私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。

アーエル

第二章

第31話



皆さんの馬車を見送り、私は次のダンジョンに向かいました。『大地の迷宮』から徒歩30分。セットで攻略する人が多いそうです。でも、そこに『初心者向けの落とし穴』があるようです。

『大地の迷宮』は六階層です。クリアして、体力も気力も残っている状態で、『徒歩30分』の距離にあるダンジョンも『10階層前後』と思い込んで、「この勢いで行ける」と思うのでしょう。

この二つのダンジョンを聞いた時に、私は地図で『迷宮情報』を確認しました。事前に情報収集それをしない冒険者が多いそうです。


「その人たちって『準備』はどうしているのでしょう?『水の迷宮』ということは、湿気が多く、火魔法は効きづらいと思いますが?広場は魔物避けの結界が張られていますが、空気の循環がなければ、かなりの湿気が溜まっていると思うのですが・・・」


「さすがエアちゃんだね。その通りよ。エアちゃんはテント用品を購入してたわよね。料理はテントの中なら出来るわ。その分、休憩時間が長くなるわね」


「やはり、結界では湿気を遮断できないのですね。湿気が高いということは、水分を多めに取らないと・・・水分不足で倒れますね」


「そう。エアちゃんの言う通り。救い出された冒険者の殆どは『行き倒れ』。さらに『食事はしていたが水分補給はしていなかった』という冒険者が大半だ」


「エアちゃん。もし行き倒れがいても、絶対に手を出しちゃダメよ。水を与えるだけでは死ぬこともあるわ」


「・・・塩分が足りていないからですね」


私の呟きに、フィシスさんたちが目を丸くして驚いていました。日本では当たり前の知識だったから知っています。


「私の住んでいた所では暑い時は2時間で休憩して、岩塩を舐めて、水もいっぱい取るように、って教わったのですが。間違っていましたか?」


「いいえ。その通りよ」


「エアちゃんは大丈夫そうだな。ちゃんとした知識を持っているから、下手に手を出して悪化させることはない」


「そうね。いい?倒れて弱っている人がいても、絶対手を出してはダメよ。出来るのは私たちに連絡することだけ。中には行き倒れをよそおって、荷物を奪い取ろうという『不届き者』もいる」


「エアちゃん。倒れた連中は、事前の準備を怠った『自業自得』だからね」


ミリィさんたちからは、キツ〜く約束させられました。それこそ、約束しないなら外に出さないというほどに・・・






薬草やキノコなどを大量に回収していると、『水の迷宮』の入り口に到着しました。此処まで魔物とは遭遇していません。強い魔物は夜行性のイメージがあったのですが・・・。先ほど、エリーさんが使った火魔法で怯えているのでしょうか?

私は採取が出来たので満足ですが。


『水の迷宮』に足を踏み入れると、湿度で蒸し暑いと身構えていたのですが逆に涼しい感じがします。壁や天井は、日本の洞窟のように岩で出来ていましたが、一階は平坦なレンガで作られた床でした。ずっとこのまま進むのか、途中の階からレンガが敷かれていない『ザ・洞窟!』というダンジョンになっているのでしょうか。

此処にも灯りはついていますが・・・明るさは半減しています。時間に合わせているのか、このダンジョンは全体的に明かりを落としているのでしょうか?

そんな事を考えながら、何もないし出てこない通路を進んで行きます。通路はくねりながらも、一本道です。ダンジョン用マップにも脇道や隠し部屋はありませんでした。この先にも広場はありません。

フィシスさんの話だと『一階に広場がある』はずです。そこで今日は休むように言われたのですから。

不思議に思いつつ、結局地下二階へ続く階段ホールに着きました。来た通路を振り返っても、地図にも、広場や隠し部屋はありません。無属性の『探知レーダー』を使ってみます。目で見えないものを音波で調べる魔法です。


「あれ?」


いま私がいるのは、一本道の突き当りにある『階段の前』。でも、レーダーは『この先にも道がある』と教えています。そして、その奥にフィシスさんが言っていた広場もありました。

