第74話


「ねえ。キミがいるせいでカレの評価が落ちるんだよ」


目の前の男は、そのまま歪んだ笑顔を私に向けて言ってきました。


「だから、この世から消えてよ」


言葉に魔力を込めて。

言葉は私の耳に届きましたが、込められた魔力は目の前で霧散しました。それも男の目の前で。


私にそんなものは効きません。効くはずがないのです。

私には攻撃魔法が効きません。『この世界の最後の聖女』なのだから。ただし魔物には通用しません。

・・・効いたら『完全無敵』じゃないですか。

『人間じゃない』でしょう。さすがに『聖女じゃない』と言われても・・・まあ、腹を立てましたが、まだ我慢出来ました。ですが『人間じゃない』となったら、さすがに我慢出来ません。神相手でもケンカ売りますよ?

この国を残して世界を滅ぼしますよ?


「ンなっ・・・!」


そんな事を知るはずのない、目の前の男は驚愕の表情に恐怖の籠った目で私を見ていました。



・・・此方コチラももう、ガマンの限界です。


この男は人を殺すのに罪悪感も何もありません。放置したら、後々のちのち面倒でしかありません。それにもう許したくありません。許せません。許せるハズがありません。

もし罰を受けるなら・・・処罰されるのなら、私は『聖女であること』を公表してこの国から出て行きます。


拘束バインド


鋼鉄で出来た鎖は男の全身を絡みとり、仰向けの状態で地面へと縫いつけました。が、何とか抜け出そうとしているのでしょう。身体をねじっているため、ガチャガチャと鎖が音を立てています。

うるさいです。本当にうるさいです。耳障りです。存在と同じで『ウザい』です。


静電気スタティック


「ぎゃああああ!!!」


鎖は鉄製ですからね。静電気ひとつが鎖を走り、威力を増量して全身を襲ったようです。

荒い呼吸で、先程までの勢いは鳴りをひそめたようです。


「どうです?『圧倒的な強さ』の相手に、手も足も出ない気分は?」


「オ、オレは・・・隣の王太子だぞ・・・。こんなことして、許されるとおも、思って」


「許されると、思って、いる、よ!」


ブーツの踵の強化を最大にして、『自称隣国の王太子』とやらの顔面を四回に分けて『踏み潰して』差し上げました。自慢らしい『高慢チキチキでピノッキオよりも高く長く伸びた鼻』は見事にひしゃげて、顔面に埋没しています。


そう言えば、この男は『回復魔法』が使えるとか自慢してましたね。それも「キミみたいに底辺を蠢く蛆虫ウジムシには出来ないだろうが」なんてバカにされたから「回復魔法なんてこの国では平民でも簡単に出来ますが・・・お隣の国ではこんな簡単な魔法でも自慢出来るくらい難しいのでしょうか?もちろん私でも使えますが?」と『側にいた人に』言ったら驚いていましたね。


「っていうか、キミこそ、分かって、いるの、か、な?」


言葉を切りながら、今度は口を集中的に狙って踵を下ろしました。『芸能人じゃないけど歯がいのち』と思われるこの男の白い歯をすべて砕いたので、呪文は唱えられませんね。ついでに頭の中で呪文を唱えられると困るので、考えられないようにして差し上げましょう。


「ねえ。貴方はそんなに自分の国を滅ぼしたいのかな〜?」


やはり、頭の中で呪文を唱えていたのでしょう。一点を見つめていた目が、一瞬遅れて私を見ました。


「『黒髪の聖女』である私に対して無礼の数々。挙げ句に貴方は私を殺害するために魔法を使いました。『死ななかったから許される』なんて思わないでくださいね。死ななかったのは私が聖女だからです。一般人ならこの世から消されていましたよ」


ようやく『自分が何を仕出かした』のかを理解したようです。驚愕の表情で顔面蒼白。身体もプルプル震えています。

完全に呪文を唱える余裕は消えたのでしょう。

そのために、私は聖女であることを告げたのですから。


「許して欲しいのですか?」


私の言葉に何度も頷きます。でも、私はたった今言ったはずです。


「耳が悪くなったかなー?頭は元々悪かったけど。私は言ったばかりだよね?『死ななかったから許されるなんて思わないでください』って」


首を左右に振る男に「左右に振ってるってことは『許されなくていい』ってことだね?」というと今度は首を縦に振りました。

きっと『左右に首を振ったから許されないなら今度は縦に振ってみた』ということでしょう。それほど思考能力が低下しているようです。

うーん。幼児並みみたいですね。

すでに『回復魔法を唱える』ことも、『鎖から抜け出す』努力も忘れています。


「うん。許されなくていいんだね。自分のせいで母国は滅んでいいってことだね。ああ。そう言えば、貴方は『国宝の買い取りの交渉』に来たんですよね?それなのに交渉人が交渉相手である私を殺害しようとした。はい!貴方がしたことは『交渉相手を害した』という罪です。交渉人が母国を滅ぼしたって昔話があったね。じゃあ、貴方の国で再現しようね。何時にしようかなー?貴方たちには一秒でも早くこの国から出て行ってもらうとして・・・。そうだなー。『お城に足を踏み入れると同時に国民が血を吐いて倒れていく』ってどうかな?うん。それが良いよね。決〜めた!」


