を老若男女問わず皆殺しにしたあとだった。真実を知った国民たちの混乱が拡大してクーデター化し、それに乗じたバラクビル軍が制圧して隣国を併呑した。


「元々、竜は竜人の同種同族で濃くなった血が暴れるのを抑えるための変化へんげでしかなかった」


それが現在いまでは竜の姿が真実で、子を成竜まで育て上げることで一人前になって竜人の姿になれる、と信じられている。


「竜人の身体では濃くなった竜の血を抑えられない。子ができて自身の竜血を子に分けることで竜人になることができる。竜のままで子を育て上げるには魔力のコントロールなどが必要になる。別の言い方をすれば、そこまでしなければ竜血は薄まらない」

「簡単に言えば、竜人は魔力の調整がうまくできる種族で、竜の姿はコントロールのできない野蛮人」

「こら、エミリア! だからそんな言い方するなと言ってるじゃないか」


私の言葉にダイバが注意してくる。


「でもさ、竜は竜血をトコトン薄めるしか竜人になれないじゃん」

「いや、だからな。魔力のコントロールができるようなら、子供でも竜人になれるんだ」

「竜人が産むのが竜人なら、竜から竜人になった夫婦が子供を産んでもその子は生まれつき竜人になれるだろ? それができないから『竜人の劣化版』って」

「エミリア。いい加減、その口を閉じてろ」

「ヤだ」

「誰が教えたんだ、その口の悪さは」

「アゴール」


私の即答に心当たりしかないダイバは「はぁぁぁ〜」と大きく息を吐き出して頭を抱えた。そんな私たちを見ながらエリーさんが「まるで兄妹きょうだいね」と笑う。


「こんなお転婆な妹はいらん」

「お嫁さんの尻に敷かれる座布団ダイバはお兄ちゃんにいらな〜い。私にはミリィさんってお姉ちゃんがいるもん!」


そう言いながら窓際のソファーに座るミリィさんの後ろに回り、「ミリィお姉ちゃん、だーいすき」と背後から首に抱きついた。


「私もエミリアちゃんのこと大好きよ」


そう言いながら嬉しそうに笑うミリィさん。隣に座るコルデさんから「ダイバを捨てるからウチの娘にならんか?」と頭を撫でられた。


「……おい、親父」

「ダイバを捨てちゃったら、アゴールは?」

「ああ、じゃあダイバを捨ててアゴールとエミリアちゃんを娘に迎えるか」

「おい、クソ親父」

「誰がクソだ」


コルデさんに一瞬で床に組み敷かれるダイバ。その背中に飛び乗ると「エミリア、退け! 落とすぞ!」とダイバが大きな声をあげる。しかし、ダイバは落とすことはしない。


「えへへー。かためのイス〜」

「こら! いいから降りろって」

「え〜」

「お袋のグークースやるから」

「今朝もらった〜」

「じゃあ、ウルール」

「ひと瓶ね」

「わかった」


ウルールとはバニラビーンズに似た植物だ。ひと瓶にだいたい二十本入っている。ダイバたちが故郷で育てていたものだ。今は食堂をしつつ、ここでも育てている。私も苗木を妖精たちからもらい温室で育てているが、妖精たちが育ててくれる方が育ちがいい。


「エミリアちゃんの口の悪さは、ダイバにも責任があるわね」

「だって」

「俺は関係ないだろ。っていうか、早く降りろ」

「はーい」


ダイバの背中から降りると、約束通りダイバがウルールの入った瓶を二本くれた。


「やった〜!」

「十分、妹に甘いお兄ちゃんだね」


ミリィさんの言葉に、私の頭に手を乗せていたダイバは苦笑した。

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