土の壁に手を触れると、わずかに魔法を感じます。別の人が防御のために掛けた魔法は、簡単に解除出来ません。無属性魔法の『解除キャンセル』もしくは『取り除くリモーヴ』、『削除デリート』のどれかが使えるといいのですが・・・


『キャンセル』・・・何も起きません。

『リモーヴ』・・・一瞬、壁に『揺らぎ』が見られましたが、それ以上は何も起きません。その後も繰り返し同じ魔法を掛けてみましたが、二度と反応はしませんでした。

『デリート』・・・何も起きません。


「誰かいますか?」


最後の手段で、壁に手をかけて中に声をかけてみました。

いまだ発動中のレーダーで、『なにか』が動いたのは分かりましたが、それが四足の魔物か四つん這いになっている人かは分かりません。

自分の周りに結界石を置いて結界を張り、エリーさんに直接通話したら、すぐに応答してくれました。


「エアちゃん?!何かあったの?」


エリーさんに一階の通路が塞がれていて、その奥に誰かがいる旨を伝えると、すぐにキッカさんたちと来てくれるそうです。


「エアちゃんは、そのまま先へ進みなさい。ただ『何があったか』が分からない以上、警戒は絶対怠らないで」


「はい。じゃあ、このまま下の階へ向かいますね」


「無理しないで慎重に進んで。それと、絶対に無茶しないで」


「はい。分かりました。あとはお願いします」


私が此処で出来ることはありません。そして、此処で休憩が出来ない以上、先へ進むしかないのです。たとえ、エリーさんたちがこの壁の中の人を救い出したとしても、広場を使えるかどうか分かりません。時間が遅ければ、エリーさんたちは広場に泊まって、翌朝動くでしょう。

わたしが一緒にいたら、邪魔になるだけです。

結界を解除して、私は黙って壁から離れました。

エリーさんたちが何時いつ来るか分からないため、中へ声を掛けることは出来ません。此処まで気力だけで生きてきた人なら、『助けが来る』という安心感から、気が緩んで亡くなる可能性すらあるのです。此処で『見捨てられた』と思えば、あと少し・・・エリーさんたちが駆けつけるまで頑張ることが出来るでしょう。そして、今度は助けてもらおうと、土の壁を解除してもらえるかもしれません。

エリーさんにそう話したら、そのまま先へ進むように言われました。

階段を降りていくと、高さが10メートルはありそうな広大な空間が現れました。やはりこの先には『整備された床』はありません。岩などで『道』が出来ているだけです。

そのせいでしょうか?魔物たちは道を外れて襲い掛かってきます。

雷属性を纏った剣を手に斬っていきます。さすが水属性。雷には弱いみたいです。ステータスを確認すると、やはり雷属性の魔法はレベルが低かったので、足もとが乾いた岩の上に立ち、濡れている地面に『静電気スタティック』の小さな球を落としてみました。バチバチとフロア全体に火花が舞い、所々で煙も上がりました。

手を伸ばしてフロア全体を対象に『収納』をすると、このフロアにいたのはすべて甲殻類でした。

火魔法で水の温度を上げれば、『茹でガニ』と『茹でエビ』が出来て、今晩のおかずになったのに・・・残念です。

地図で表示されている水苔や水属性の鉱石を採取しつつ、足元の道を乾燥させて滑らないように進みます。

階段近くにある広場には誰もいません。此処のフロアは広いので、広場の中も思っていたより湿気はありません。この先の広場も、同じように湿気が少ないかは分かりません。奥にある宝箱には結界石が3個入っていました。これで結界を張って泊まるように、という意味でしょうか?

