第46話
満面の笑顔で執務室に現れた、第二王子であるレイモンドから「聖女の召喚が成功しました!」と自慢気に報告を受けたのは昼を過ぎた頃だった。
小規模ながら
聖女様の召喚は、国王か王太子以外に許可は出せない。王太子も、国王が病か何かで王政に携われない場合のみに許されているだけだ。
そして私は許可を出してはいない。
「誰がそんな許可を出した!」
そう怒鳴っても、「俺が『聖女』の召喚を許可して成功させた。次の国王はこの俺だ!」と聞かなかった。
幼い頃から、兄に対して敵意を向けているレイモンド。同じ母から生まれた兄弟にも関わらず、兄は王太子として『次期国王』になることが決められている。それに比べ、第二王子であるレイモンドは『王弟陛下』にしかなれない。
そのため、どんな手を使ってでも兄を蹴落とそうとしてきた。しかし、賢い兄とその側近たち相手に敵うことはなかった。そしてとうとう『禁じられた手段』に手を出してしまった。
一線を越えてしまった以上、もう庇うのは無理だった。
近衛兵たちに命じてレイモンドを捕らえさせた。罪名は『国家反逆』と『国家転覆』。『越権行為』も含まれるがそれは二つと比べると微罪でしかない。
同時にレイモンドを『廃嫡』処分にすることにした。今、この時点で私達の関係は『国王と罪人』であり、親子でもなくなった。
兵士たちは暴れるレイモンドを魔法で気絶させて拘束していた。私が近付くと、兵士が気付け薬でレイモンドの目を覚まさせた。ぼんやりとしか回復していない意識の中、自分の置かれた状況が何も分かっていないレイモンドの額に手をあてて宣言する。
「今この時をもって、国家を揺るがす反乱を企てた大罪者レイモンドを『廃嫡』とする」
「そんな!父上!止めてください!」
私の言葉で正気を取り戻したレイモンドが暴れるが拘束魔具で動くことが出来ず、私の手から出た金色の光がレイモンドを包む。
「そなたは『聖女様の召喚が国王以外に許されていない』理由を王族として知っているはずだ。その最大の禁忌を破って聖女様を召喚した。そなたは神の
「嫌だ!父上!助けて下さい!」
レイモンドは泣いて許しを乞う。『不死人』とはその名の通り、死ぬことも許されない。この世界を彷徨う『生きた亡者』となるのだ。
レイモンドを助けたいと『父親』の心が訴える。
しかしこの罰は神罰なのだ。私には助ける
「すでにそなたは私の息子ではない。二度と『父』と呼ぶことは許されない」
私の言葉にレイモンドは絶望したようだ。しかし、それだけのことをしたのだ。
聖女様として丁重にお世話をしたとしても、此方の勝手で無理矢理この世界に連れて来られるのだ。・・・だからこそ、レイモンドのように安易な考えで聖女様を召喚してはならないのだ。
王太子にもレイモンドにも、何度も詳しく説明してきた。なぜレイモンドは分かろうとしなかったのか。
正式な公表はまだ先になるが、レイモンドは公開処刑を受けることになる。背と額、両頬と両手の甲に『咎人』の焼印を押されて去勢され、
押される焼印の効果で、魔物に襲われることはない。崖から飛び降りても、海に沈んでも死ぬことが出来ない。去勢されても、出血多量で死なない。唯一救われる方法は、心から罪を悔いることだ。罪を悔い改めた時に、神から許されて死を賜ることが出来る。
関われば神の罰が落ちるため、誰からも居ないものとされる。『人ではなくなる』のだ。
報告されている最長の『不死人』は、今から三千年前に、この国を真似て『聖女様の召喚を試みた』当時の魔術師長だった。その時は失敗に終わり、聖女様は召喚されなかったと聞く。しかし、その失敗による魔力の影響で魔物が凶暴化し、近隣の国をも巻き込んで滅びた。この国の遙か北にその国はあった。今もその地は荒野となり、草木も生えず、魔物すら棲まない『不浄の地』となっている。そしてその地の周りを彷徨っている魔術師長の姿が目撃されている。自らが滅ぼした国々へ『近付くことが出来ず』に苦しんでいるという。
『罪が許された時に、国へ帰れるのだろう』
・・・そう語り継がれている。
私たちは10年前に、その『公開処刑』を王族として見届けたことがある。処刑されたその男は、村の『魔物避け』を故意に壊した。結果、魔物に襲われた村は村民の半数を喪った。
想いを寄せていた女性が結婚することを知っての嫉妬からだった。
その男は、女性とは何も関係がなかった。ただ、遠くから見ていただけで、声を掛けることも、想いを伝えることもしていなかった。
女性と彼女の夫は生き残り、今は何処かの街に住んでいる。『不死人』は『不浄なる者』として街や村に入ることは出来ない。魔物同様、『魔物避け』に
その処刑をみた王太子は、さらに規律正しい青年になった。
そして、同じく処刑をみたレイモンドは・・・何も変わることはなかった。
『聖女』様の召喚は、国の存亡に関わる重大事項だ。聖女様が召喚されたということは、特別室に
