第96話


「エアちゃん。セイマール名義の国宝はエアちゃんが好きにしていいわ。でもあまり出さないでね」


「クーロン国の『人魚の涙』と『疾風はやてのゆびわ』もですか?」


「ええ。っていうより『人魚の涙』は二度と出さない方がいいわ」


毒を含んでいるのを知らない人たちの、多数の生命を奪ってしまったからですね。


「国に取られる前に作り変えちゃお」


「それがいいですね。何か言われたら「すでに分解したようです」と伝えましょう」


「それなら「ルビーやサファイアなどの宝石と銀塊に分解した」と伝えてください。「宝石も大きいので砕いて、アクセサリーの装飾用にしたようだ」って言ってくれていいです」


「エアちゃん?」


「催促されるんじゃないですか?もし何か言われたら、『ルビーの剣の成れの果て』としてルビーのアクセサリーとか渡せますよ」


「・・・もう分解したのですか?」


「違いますよ。ほら。私が皆さんと初めて会った迷宮の『隠し部屋』。あの中に『ルビーの剣』があったんで、それを分解・加工したものです。宝剣も『ルビーの剣』だったので『ルビーの剣の成れの果て』と言っても嘘にはならないですよね」


「ああ。あのアントの女王の・・・」


「はい。あの時のです」


「そう。じゃあ、何か言われたら貸してもらえる?」


「じゃあ。今回の『交渉代理人』のお礼にどうぞ」


そういって、エリーさんにはルビーとサファイアの付いたバレッタを。キッカさんにはエメラルドとルビーのついた銀のブローチを渡しました。


飾りアクセサリーなので特に効果はないと思いますが」


「エアちゃん。・・・いいの?」


「お礼だもん」


「エリー。遠慮なくいただきましょう」


「ちょっとキッカ」


「無理ですよ。エアさんはこういう時は引きませんから」


キッカさんの言葉にエリーさんはため息を吐いてから「それもそうね」と苦笑しました。


「分かったわ。ありがとう。何か言われたら、これを見せるわね」


「はい」


「「エリーとキッカだけズ〜ル〜い〜」」


「アクアもほしいー!」


「マリンもほしいー!」


「おまえらなあ・・・」


「ずーるーいー!」


「俺たちもほーしーいー」


「ああ?そんなにも欲しいのか?」


「そりゃあ欲しいっスよ」


ヒルドさんの言葉に全員が頷いています。皆さんは善哉やカレーなどを求めているのでしょう。ですが、聞いているのはアルマンさんです。


「よーし。お前ら全員には『特訓』をくれてやろう」


「「「 えぇぇぇぇぇぇぇ!!!」」」


「褒美が『欲しかった』んだろ?」


「そりゃあそうだけど・・・。俺たちが欲しかったのは違いますって!」


「気にするな。俺からのご褒美だ」


・・・・・・ご愁傷様です。





エイドニア王国セイマール地方となってから、砂漠化していた地域全体に水が流れ、大地に草が生えていきました。まだ樹木までは生えていません。眠っていた大地の息吹が目を覚ますと、人々も『目を覚ました』ようです。

・・・ですが、まもなく冬が訪れます。

この地域は気温が下がる程度で、今年は雪が降るまではいかないようです。


国王に『セイマールすべての権利の譲渡』に関する書類を提出してきたエリーさんとキッカさんに、貴族は無駄な要求を言ってきたそうです。


「セイマール国の国宝だったものは、今はエイドニアこの国の物だ!権利者に今すぐ陛下へ贈呈させよ!」


それに対して宰相が一笑に付した。貴族たちは口々に国宝の権利を主張したそうです。


「権利!権利!と小賢しい。権利は其の者にあり。交渉で国宝を取り戻すことも出来ず、国の譲渡前に交渉は正式に決裂したと報告を受けている。お前たちは『神のご意志』に異議を唱えるというのか」


若い宰相の言葉に、前国王と年齢の近い貴族たちは『ぐうの音』も出なかったようです。


「すべての権利は権利者のもの。セイマールという広大の地を無償で譲られても、まだ権利者にたかる気か?聞きしに勝る強欲だな。それほど欲しいなら、お前たちで対価を用意しろ。ただしエイドニア王国は全権を放棄する」


