第73話


キッカさんと商人ギルドに向かうと、入り口にエリーさんが仁王立ちしているのが見えました。エリーさんは、私たちに気が付くと1秒も掛からず目の前に飛んで来て抱きしめられてしまいました。


「エアちゃん!良かった!無事だったのね!大丈夫?オーガとかホブゴブリンとかイノシシとか現れなかった?!」


「エリーさん。落ち着いてください。一体どうしたんですか?何かあったのですか?」


私を抱きしめているエリーさんの様子がおかしいです。エリーさんが名をあげた魔物はすべて、私が『セイマールからの交渉人たち』を魔物に見立てた・・・たぶん、今の私たち三人にだけ通じる『隠語』です。ということは、連中が私に何かしてくる可能性があるのでしょうか?

キッカさんを見上げましたが、キッカさんも聞かされていないのでしょう。何も分からない様子で困惑した表情のまま首を左右に振りました。


「エリー。とりあえず此処では目立ちすぎる」


キッカさんの言葉に「早く中へ入るわよ」と庇われるように、私が周りから見えないように抱き上げると一瞬で商人ギルドの前に移動してそのまま中へ入ってから下ろされました。

・・・キッカさんが何故か入って来ません。

50メートルくらいの距離を、たとえ歩いて来るとはいえ、ちょっと遅くないでしょうか?


「エアちゃん。先にシェリアの部屋に上がるわ。あとでキッカが来るから部屋へ上げて」


後半は近くの受付嬢への声かけです。受付嬢の「はい。承知致しました」という返事を聞いたエリーさんは、私の背に手を回して少し強引に奥へと促します。その先で、中の職員さんが跳ね板を持ち上げて待っていてくれます。


「エリーさん」


「話は部屋に入ってからね」


・・・今日はエリーさんもキッカさんも、普段と様子が違います。やはり『交渉人一行』が原因でしょうか?




「エアちゃんいらっしゃい。今日はエリーが護衛担当だったの?」


「いえ。キッカさんです」


「それなんだけど・・・。今、キッカにバカたちが接触している。キッカが『聖女様に認められた冒険者』だと何処かで聞いたようで、「自分のものにする」と言ってきたのよ」


さすがにシェリアさんと私も、二の句が継げませんでした。


「さすが王族ですね。完全に『自分以外はモノ扱い』ですか・・・。すでに交渉は決裂したんですから、私が本気で怒って『魔物に見立てて抹消』する前に消えてくれないでしょうか。・・・セイマールの方でも、「何かしでかして消されればいい」と思って国外追放やっかいばらいしたんじゃないですか?だから「交渉が成功するまで帰って来るな」って言われたんでしょうね。本気で交渉を成功させたいなら、もっと真面まともな人を送ってくるでしょう?ってことは、セイマールは国宝をいらないんですよね。・・・もう分解しちゃおうかしら」


「完全に交渉決裂の場合、エアちゃんがそれを宣言するだけよ。正当性が認められたら、『権利の神』が宣言するわ。それで二度と交渉は出来なくなるわ」


「今の状況では正当性に欠けますね」


「そうね。交渉人が具体的にエアちゃんに何かした訳じゃないから」


「存在自体迷惑」


「・・・ねえエアちゃん。もしかして、ずっと怒ってるのかしら?」


シェリアさんが苦笑しながら確認してきました。

そうですね。ジェフェールのレジ前からずっと怒っています。


「一部『八つ当たり』な部分もありますが。けっこう。かなり。ものすごく。今すぐ木っ端微塵にして存在していたこと自体、消滅させたいくらいに」


「ちょっと。エアちゃん?一体何があったというの?」


エリーさんの言葉の直後に、トトトーンとドアがノックされて、少し疲れた表情のキッカさんが入って来ました。


「キッカ。連中はどうした?」


「鬱陶しいから裏通りでいて来ました」


「アイツら、キッカが『聖女様に認められた冒険者』だと聞いたようで「俺が欲しいと思ったらすでに俺のモンだ!今すぐ寄越せ!」って騒いだんだよ。「そんなもんは本人に直接言いやがれ!」って怒鳴ったらいなくなった」


「ああ。それで今日は俺がエアさんの護衛担当だと後で知って、慌てて駆けつけたんですね」


「此処なら彼らは入って来られないからね。キッカ。あとで帰るときに連中がいたら引き連れて離れて。私がエアちゃんを連れて帰るから」


「ええ。分かりました。・・・エアさん?どうかしましたか?」


疲れているようなので、キッカさんに飲み物を出そうと思ってステータスを開いたら、チャットが届いていたので先に確認していました。お礼のチャットを送ってから、ノンアルのサングリアを出しました。


