第144話


「戸締りよーし」


《 戸締りよーし 》


「結界よーし」


《 結界よーし 》


「結界の強度は?」


《 強度よーし 》


「よし。じゃあ、全員出ておいでー」


私と地の妖精が家の中をチェックして、安全を確認してから涙石に手を触れる。


「パン屋さんがサンドを作ってくれたから、食べてからゆっくり休もう」


《 やった!ゴハン♪ゴハン♪ 》


《 『ごはん』じゃなくて『パン』だよ 》


「はい。正論。さ、お昼ごはんにしよ」


《 わーい 》


みんなが住居スペースの二階へと上がっていった。ちなみに白虎は『ぶっといアンヨの子猫サイズ』だ。ダンジョンやフィールド、涙石の中以外では基本このサイズで出てくる。


《 私だって『お昼ごはん』のつもりで言ったのに・・・ 》


「でも言い返さなかったね」


《 だって。勘違いだって分かったら、揶揄われるの『あの子』だもん 》


ちょっと落ち込んだ風の妖精の頭を撫でる。この子は心根の優しい子だ。ただ、風の妖精たちの中でも特に仲間意識が強く、仲間にはとことん優しいが、仲間と認めた者を傷つける相手には冷酷。それが理由で、この子は風の妖精なかまたちから孤立していた。


《 エミリア・・・。『アイツら』は本当にこのままでいいの?このままでは仲間を呼ぶよ 》


「いいんだよ。私は彼らとの記憶をなくした。・・・それでいいんだよ」




『魔物の襲撃スタンピード騒動』直後、飛翔フライでこの大陸に飛んで来た私は、結界を張ってテントの中で眠っていた。寝たり起きたりして日常生活が送れるようになったのは半年前。その後半年はプールを使って体力を回復。つまり、テントに引きこもっていたのは1年。

前半はある事情から、ほとんど何もしていない。・・・『何も出来なかった』と言った方が正しいかもしれない。その代わり、後半は料理しては寝て、入浴しては寝て。錬金をしては寝て、調合しては寝て。騒動で精神力を限界まで使っていたため、1日中ずっと眠くて仕方がなかった。


1年ぶりにテントから出た私は、リハビリのつもりで一番近いダンジョンに入った。そこは『スライムの巣』になっていた。この大陸でもスライムは忌避されていたのか。入ってすぐに現れたスライムに雷撃一発。その直後、スライムたちは我先にダンジョンの奥に向かって逃げ出した。・・・奥に逃げたって袋のねずみスライム、だ。

その中から、まるで『足止め』のように仲間の触手で投げ出された、あまりにも小さなスライムが二体。それがピピンとリリンだった。ピピンはリリンを庇うように前に出ていた。


「キミたちは私と戦うの?」


しゃがんでそう聞いたら上下に揺れた。リリンは怯えた表情のまま、それでも戦闘する気のようだった。


「ふーん。・・・じゃあ、『アッチ向いて~』」


そう言って指を向けた。その指先をジーッと見つめるピピンとリリン。そしてそのまま「ホイッ!」と指を左に向けたら、二体は指を向けた方を向いた。


「はい。私の勝ちだね」


そう言ったら、驚いた表情を見せていた。


「このまま逃げていいよ。キミたちを投げ出して見殺しにした仲間たちは、悪いけど消させてもらうから。・・・ゴメンね」


スライムのドロップアイテムに『潤滑油』があります。それが調合や錬金で使えるのです。特にハーバリウムを作る時に瓶に入れるシリコンオイルの代用品として使えるのです。ルーフォート近くのダンジョンで集まった潤滑油の詳細がシリコンオイルと同じで、高温でも低温でも変化しないのです。それで試しに使ってみたところ、オールマイティの潤滑油として使えた。そのため、スライムでも魔法を使って倒しているのです。


ダンジョンを進んでいくと、後ろから二体のスライムが追いついて来ました。


「何してるの?」


そう聞いたら足元にスリスリしてきました。


「なに?一緒に行きたいの?」


そう聞いたら上下に揺れます。あの扱われ方では、此処に残ってもシアワセになれるとは思えません。


「一緒に行くなら名前つけたいけど・・・」


ダンジョン内を見回すと、天井から時々落ちる水滴。何処からか吹いてくる風に合わせて微かに聞こえる涼やかな音。


「じゃあ。キミはピピン。こっちの子はリリン」


そう言ったらステータス画面が開き『聖魔師テイマー職に転職しますか』の表示があったため『はい』を選択。その途端にピピンとリリンが『しゅるん』っと胸のペンダントトップに吸い込まれた・・・。

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