国王はそう宣言すると、エリーさんとキッカさんに『権利者わたしへの伝言』を預けたそうです。



「無償で譲られたセイマール地方を、緑豊かな土地にしてみせるって」


なんか、エリーさんからの報告内容って『突っ込みどころ満載』なんですが・・・。


「エリーさん。セイマールって、『私が無償で譲った』ことになっているんですか?」


「そうみたいね」


「勝手に勘違いしたようです。勝手に恩義を感じたようで、貴族も黙らせることは出来ました。態々わざわざ訂正する必要はないでしょう」


「そうですね。貴族はすでに私には近付けませんから」


「あれも権利騒動でしたね」


「貴族って生き物は、よっぽど『権利』がお気に入りなんですねえ。主食が『権力』で副食が『権利」。おやつが『圧力』」


「ハハハ。たしかにそうですねー」


「ですが、おかげで俺たちも『エアさんの関係者』として、鬱陶しい貴族の接触が無くなりました」


「そうだな。その点でいくと、職人ギルドはエアさんが所属しているということで、横暴な貴族の接触が消えたらしいし」


「それは商人ギルドでも言えることらしい。シェリアが『暴利に走る貴族が消えた』って言ってきたからな」


「ああ。あれは酷かったな」


私が作った回復薬などの商品を買い占めて品薄にし、高額で売り捌こうとした『転売ヤー』の貴族たちがたくさんいたそうです。そのため、購入制限をかけたのに、それを守ろうとしない貴族が多く出たそうです。一般の購入者から買い取ろうとしたり。一般の人に金を握らせて購入させようとしたり。さらには、「回復薬は冒険者の必需品だ。だから冒険者ギルドが取り扱うべきだ!」と騒いだ貴族もいたそうです。冒険者ギルドに訴えたものの、「冒険者ギルドで取り扱ったとしても『購入制限』は解除されませんよ?さらに『仕入れ』という形になるので、他所よそより割高になります」と言われて断念したようです。


「今まではそんなことまで考える職人はいなかったからね。誰が作っても効果は同じだし。でもエアちゃんは『神の祝福を受けた』から」


「貴族の『カネのエサ』にでもなると・・・?」


「まあ、そこまで考える人はいなかったから。数百年前に出た『祝福を受けた職人』は、「衣食住に困るようなことにはならない」という貴族の甘い言葉に乗せられて契約したら邸に囚われたからね」


「言ってることは間違っていませんからね。それに「身の安全のために許可なく邸から出ない」と書かれたらアウトですよね。取り込んだ職人が外出を望んでも「許可出来ない」のひと言で閉じ込められますから」


「エアさん。知っていたんですか?」


「なにを・・・ですか?」


「あ、いえ。その職人は自殺したんですが。それで貴族が取り調べられたんですよ」


「契約書に間違いはないけど『やり方が酷い』ってなりましたか?」


ちょっと考えれば分かりそうなことですよね。

仕事でも「契約書は細部までよく読む」と教わりました。企業の中には『抜け道』を作っている場合もありますから。


「残念だけど、貴族は『卑怯者』として名をおとしたけど罰は受けなかったわ。ほんと、酷い話よね」


「・・・そうでしょうか?」


「エアさん?」


「そんな卑怯な手を使って、神々が『黙っている』と思いますか?相手は『薬師やくしの神』と『権利の神』ですよ。他の神も関わっていませんか?」


「・・・たしかに」


「そう考えると、その職人はたぶん『死んでいない』と思いますよ。生きて救い出されたからこそ『罰を受けなかった』のでしょう」


「エアさんのいう通り、生きているからこそ罰を受けなかったのですね。それが『悲劇を演出』するために作り替えられて、真実とすり替わっていたのですね」


「でも、ちょっと考えれば『作り話』だと分かりますよね?」


「何も考えず、疑いもしませんでした」


「右に同じく」


「左に同じく」


「前に同じく」


皆さん。右に左に前にと、次々に同意していますが・・・。

そろそろ指輪の結界を起動させた方がいいでしょうか?


「お前らー!ちょっとは自分で考えんかあ!」




あ、間に合いませんでした。

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