第95話


「結局、国王は『人前に出られない姿』になったし、王太子は赤ちゃん返りをして回復の見込みはなく廃嫡となった。そして他に子はいない。ということで王国は消滅することになった。すでに正式な調印も済んでいる」


『『ブタ鼻の天辺ハゲ』はエアさんを閉じ込めていた連中と共に、バカ息子を幽閉している北の塔へと移されます。元々、表に出せない王族を閉じ込めるための辺境です。細々とですが自給自足で生きていけるでしょう』


エリーさんの説明後に、アルマンさんから補足説明が届きました。


『アルマンさんたちはこの国を手放して良かったのですか?』


『ええ。弟妹だって誰も欲しいなんて言いませんよ。すでに祖国はハイエル国ですから。だいたい、他国では『神にケンカを売ったアホな国』として有名なんです。そんな負債物件を引き取ってもらえるんですからね。熨斗のしつけて差し上げます』


『もちろん返品不可ですね』


苦情クレームも受け付けません』


アルマンさんは『ようやく肩の荷が降りた』と喜んでいました。




「エアちゃん。『セイマール名義の物品』って宝剣以外にあったでしょう?」


「はい。『ルビーの宝剣』に『龍のウロコ』、『虹色のドレス』に『剛腕ちからのうでわ』。『人魚の涙』と『疾風はやてのゆびわ』の二つは他国から流出したのをセイマールが手に入れたようです。その前に所有していた国はすでに滅んでいます」


「エアさん。その二つは何処の国のでしたか?」


「クーロン国。・・・その前はシジマール皇国です」


「エアさん。・・・何か?」


「キッカ。『シジマール皇国の皇太子妃』で思い当たることはないか?」


黙ってしまった私の代わりに、エリーさんが答えてくれました。その言葉に心当たりがあったのでしょう。彼方此方あちらこちらから「ああ。あの事件の・・・」という内容の言葉が漏れてきました。


『人魚の涙』。それは日本で有名な『にんぎょひめ』とは違いますが悲恋の伝説です。


人魚は人間の青年に恋します。ですが、青年が住む港町が戦争に巻き込まれてしまい、青年は生命を落としてしまいます。青年は敵国からの人質だったのです。そのため、戦争が始まると真っ先に殺されてしまったのです。

・・・味方の手によって。

人質は戦争が起きれば母国にとって『足枷』でしかありません。そのため、戦争が起きたら敵にとらわれて『交渉の道具』にされる前に死ななくてはならないのです。母国の兵士たちの士気を高めるために。

死にそびれて母国に生きて帰れたとしても、『国の役に立たなかった』として殺されてしまいます。青年は『死ぬため』だけに、生かされているのです。


「海はいいな。海には国境がない。人魚たちは同族で、兄弟で、争うこともないのだろう?私の願いが叶うなら・・・波に運ばれて『争いのない国』へ連れて行ってくれないだろうか」


青年の言葉を思い出し、人魚は悲しみます。ですが、人魚は涙を流しません。不死の人魚に『悲しみの象徴』である涙は流れないのです。それでも、人魚は青年を救えなかった後悔で泣きました。『人の世界』を知らなかった・・・『知ろうとしなかった』自分を責め続けたのです。


そして、人魚は『涙をひと粒』こぼしました。海と同じ色の涙。

その後、人魚の姿を見た者はいません。残された涙は、不死の人魚が悲しみのあまりに姿を変えたと言われ『人魚の涙』と名付けられました。

その『人魚の涙』も、いつの間にか消えてしまいました。


青年が願っていたように、波に運ばれたのでしょう。



「って言う伝説の『人魚の涙』ですか?」


「違うわよ」


「違わないですよ」


「「「 えっ?!」」」


「ちょっと待って!エアちゃん。『本物』ってこと?!」


「何をもって『本物』とするのか分かりませんが・・・。物語が作られた『人魚の涙』です」


「・・・どういうことですか?」


私が持っている『人魚の涙』は、物語の中に出てくる『人魚が姿を変えた』物ではありません。ただ、この人魚の涙の希少価値を高めるために、物語が作られたのです。


「・・・その『本物』は一体?」


「鉱石です。人体には毒になるものが含まれています」


水を入れた水差しの中に『人魚の涙』を入れておくと、毒がにじみだして『毒の含まれた』水が出来上がります。

貴族は、綺麗な宝石をいくつも水差しの中に入れて『見栄えよく』しています。この『人魚の涙』も、そんな理由から水差しの中に入れられていたのでしょう。


「じゃあ・・・『事故』だというの?」


エリーさんの問いに、黙って頷きました。

胆礬たんばん』と言われる、真っ青な鉱石です。別名『硫酸銅りゅうさんどう』とも言います。読んで字の如く、硫酸と銅が含まれています。さらに『水に溶けやすい』のです。


「青色の鉱石には、毒が含まれていることが多いのです。『人魚の涙』もそのひとつです」


昔の人も、紺碧の宝石から『人魚の涙』と名付けられたのでしょう。そして、その名前から物語が生まれた。

貴族の間で『水差しの中に宝石を入れる』という流行りが広がり、『人魚の涙』も入れられたのでしょう。


まさか『毒が含まれている』とは知らずに・・・。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る