男は私の楽しそうな声に絶望した表情で、すでに反応もなくなっていました。


「そうそう。私のことを誰かにばらしたら、その瞬間に『母国の人たちが血反吐を吐いて死ぬ』から、そのつもりでいてね」


反応が弱くなっていた男は、何度も頷いています。

でも、貴方のこと『信用していない』ので、最後にひとつだけ『聖女のチカラ』を使いましょう。だって『『話したら死ぬ』ってことは国王に話して死ねば自分が国王になれるってことか。そうしたら、この国に戦争を仕掛けて滅ぼしてやる』なんてバカな思考が漏れ出ていますから。

・・・自分が死ぬなんて考えていませんね。


この男の開いたステータスの詳細に手を触れ念じました。


『知能及び体力年齢低下:1歳児』

『追加:イヤイヤ期』


これでこの男は魔法が使えなくなりました。知能が1歳児まで低下しています。成長はしません。そして、おめでとうございます!本来2歳児特有の『第一次反抗イヤイヤ期』も追加しました。元々言動が反抗期真っ最中ですから、大して変わらないでしょう。


ああ。知能は下がりましたが、意識は『そのまま』です。よくラノベの『転生もの』であるじゃないですか。ラノベでは主人公たちの肉体は成長していくと魔法も使えるようになりますが、この男は成長出来ないのです。『頭で思えば魔法が使える』と言ってもこの男にはムリです。


そう。『テレビの中の自分』に向けて何を叫んでも届かないように。双方向通信が出来ていないため、どうすることも出来ずに悔しい思いをするだけです。

どんなに呪文を唱えても、多分意識体の本人が魔法を受けるだけでしょう。即死魔法も自分が受けるだけです。意識体のため、痛い思いをするだけで死ぬことはありません。その痛みは『肉体側』に影響は出ません。自殺されては『面白くありません』から・・・というか、『反省しないで逃げるな!』ということです。

ですが、『肉体が受ける痛み』は受けるようになっています。意識体は『受信する側』ですから。周囲の嘲笑う声などを聞きつつ、手出し出来ない悔しさを味わってください。

・・・それは今まで、国民が貴方から受けてきたことです。


言いたいことも伝えたいことも表面は『1歳児の知能』しかないため、『字を書く』ことも『おしゃべり』することも出来ません。移動はハイハイでしょうか。『あんよは上手』でしょうか。この世界に歩行器はあるのでしょうか?あっても『肉体が1歳』の子供用でしょう。

肉体は縮んでいません。成人の大人のままなのです。

まあ、オムツ生活に逆戻りです。


泣き疲れたのか緊張が切れたのか精神的に限界が来たのか。鎖を消したら眠ってしまいました。『カラダは大人。知能は1歳!イヤイヤ期のオマケ付き!!』ですから仕方がありませんね。

今までのことは覚えていなくても、本能で城へ戻るのを怖がるでしょう。それでも『イヤイヤ期』の子供と同じ反応なので、誰ひとり、気にしないで城へ連れ込んでくれるでしょう。


そういえば、この男は気付いていませんでしたが、私は『城に足を踏み入れると血を吐いて倒れる』と言いましたが、それで『死ぬ』とは言っていません。次々と目の前で血を吐いて倒れていく姿を見たら怖いじゃないですか。ホラーじゃないですか。