レイモンドの非礼を侘びて、この国のさらなる繁栄のために『かの国』の知識を与えてもらおう。イレギュラーとしてだが、せっかくこの世界に召喚されたのだ。歴代の『聖女』と同じように活躍してもらおう。
「陛下。マリーと申す者が、陛下に接見を求めております」
「マリー?それは何者だ」
「はい。特別室にて、聖女様のお世話をしている者です」
「すぐに呼んで参れ」
廊下に控えていたのだろう。
マリーはすぐに執務室に入ってきた。
「陛下。大変なお話がございます」
「・・・それは聖女様のことか?」
「はい。その通りにございます」
「聖女様が召喚されたという話は、すでにレイモンド本人の口から聞いておる」
「失礼でございますが、それは
「・・・何のことだ?」
「聖女様が召喚されたのをお聞きになったのは、何時のことでしょうか?」
「今日の昼だ」
「・・・聖女様が召喚されたのは、
「なんだと?!」
「それも・・・・・・聖女様のお話しでは、召喚された時に聖女様は『お二人』だったそうです」
「それは
「はい。・・・ですが、もう一人の聖女様を、レイモンド様は城から追い出してしまわれました」
もう。何も言えなかった。
マリーに、聖女様からお聞きした話をすべて話させた。
レイモンドは召喚された二人の聖女様のうちお一人を、『聖女ではない』と存在を拒絶して城から追い出させた。
そして、もう一人の聖女様に、レイモンドはあろうことか力ずくで襲い掛かった。
「申し訳ございません。レイモンド様に気付かれないよう、王都内すべてでもう一人の聖女様をお探ししたのですが・・・。
「『すでに王都にはいない可能性がある』ということか」
「はい。・・・召喚に
「それは失礼な事を言ったからだろうな」
「それもございますが・・・。まるで物のように、聖女様の腕を掴んで床を引き摺って部屋を出られたそうです。それを叱責された黒髪の聖女様に、腹をたてられたレイモンド様が追い出すよう命じたことで、激昂された黒髪の聖女様は自ら城を出ていかれたそうです。・・・その際、王都までお送りした者に対して礼を述べたそうです」
無礼を働かれても、城内を案内した者に対し礼を言えるような方を、レイモンドは怒らせたのだ。
謝罪しても、二度と聖女様として王城に戻ってはくれないのではないか。
「黒髪の聖女様に腹を立てられたレイモンド様は、聖女様を脅したそうです。『自分の機嫌を損ねれば、もう一人の聖女様を殺す』と」
「聖女様に非公式でお会いしたい。直接お会いして謝罪させて頂きたい」
「分かりました。聖女様にお伝えいたします」
聖女様とは、その日の夜にお会いすることが出来た。マリーに特別室の中へと招かれると、茶色い髪が波打つ少女がソファーに座っていた。
「この度は、レイモンドが大変失礼な事を致しまして、申し訳御座いません」
自分では、聖女様に対して誠意ある謝罪をしているつもりだった。
「いい加減にして下さい!」
聖女様の
「私は『聖女』としてなにもしません!する気はありません!ふざけるな!!」
「非礼があったのなら詫びる」
その気持ちは本物だ。だが、聖女様の
聖女様の召喚は、そのまま『世界の混乱』を意味する。今回の召喚は二人。それだけ『大変なこと』が起きるのだろう。
聖女様の『能力』は分からない。そのため全魔法を試してもらう。そして使える属性を伸ばしてもらう必要があるのだ。
唯一分かっているのは、『聖女は回復魔法が必ず使える』というものだ。しかしそれは、ただの国民でも出来ることだ。『回復魔法が使える黒髪の女性』を手がかりに、もう一人の聖女様を探すのは無理だろう。他に手掛かりがあるとすれば、昨日召喚されたばかりなら、レベルが低いということだろう。
それなら、目の前の聖女様の機嫌を損ねるわけにはいかない。
しかし、その考えすら、私は浅はかだったことに気付かなかった。
「私がこの世界に来て、自分の機嫌を損ねたらもう一人の女性を殺すと脅迫された。その上で犯されそうになった。それをしたのは貴方の息子です。そこまでされて、何故『自分たちの思い通りに手を貸してもらえる』と思えるのですか?次は私を殺すと脅しますか?どうぞ。殺してください。元の世界に帰れないなら、此処で生きていたいと思いません。唯一、支え合って生きていけるはずだった女性を、貴方たちは真っ先に私から奪ったのだから」
聖女様は、涙を流しながら私に怒りと気持ちをぶつけてきた。
なんてことだ。『機嫌を損ねたら』なんて、いま私自身が考えたことではないか。
レイモンドは『私を見て』育ってしまったのか。
「どうぞ。お引き取り下さい。そして二度と顔を見せないで」
聖女様の言葉に私は顔を上げた。
やっと『許された』。機嫌を治してもらえたのだ。これで手を貸してもらえる。
そう安堵していたのだ。
しかし、聖女様は怒ったままだった。冷たい目で私を見ていた。いや。私の存在自体が『
・・・私は許された訳ではない。『顔も見たくない』と言われた・・・この国は聖女様に見捨てられたのだ。
「そうそう。ところで貴方は『何処の
なんて愚かなことだ!