「マーレンくんからチャットが届きました。今までアクアやマリンと庭で遊んでいたそうで、アジトの前に『害虫が発生中』だそうです。そのため、家に寄らず、庭から宿へ帰ったそうです。二人を家まで送れなかったことを謝罪していました」


「そんなこと気にしなくてイイのに」


「ええ。『庭の中だから大丈夫』と伝えました」


「家の前に集まっているの?・・・エアちゃんじゃないけど、本当に『害虫駆除』したくなってきたわ」


エリーさんが不快そうに表情を歪めています。


「虫草を燻しましょうか?」


「あんな害虫相手にもったいないわよ」


「自分の国のゴミは、ちゃんと自分の国で処分してくれないかしら」


「シェリア。自分の国で処分出来ないから、この国コッチに投げ捨てたんでしょ」


「セイマールに「今すぐ不法投棄したゴミを回収しないと『交渉決裂宣言』する」って伝えたらどうでしょう?それとも国宝はいらないのでしょうか?別に交渉しなくても『私のもの』ですから、分解して好きに使ってもいいんですよね。『国宝』をなくせば、交渉のために王都に居座られて生活の邪魔をされることも、行動を制限されることも、付き纏われることもなくなります。さっさと国に帰って消滅して欲しいです」


「ちょっと、キッカ。ずっとエアちゃんが攻撃的なんだけど・・・。何があったの?」


キッカさんがジェフェールで私が言われたことを説明すると「ハア?其奴ソイツってバカなの?」とエリーさんが呆れていました。


「エアちゃんの料理にケチつけて、エアちゃんの店を侮辱したの?それでエアちゃんに冒険者を辞めて此処で働け?・・・よっぽど死にたいの?キッカだと思われている『聖女様に認められた冒険者』はエアちゃんなのよ?・・・ああ、神様。女神様。聖女様。エアちゃんを侮辱したアホに天罰をお与えください。この際、精霊王お父さまでもいいわ。そうね。お父さまに教えたら、きっと切り刻んでくれるわ。エアちゃんは偏見なく私たちに接してくれる、数少ない人間だもの。そんなエアちゃんを侮辱するなんて、絶対に許せないし許さないわ」


「シェリア。それだけじゃないわよ。その男の言葉はあのバカと同じなのよ。天罰なら『セイマールの交渉人一行』にも与えて欲しいわ!私たちが手をくだしても罪を免除してくれるとか」


「ええ。あの時、なんで此奴コイツらは『似た発想しか出来ないのか』と思いましたよ。もちろんエアさんはレジで大変おいかりでした。しっかり『言葉だけで再起不能』にしてきました。オーナーたちがいましたが、エアさんが処分を店側かれらに任せたことで、ジェフェールの面子メンツが保たれて感謝していましたよ」


「でもね。私の接客マナーのレシピを使っているはずなのに、違反を繰り返していました。だから私のレシピを二度と使って欲しくないし、『たいしたことのない』と評価した私の料理を口にして欲しくないです」


「ああ。そういうことだったのね」


私の言葉にシェリアさんが何故か腑に落ちたという表情を見せました。


「シェリア?もしかして『レシピ使用不可』が出たのか?」


「ええ。エアちゃんの『アイデアレシピ』を使用しながらエアちゃんのレシピを侮辱したり否定したんでしょ?だから『権利の神』が怒ったのよ。神を否定したことになるんだもの。だから使用許可が取り下げられたのよ」


「使用不可の範囲は何処まで?『エアちゃんのレシピだけ』か、『エアちゃん以外の、今まで登録されたレシピもすべて』か、『これから登録されるすべてのレシピ』か」


「『すべて』よ。『今までのレシピから、これからのレシピまで』。もちろんエアちゃんのレシピも含めて、すべての利用が不可になったわ」


「私のレシピだけじゃないのですか?」


「違うわ。『神を否定した』罰なのよ。今回、侮辱した相手は『権利の神』よ。だから『権利に関するすべて』が使えなくなったのよ。下手したら『生きる権利』すら許されないかも知れない。他にも『恋愛の神』を侮辱したから『誰からも相手にされない』ですし『女神すべてを敵に回した』以上、ただでは済まないでしょうね。『戦闘の女神』もいるから『叩いても殴っても紙すら破れないくらい弱くなる』わね。女性の平手打ちで顔面複雑骨折よ」


「あの様子では、『神々の声』が聞こえたのでしょう。でも内容からエリーが言った三柱みはしらだけではないでしょう。店も侮辱しましたから『商売の神』をも侮辱しましたし、『冒険者の守り神』も侮辱しています。それと、すべてのレシピが使えないということは、服ですら不自由になります。今の服は大半がレシピ登録されていますから」


「それはどうでもいいのよ。問題は食料よ。パスタや豆腐は『エアちゃんのレシピ』だし、他の食材も『レシピ化』されたものが殆どよ。『アイデア登録されたレシピにあわせて収穫されている』わ」