だから、その恐怖を味わってもらおうと思っただけです。


洞窟を出て探索サーチ魔法を使うと、離れた場所に複数人の気配がありました。周囲の薬草や鉱石を『収納』を使って、根刮ねこそぎ採取して回りながらその場を離れました。






「「おねーちゃん!みぃーつけた!」」


「エアさん!」


「いた!エアさん!」


「はい?」


皆さんが緊張した声だったので、不思議な気分で返事しました。


「おーい、エアさーん・・・」


「我らの女神さま〜」


「ヤッホー。エアちゃーん。聞こえてるかーい」


「・・・?はい?」


首を傾げてもう一度返事をしてみました。


「そろそろ、降りてきて下さーい」


「帰りましょ〜」


「・・・イヤ」


「もう、エアちゃんったら。なあに?此処に何かあるの?それとも何か見える?」


エリーさんが飛んで来て私の隣に腰掛けました。私が座っていたのは、高い木の上にある太い幹です。見通しがいいので此処にいました。


「だって・・・。下にいると『いっぱいヘンなひと』が追い回してくるの」


「ヘンなひと?」


エリーさんに聞かれて頷きました。


「私がね。キッカさんのそばにいるから、キッカさんの評価が落ちるんだって。だから、『この世界から消えて』って。・・・攻撃魔法で殺されかけました」


「あのヤロー!よくもエアちゃんを」


「『自分は隣の国の王太子だ』って言ってました。だから『何をしても許される』んだって。私を殺しても許されるんだって。私が反撃をしたら『許されると思っているのか』って。それに『王様を殺して自分が王様になる。そうしたら、この国に戦争を仕掛けて滅ぼす』って計画してるの知っちゃったの」


「だから、エアちゃんは隠れることにしたのね」


はい。私が言ったことはすべて事実です。嘘は言っていません。攻撃を受けたのも事実ですし、『自分は王太子だ』と言われたのも事実です。さらに、反撃したら『許さない』と言われました。王様云々は、ダダ漏れの思考から知りました。

そして、探索サーチで見つかったのは『王太子側』の連中でした。そのため私は隠れたのです。



「エアちゃん。国に対して『交渉決裂』で手続きを取るわ。エアちゃんは、もうしばらくだけキッカたちのガードを受けててもらえる?」


「・・・・・・イヤ」


「あのバカに何か言われたの?」


「・・・男を毎日『取っ替え引っ替え』している淫乱女。オレたちの『夜伽』をさせてやる。気に入ったら国の後宮に入れてやる。ありがたく思え」


「それ、あのバカに?」


「全員に。断ったら王都で『無差別殺人』を起こすって。自分たちは交渉人だから、何をしても問題ない。許される。実際に王都にくる途中で寄った町で女をさらい、馬車で移動中に死んだから投げ捨ててきたって」


エリーさんのいかりが一気に膨れ上がりました。火に油を注いであげましょう。


「自殺じゃなく『腹上死』。そりゃあ、あの人数を移動する馬車の中で休みなく相手させられたんだから。殺されたのは13歳の少女です。・・・ご遺体は『綺麗な状態』に戻してテントの応接室で寝かせてご家族のもとへ。・・・でも、お父さんは『娘に何が起きたか』に気付いていました。その上で『娘を家族のもとへ連れ帰ってくださりありがとうございました』って」


あの時の光景を思い出して涙が溢れてきました。

だって、連中が最初に狙っていたのは15歳の姉でした。少女は姉に9歳の妹を連れて家にいるお父さんを呼びにいってもらったのです。そして、二人の盾になったことに腹を立てた連中に『姉の身代わり』として連れ攫われたのです。


お姉さんは妹さんのご遺体にすがって自分を責めていました。『妹が死んだのは自分のせいだ』と。だから「妹さんが自らの生命をかけて守り抜いたのですから、その生命を大切に生きてください。そして幸せになってください」と伝えて出てきました。

お父さんが「お礼を」と言ってきたけど辞退しました。これから娘さんのお葬式だから、お金にしろ物にしろ、必要になるでしょう?


エリーさんは慰めるように抱きしめて、黙って話を聞いてくれました。


「エアちゃんは、話を聞いて王都まちを飛び出したのね?その・・・『捨てられた女の子を探すため』に」


エリーさんの言葉に頷くとギュッと抱きしめてくれました。


「エアちゃん。・・・悪いけど、早く帰りましょう。そしてフィシスたちに報告して連中を捕らえるわ」


「でも・・・。あの人たち、私のこと探してますよ」


そうです。ご遺体を届けて、もう一度『捨てられていた場所』に花を供えました。

その時に見つかってしまい、追い回されて、洞窟の中に逃げたのです。洞窟の先が、この森に繋がっていたのです。あの男はそのことを知っていたのでしょうか?仲間の連中は『挟み撃ち』で森側から洞窟に入るつもりだったのでしょう。

収納ボックスの機能を存分に使って、洞窟内の採取はしっかりして来ました。はい。転んでもタダでは起きません。


「エアちゃん、だーいじょーぶ。・・・ほら。彼処あそこ。向こうも私たちに気付いたわよ」


エリーさんが指し示した方向に、荷馬車が近寄ってきます。荷馬車の開いた幌から身を乗り出して大きく手を振っているのはアンジーさんとシシィさんです。


「もう大丈夫よ。ってエアちゃん!・・・ったく。全員駆け足!迎えがきたから急いで戻るよ!」




飛翔フライの魔法で二人の馬車にぶっ飛んで行きました。二人はそれに気付いて馬車を止めて外に出て待っていてくれました。両腕を広げてくれたアンジーさんに威力を落として飛び込むと、アンジーさんは難無く抱きとめてくれました。そしてそのまま抱きしめてくれました。