私は聖女様に謝罪することしか考えておらず、自ら名乗ることもしていなかった。
「私に一言も謝罪しないで、自分の言いたいことだけを言って気が済みましたか?私を襲った『第二王子』と頭の中は変わりませんね。これだけははっきり言えます。私だけじゃない。彼女だって貴方たちに手を借りる気はない。もちろん貸す気なんてないわ。だから、城から出て行ったのよ!」
ああ。聖女様の怒りは私自身に向いていたのか。
すべてを『レイモンドのせい』と思っていた。しかし、私自身が聖女様に対して失礼な態度を取っていたことに、今さら気付いた。
そして、レイモンドは聖女様を道具のように扱い、さらに襲いかかった・・・。私は事前にマリーから聞いていたのに、その事すら一言も謝罪をしていない。レイモンドの行為を私が『許していた』ことになる。いや。すでに聖女様にはそう取られているだろう。
聖女様の威圧感は凄まじく、私は聖女様の気が済むのを黙って待っていた。
ここまで失礼なことを繰り返してきたのだ。これ以上失態を繰り返すことはできない。
何より、これ以上何を謝罪すれば良いのか。
どうしたら、聖女様の機嫌が治るのか。
行方の分からないもう一人の聖女様を見つけ出せば許されるのだろうか。
私には何も分からなかったのだ。
聖女様の全身が金色に光った。これは『神が願いを聞き届けた』証明だ。
聖女様は神に何を願ったのか。
驚いて動けなくなった私に聖女様は近付く。
そして、腰に差している短剣を引き抜いた聖女様は、そのままご自身の胸に深く突き刺した。
聖女様は、満足したように笑うと、そのまま床に崩れ落ちた・・・
「父上・・・」
間接的とはいえ、聖女様を傷付けてしまったため、私は離宮にて謹慎している。
いや。私の身勝手な思い込みで、聖女様を追い詰めてしまったのだ。
大体、聖女様の前に向かうのに、何故佩刀したままだったのか。それこそ『我が意志に背くなら殺す』という意識が私の心の奥底にあったからではないか?レイモンドが聖女様を脅したように。
王太子は執務代行の合間をぬって離宮まで来るが、私は直接会うことをしなかった。彼の真っ直ぐな目を私は見ることができない。事情は宰相にだけ話してある。
「父上。宰相たちは王都を中心に、聖女様を探しております。『この世界で聖女様は一人で生きていけないだろう。だから城に戻れると知れば、喜んで戻ってくる』と。『聖女様が戻られれば、父上の罪も許される』。そう考えているのです」
そうだ。もう一人の聖女様がお許しになれば、私の罪は軽くなるじゃないか。そして、代わりにこの城に住んで『聖女様』として働いてもらおう。もし断られても、魔術師に呪いをかけさせて『この国に相応しい聖女様』として操ればいい。何故あの聖女様にそうしなかったのか。
「ですが、私にはそう思えないのです。もし宰相たちの言う通りであれば、すでに見付かっているはずです」
「・・・それはどういう事だ?せっかく城で『なに不自由なく贅沢に過ごせる』のだ。断る理由がないだろう」
「それでしたら、何故『部屋を用意する』と言われても断り、自ら出て行かれたのですか?」
「・・・『私は『許されよう』とは思っていない。だが謝らせてほしい』。そう言えば寄ってくるだろう。私は国王だ。その国王が謝罪すると言っているんだ。いや、一度聖女様に謝りさえすれば・・・」
「父上。それは『自己満足』です。父上も私も、そしてレイモンドも・・・。反省はしても、聖女様に謝罪を口にしてはいけません。『聖女様の召喚』は謝って許されるような『軽い問題』ではないのです。私たちは、この苦しみを背負って生きなければならないのです。・・・それが私たちに
ああ。・・・聖女様にも『自分の言いたいことだけを言って気が済んだか』と言われたんだった。それなのに、まだ私は『同じ過ち』を繰り返そうとしている。
いや。聖女様に呪いをかけて操ろうとさえ考えていた。
私は何処まで愚かなのだろうか。
・・・それからすぐ、王都に『聖女様』が現れた。
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