「自分で育てるのも可能かも知れませんが、種自体が品種改良されたものがほとんど。『アイデアレシピ化』されたものです。・・・何処まで許されるか分かりません。『誰かが作った料理ものなら許される』のか、それすらも許されないのか」


「だから、何処かの土の下に深く埋めて・・・」


「それはダメです」


「埋葬される権利すら消滅した?」


「いいえ。まだ生きていますからね」


「ちょっと、キッカ。一体どういうこと?」


シェリアさんに、キッカさんは強制退場する男の様子を説明しています。エリーさんはキッカさんから聞いていたイノシシの話から、薄々気付いていたのでしょう。


「エアちゃん。とりあえず今は埋葬も生き埋めも我慢してね。何処まで許されるのか分からないから」


「地中深く穴を掘って、細く長〜い杭を乱立させた落とし穴を・・・」


「エアちゃん。ダメよ。それは魔物相手だけにしてね」


「・・・人の姿をした魔物相手に」


「ダメ」


「じゃあ、セイマールから来た『人の姿に化けたオークにホブゴブリンにイノシシ』相手に」


「エアさん・・・。それはすでに相手を特定しています」


「でも、人間だって『落とし穴に落ちる』ことはあるでしょう?」


「落とし穴はともかく、フィールドで穴に落ちたりってことはありますね」


「後ろから背中をツンッと」


「それは『落ちる』じゃなくて『落とす』でしょう?」


「もう・・・。エアちゃん、面白すぎ!」


我慢出来なくなったシェリアさんが笑い出しました。


「こうやって『言葉遊びで楽しむ』しかないもんねー」


「実際にやったら『犯罪行為』で処罰されますから。でも私たち女性は『正当防衛』があるから、死なない程度の力で一発で潰す気でいます」


「何するの?」


「連中が思わず追いかけたくなる相手の幻影を個々に見せて王城へ突入させるの。そんなことをすれば、流石にセイマールに強制送還されるでしょう?長い距離を走らせたら、その奇行を目撃する人も多くなるでしょ?たとえば「キッカさんを追いかけて来た」と訴えても、連中がわめきながら走ってたのを多くの人に見られているから信じてもらえない。今の王様は相手が他国の王太子でも、礼儀知らずには迎賓館を貸さない『芯が通ったまっすぐな人』でしょ?すでに交渉権を失って交渉していませんし、ただの不法滞在者ですから、国に送り返すチャンスじゃないでしょうか?」


「そうね。でも幻影魔法って属性は何があったかしら?」


「えっと・・・。水と光?」


「水?水属性で『ありもしない風景を見せる』ことは出来るけど・・・」


「それは『大気に含まれた水分』に幻影を見せているだけですよ。エリーさん。私たちの目の表面は、乾燥しないように『薄い水の膜』が常時覆っています。その『水の膜』に幻影を見せるんです」


そう言って、実際に3人に幻影ミラージュを見せてみました。

人間族キッカさんでも精霊族シェリアさんでもエルフ族エリーさんでも、幻影を見せることは出来ました。そして、ちゃんと遠近も自在に設定出来るようです。


「エアちゃん!これはすごいわ!腕を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、どんなに伸ばしても届かないんだもの」


シェリアさんは興奮して頬を赤くしています。


「私は、皆さんが『誰を見た』のか分かりませんが・・・。幻影だと分かりますか?」


そう聞くと、三人とも左右に首を振りました。


「今は動かしていませんが、走り出したら追いかけますか?」


「ええ。私は今エアちゃんが前にいるけど、駆け出したら間違いなく追いかけるわ」


「アクアやマリンでも、慌てて追いかけますね」


「私はお父さまがいるわ。でも『何をしだすか分からない』から、やっぱり追いかけてしまうわ」


良かった。皆さんは『追いかけてしまう相手』を見たのでしょうね。ではこれに『王城の兵士に捕まるまで』というタイマーをかけましょう。


「これ以外には無属性がありますね。精神に『幻覚を見せる』方法です。ですが、エアさんの見せてくれた幻影魔法の方が確実ですね。幻覚の方は精神に悪影響を与えかねないので」


「連中に使った方が『楽しい』ですよね。私が」


「そうね。私も『楽しい』わね」


「ちょっと、エアちゃん。シェリアも。・・・私もすっごく『楽しみ』だわ」


精神に悪影響を与える可能性があると聞いて、女性陣三人は『楽しみ』だという。繰り返し『自分が魔物になって様々な方法で討伐される』という幻覚に悩まされ続ければ良いという。そうなったら『楽しい』という。


その様子を見ながら、キッカは『そうなる前に自国に戻ってくれる』ことを切に願った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る