アンジーさんが司る花の、春のお日様のような暖かさで、あの男たちのせいで荒れていた心が、モヤモヤしていた気持ちが、やわらいでいきました。


「エアちゃん。何でもひとりで解決しようとしないで。私たちなら、きっとキッカたちも迷惑だなんて思わない。・・・エアちゃんに居なくなられる方がツラいの」


「エアちゃんは気付いていないけど、私たちにはまだ『返せていない借り』がたくさんあるのよ。だから、頼ってくれなくてもいい。ただ、そばに居させて?」


・・・私には貸したつもりはありません。ですが、迷子の暗竜のこと。マーシェリさんのこと。そして何より『タルタロス軍団の襲撃』で生命を救われたことと『虫の襲撃スタンピード』が大きいそうです。


迷子の暗竜は『アントのドロップアイテム』ですし、マーシェリさんは『タネに戻しただけ』です。何より『大量の牛肉GETだぜ!』と言うことで、私には『牛肉食べ放題』というお得感しかありません。

そしてルーフォートのことは、自分が巻き込まれたから生き延びるためにしたことです。あの対策は『アイデア登録』されています。あの後、別の村で起きた『虫のスタンピード』で役に立ったそうです。そして職人ギルドポンタくんから商人ギルドに送られてきた『防塵・防毒マスク』も効果抜群だったそうで売り上げ急上昇です。


だから、『貸し借り』なんて概念はありませんでした。



馬車に駆けつけてきたエリーさんたちでしたが、皆さん呼吸を落ち着かせていました


「アンジー。シシィ。二人がいるなら、王都に戻る前に寄り道するわよ」


「エリー。どういうこと?何処に寄るというの?」


「其処に・・・エアちゃんが『王都を飛び出した理由』がある」


エリーさんの言葉に、思わずアンジーさんに強くしがみついてしまったようです。背中を優しくさすって「落ち着いて。私たちがいるわ」と囁いてくれました。


「シシィ。エリー。今は・・・」


アンジーさんの言葉で私の様子に気付いた二人は黙って離れて行きました。


「エアちゃん。・・・寄り道先の名前だけ教えてくれる?」


気持ちが落ち着いてきた所でアンジーさんにそう聞かれました。


「ジャローム」


「そう。教えてくれてありがとう。そろそろ馬車に乗りましょう。ほら。みんなも乗車して、すぐに出発するわよ」


「すぐに乗らない奴は置き去り!置き去りにされたくなければ馬車の後ろを走ってついて来ーい!」


エリーさんが地面に座っている皆さんに声をかけています。


「ほら。エアちゃんも乗って。乗って」


「なあに?エアちゃんも乗ってないの?でもエアちゃんは『置き去り』にしないわよ」


いつの間にか戻ってきていたエリーさんに抱きつかれ、そのまま馬車の荷台に乗せられました。シシィさんとアンジーさんも続いて乗り込んで来ました。そしてそのまま馬車は動き出してしまいました。


「他の皆さんは?」


「大丈夫よ。私たちが乗ってきた荷馬車に乗ってるわ」


「ちょっとキッカにメールするわね。居残り組も心配しているから」


「エアちゃん。ミリィはエアちゃんの代わりに「交渉人の不適切な言動で交渉が決裂しているにも関わらず、交渉相手を執拗に追い回している」と抗議文を送ったわ。だからすぐに連中を回収しに来るわ」


「え?もうやったの?私が王都に戻ったら送るってエアちゃんに言ってたんだけど」


「もう西部国境の守備隊に手紙を送って、そのまま国境を超えたわよ」


「エアちゃん。王都と国境の町にある守備隊詰め所には手紙を送れる転移石があるの。それでミリィが手紙を送って、隣の国の兵士に渡したの。エアちゃんが王都からいなくなって、直前に家の周りに連中がいたって聞いてね。すぐに手紙を送ったのよ」


「あー・・・。キッカの話だと、すでに国境から『回収隊』が国境を越えたって連絡が来てるらしい」


「馬車?馬?」


「フィシスからの話では馬車らしいわ」


「ちょっと後ろの連中に情報を共有してくるわ」


エリーさんはそう言うと、そのまま荷台の後ろから飛んで行きました。

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