今日は此処までにしましょう。



結界石を一個追加して四方に広く置き、中にテントを出しました。初めてのキャンプです。残念ながら、此処でキャンプファイヤーなんかしたら、一酸化炭素中毒で『明日』は来ませんね。

テントに入り、靴を脱いで裸足になりました。そのまま荷物をラックに掛けて、ウォークインクローゼットに向かってルームウェアを持ち浴室へ。

まずは入浴がしたいです。この世界に来てから、これが初めての入浴タイム。それまでは全身を『浄化』するだけでした。

浴室の内部は完全防水。換気を考えてテントの端に作られているため、窓ももちろんあります。この部屋は元々、テントに最初から設定されている『シャワールーム』でしたが、大きく広げて浴室にしました。・・・というか、テント内は所有者のイメージ通りに部屋をアレンジ出来るため、完全に『日本の温泉施設』状態です。さすがに露天風呂はありませんが。正直な話、『テントの中』とは思えません。

貴族は入浴する習慣もあるし、一般向けの入浴施設もあるため、シャンプーやトリートメントも充実していました。

実は昨日、テント内の家具を充実させようと思って家具屋さんでタンスや机などを選んでいたら、『香りの良い浴槽』を見つけて迷わず購入しました。浴槽に排水機能がついていないのは、魔法があるからです。


「珍しいな。冒険者が購入するとは」


「冒険者だからですよ。一日の冒険の汗や汚れを洗い落とし、疲れを癒やしたいじゃないですか。それも、ダンジョンで泊まり込むなんてよくあることです。だったら、ゆったりお風呂に入って、フカフカのベッドでゆっくり眠りたいですよ」


「ハハハ。それは、わしらが仕事を終えて帰ったときと同じだな」


家具屋の職人さんたちは、私の言葉に同意していました。彼らは魔法を使わず、技術だけで家具を作っているそうです。だからこそ、仕事を終えたあとの疲れた身体を癒やしたい気持ちは分かるそうです。


「職人さんは魔法を使わない方が多いのですね」


「我ら家具職人は木と話をして『カタチ』にしている」


「木もオレらと同じで『性格』があるのさ。だから、少しでも機嫌を損ねれば失敗作が出来上がる。女性と同じくらいに気を使うのさ」


家具職人さんたちは、そう言って笑っていました。日本の職人さんたちからも、そんな話を聞いたことがあります。きっと『誇りある職人』は、どこの世界でも『同じ』なのでしょう。


職人さんたちの『自信作』に水を張り、温度を上げてお湯にします。頭のてっぺんからつま先までキレイに洗って、浴槽に浸かると、全身からチカラが抜けていきました。


「あー。生きかえる〜!」


木の香りに癒されて、このままダラダラしていたいと思えるくらいです。

しかし此処は日本ではなく異世界。それも魔物が跋扈するダンジョンの中です。

完全にほぐれた気持ちを掻き集めて浴槽から出ます。バスタオルで全身の水分を取ってから、浴槽内のお湯を浄化してから収納しました。そのままにしていても問題はないのですが、やはりお湯を張りっぱなしにしてると、せっかくの木の浴槽が早く傷む気がします。それに、お湯をそのまま戻せば、いつでもお風呂に入れます。それから、浴室内の乾燥をすると、濡れていた全身も一瞬で乾きました。

ルームウェアを身につけて、キッチンへ向かいました。収納ボックスは出入り口に設置したラックにあるので、ステータス画面を開きました。


「あれ?宿からプレゼントが届いてる・・・?」


プレゼントを受け取ると、晩ご飯一食分がトレーに乗せられて届きました。添付されているメールには『冒険者さんからトリの肉とたまごを受け取りました。ありがとう。今日は疲れただろう。これを食べてゆっくり休んで下さい。食器は洗わずにそのまま送り返して下さい』とありました。

きっとキッカさんたちが、宿に肉とたまごを届けてくれたのでしょう。一緒にいるであろうエリーさんに、伝えてもらうのもおかしな話ですよね?『お礼』なのですから。

そのため、キッカさんたちには、後日会った時に直接お礼を伝えましょう。

それにエリーさんからのメールが届いていないので、まだ移動中でしょうか?すでにダンジョンに到着していて、『壁の向こう』の相手を保護している最中かもしれません。

救助活動の邪魔をしてはいけませんね。

文面から、メールはパパさんからでしょう。『食器を洗わなくていい』というのも、『疲れてるだろうから早く休め』という優しさでしょう。


テーブルに、届いた料理を並べていきました。チキンステーキとライス。輪切りにしたゆで卵の入ったサラダにミネストローネスープ。チキンステーキには皮付きのフライドポテトが添えられています。ちゃんとカトラリーも届きました。

