第59話


今回の『聖女様降臨』の目的は、他の町や村に『自力でスタンピードに対処しろ』と促すためです。つまり「虫はいなくなった。あー。やれやれ」と気を抜いていれば、第二・第三のスタンピードが発生した時に滅ぶぞ。という脅しもあります。詳しい話をしなかったのは、下手に動けば感染しかねないからです。それで、漠然とした内容で伝えました。これで、エリーさんが各地の冒険者ギルドに連絡しても『冒険者任せ』にしないでしょう。

『人に頼る愚か者は害悪だから滅びろ』と言われたんですからね。


ちなみに今回から『おぼろげな女性の姿』にしました。そして『自分は聖女です』とは言っていません。

・・・言っていないのに、皆さんは『聖女様』だと思い込んでいるようです。

訂正する気はないので、誤解したままでいてもらいましょう。




私がテントを出たのは翌日の昼過ぎ。前日と同じ時刻です。


「ああ。やっぱり同じ時間に出て来たわね」


フィシスさんが笑いながら言っています。残念ながら『声だけ』しか確認出来ません。私はすでに『ミリィさんの腕の中』ですから。


「ミリィ。立ったままじゃなくてベッドにでも腰掛けてちょうだい。そのままじゃ、ゆっくり話せないわ」


「い・や」


ミリィさんの言葉に思わず苦笑してしまいました。ずっと会えなかったから、私もミリィさんから離れたくないです。ミリィさんは私を抱きしめて身体を震わせています。私もミリィさんにしがみついています。

私の気持ちが落ち着いてくると同時に、ミリィさんが大きく息を吐いて再び優しく抱きしめてくれました。


「よかった・・・。エアちゃん、此処で生きてる・・・」


ミリィさんに心配をかけていたのですね。そうですね。部屋が暴徒に襲われたと聞いてから、一度も会っていなかったのですから。『大丈夫』と聞いても確認出来なかったのですから、心配していたのでしょう。


「ミリィ。エアちゃんも。そろそろ『お話し』しましょ?」


「・・・エアちゃん。いい?」


アンジーさんの言葉にミリィさんは答えず、私の気持ちを優先してくれました。黙ったまま頷くと私を包んでいたミリィさんの腕が緩んだものの、私はしがみついた手が離せませんでした。


「エアちゃん。大丈夫。もう大丈夫よ。・・・怖かったよね。ずっとひとりぼっちにしててごめんね」


ミリィさんは慰めるように、ふたたび優しく抱きしめて背中をさすってくれました。

少しずつ気持ちが緩み、涙腺も緩み、嗚咽がもれても気にしないで泣いてしまいました。



以前と同じで、私はミリィさんに横抱きで抱きしめられてベッドの上です。気付いたら、『鉄壁の防衛ディフェンス』の皆さんも全員が揃っています。

・・・泣いたの、見られていたんですね。

そう思うと恥ずかしくて、ミリィさんにしがみついて顔を上げられません。


「エアちゃんには『毒虫事件』については説明済みだから・・・。他に知りたいことから話すわ。何から知りたい?」


フィシスさんの言葉に、聞きたいことが色々頭に浮かびます。でも、昨日のことが一番気になります。


「昨日、町に突き刺さってたのは?」


「ああ。アレは・・・」


フィシスさんが口ごもります。エリーさんと「どうする?」と話し合っています。それが不安になって、ミリィさんにしがみつく手にチカラを込めてしまいます。


「エアちゃん。大丈夫よ。フィシス。エリー。エアちゃんを不安にさせないで」


ミリィさんに頭を抱き寄せられると、シシィさんに頬を撫でられました。シシィさんのつかさどる花の香りに気持ちが落ち着いて来ます。


「大丈夫よ。エアちゃん。フィシスとエリーが言い出せないのは、これが『この部屋を襲ったヤツら』のことが関係してるの」


「エアちゃん。フィシスたちに時系列で話をさせてもいい?いちいち話をする度に、こうやってエアちゃんを不安にさせるよりはいいと思うわ」


アンジーさんの言葉に頷きました。一緒にベッドの上に座っていますが、私の背後・・・窓側に座っていて、窓の外が見えません。この窓にも不可視の魔法がかかっているため、カーテンがありません。だから、私を隠すというより、私が外を見ないようにでしょう。


「じゃあ、エアちゃん。話をしていくけど、聞くのが辛かったら言ってね」


「・・・はい」


・・・実は現時点で、楽しい話以外は聞きたくないです。でも聞いておかないと、今後どうなるか分からないのです。注意することがあるのに、聞いていなかったから困ることになりました。とか、準備不足で皆さんに心配させました。とかなってはいけません。


「先に、ひとつだけ聞いてもいいですか?」


「ええ。何かしら?」


「フィシスさんたちは此処に全員いますが・・・『仕事』は大丈夫なのでしょうか?」


「そうね。それは『もういい』のよ」


「『もういい』?」


「エアちゃん。この町にも『守備隊』はあるのよ。それなのに、私たちがいることで『任務放棄』しちゃっていたの」


「前の町長を見限って『仕事をしなかった』から、信用をなくして?それで『王都から来たんだから、其方ソッチに頼っちゃえ』って考えた民衆と『其方に任せちゃえ』って考えた守備隊がいた?」


「ええ、そうよ」


「私たちは『人身売買』の事件のために来たの。それを邪魔するように『町の守備隊がする仕事』を押し付けて来ててね。すべて断ってたんだけど、聞かない連中でね。そうしたら『スタンピード』が発生したでしょ?その時のエアちゃんの正しい判断で町が助かったことから、さらに人々が強く依存するようになったの。そのくせ、自分たちでは何もしないでね。松明も、虫草を燻すことも、町の外の大きな篝火かがりびを組み立てるのも。出来なくても手伝うって事すらしなかったのよ。・・・それで、虫草を奪うためにエアちゃんを襲ったことで、さすがに此処にいる全員がブチ切れちゃってね。さすがにオーガストもガマンの限界だったみたいで、「町のことを守ろうとしないで部外者に頼り切り、さらに我欲のために押し入るとは何事だ!守備隊も仕事をしないなら全員解雇クビだ!町の名をけがすような者はこの町に必要ない!スタンピードが落ち着き次第、全員出て行けー!」ってやっちゃってね。まあ、守備隊は全員、家族もろとも町を出て王都行きよ。『光の槍』が刺さっていたのが『守備隊宿舎』でね。・・・此処を襲った連中に『大量の虫草を持った冒険者が、町長に高額で売りつけている。あれを根刮ぎ奪い取れば自分たちは遊んで暮らせる』と計画していたのが漏れたらしいわ。それで『自分たちが先に奪ってやろう』と襲撃してきたって事だったわ」


「あの『光の槍』が天罰だっていう事に気付いた隊員全員が、私たちが駆けつけた時には地面に伏して、泣きながら謝罪していたの。彼らはあの『光の聖女様』を女神様だと信じていたわ」


「連中は全員守備隊の詰め所の牢屋にいるわよ。これから王都に送られて取り調べをする」



どうやら、あの『光の槍』は高性能のようです。

『神に代わりバツを落とす者』に含まれている他のバツも、おなじ効果があるのでしょうか?

それにしても・・・今度は『女神様』ですか。まあ『天罰』を落としたから、そうなりますね。

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