正直な話、けっこう疲れていたため、これから料理をしなくていいのは助かります。それも今からでは、これほど種類はなかったでしょう。

カニとエビを茹でて食べようと思っていただけなので。足りない分は、フライドポテトで誤魔化そうかとも思っていました。ちなみに今日残したランチ一食分は、明日のランチにするつもりです。

本屋のおばあちゃんがオマケにくれた『魔物全集』には、カニもエビも食用として流通しているとありました。ちなみに収納したら、何方どちらも殻と身の部分に分かれました。殻や甲羅は素材に使われるようです。一応、味見と称して、フライパンで焼いてテーブルに乗せました。メインはパパさんの料理のため、カニとエビは少量です。

カニもエビも身がプリプリで、網焼きにすると殻がないと『旨味を含んだ汁』が落ちてもったいないため、フライパンを使いました。

陶板や土鍋、小皿や取皿がこの世界にはなかったので、ついでに七輪も一緒に職人さんに制作をお願いしました。土鍋はコンロ用二つと七輪用を一つ注文しました。王都へ戻った頃に完成していると思います。ちなみに、七輪の動力は『火の魔石』です。


カニの身を最初に口にしました。味付けはしていません。食材そのものの味を知るためです。


「うん。問題なさそう」


やはり、日本と変わらないカニとエビの味がしました。見た目が大きいため、大味になっていないか心配だったのですが、大きい分、動くための筋力が必要なのでしょう。身も引き締まっているのに固くなく、弾力もあって美味しいです。

ちなみに、この世界で『魚貝類』は食材として採取対象です。帆立の魔物ならともかく、牡蠣の魔物はイメージ出来ません。そして、残念ながら、この二階にはいませんでした。

ですが、魚類でも『肉食魚』は魔物として討伐対象だと本に載っていました。日本で言うなら、マグロや鮭、イワシなどは食材ですが、サメは駆除の対象だったのと同じでしょう。


「ごちそうさまでした」


手をあわせて感謝を口にします。「いただきます」「ごちそうさまでした」。我が家では必ず誰もが口にしてきた言葉でした。それは『生命を頂き、自分の生きる糧になってもらう』お礼だからです。

ありがたい事に、その考えはこの世界でも変わらないようです。人によっては『大地の感謝』だったり、『神への祈り』だったり、ただ手を合わせるだけだったり。方法は区区まちまちですが。





トレーに空いた食器を並べ、カニの身とカニ味噌、エビの身、ウサギの肉をそれぞれ5体分ずつを宿へ送りました。メールに『ごちそうさまでした。肉やカニ、エビはまだあります。冷蔵庫に空きが出来たら連絡下さい。大きなザルをひとつ借りられますか?』と添付。

いくら厨房にある冷蔵庫が業務用とはいえ、それが三台あったとしても、入れられる余裕がなければ送っても迷惑なだけです。

すぐに大きなザルが送られてきました。厨房で一番大きいと聞いていたザルです。野菜を干す時に使っているそうです。

『肉だけでなくカニやエビまでありがとうございます』とお礼のメールも届きました。

キッチンの作業台にザルを置き、大量のキノコを文字通り『山盛り』にしてから宿へプレゼント。『これはユーシスくんが作ってくれたお弁当のお礼です』とメールも送りました。

カニとエビを焼いたフライパンを片付けて、部屋の空気を浄化させてからリビングに移ると、宿から通話がありました。


「お姉ちゃん!キノコありがとう!」


ユーシスくんの嬉しそうな声が聞こえました。その後ろでパパさんが「ユーシス!大声を出したら魔物に気付かれるぞ!」と注意しています。マーレンくんの「すごーい!」というはしゃいだ声も聞こえています。


「大丈夫ですよ。今はテントの中ですから。それより、美味しい晩ご飯をありがとうございました」


「いや。此方こそ。肉やたまご。それに今も、ウサギ肉やカニなども送ってもらった上に、大量のキノコまで・・・」


「キノコはお礼ですよ。ユーシスくんが私のリクエスト通りに、トリの肉でお弁当を作ってくれましたから。なので、キノコは家族で召し上がって下さいね」


「このキノコ。全部僕たちが食べていいの?!」


「いいですけど、食べ過ぎてお腹を壊さないで下さいね」


「大丈夫!僕たちのお腹は『鉄の胃袋』だから!」


マーレンくん。それは何の自慢ですか?後ろからは、「これ全部、店で買ったら何百万ジルするのかしら?」というママさんの声も聞こえてきます。


「お姉ちゃん。今どこ?」


「『水の迷宮』だよ。帰るのは、早くて明後日になるかな?」


「帰る前に連絡して」


「門まで来てくれるの?」


「お姉ちゃんはギルド行ったりするから、一緒には帰られないでしょ?」


「でも顔を見せに来てくれる?」


「分かった」


「僕も行く!」


「でも遅くなりそうな時は、お手伝いがあるから来てはダメだよ?」


「うん。分かってる」


「その時は、ウチで『おかえり』って言ってあげるよ!」


「お願いね」


出来る限り、日中に王都へ戻れるようにしましょう。宿の皆さんから、『おかえり』って言ってもらえるのが嬉しいのです。


「無理だけはしないでくれ」


「はい。心配してくれてありがとうございます」


「・・・え?ああ。くれぐれも、お気を付けて下さいね」


ママさん、パパさんから「何時までも通話してると迷惑だから切るぞ。その前に礼くらい言っとけ」と小声で注意されて、意識が現実に戻ってきたようです。


「お姉ちゃん!頑張ってね!」


「・・・キノコ、ありがとう」


「まだいっぱいあるからね。二人がお手伝いを頑張ったら、帰った時に『ご褒美』であげるよ。でも『余計なこと』までしたらナシね」


「うっ・・・うん。気を付ける」


マーレンくんは、私と初めて会った時のことを思い出したのでしょう。『ママのお手伝い』と言ってカウンターに出てきましたからね。


「ユーシスくんも。厨房ではパパさんの言うことをちゃんと聞くのよ」


「わ・・・分かった」


ユーシスくん。マーレンくんの事をクスクス笑っていたのが、自分に矛先が向いて慌てたのでしょう。


「じゃあ。長話をして疲れさせては迷惑だろう」


「うん。お姉ちゃん。おやすみ!」


「おやすみなさい」


「おやすみなさい。お店のお手伝い頑張ってね」


「うん!分かった!」


此方コッチはまかせて」


「改めて。食材を分けてくれてありがとう。気を付けて帰ってきてほしい」


「野菜などが足りなくなったら、メールで教えてくださいね」


「ああ。その時は連絡させて頂く」


「肉を食べられるお店が減っているでしょうから。きっとこれからも増えると思いますよ」


「ええ。私どもは、お客様のご厚意で宿の方も滞りなく続けさせて頂いています。お客様のお申し出がなければ、今日あたりには食堂は疎か、宿も閉めるしかありませんでした。本当に感謝しきれません」


「だって、宿が閉まって追い出されたら、一番困るのは私自身ですからね。そのためなら、全力で回避しますよ」


「おかげで私どもも信用を失うこともなく、営業を続けられています。本当にありがとうございます。無事のお帰りを心よりお待ちしております」



ママさんの言葉を最後に通話は切れました。店側の都合で宿を出される場合、事前に受け取ったお金の返却、そして迷惑料として二倍のお金を支払うことになっています。もちろん信用は失います。

冒険者でテントを持っているなら、特に問題はないでしょう。王都を出ることも可能です。ですが、テントを持っていない冒険者や行商人は、別の宿へ行くしかありません。それも今回は『王都全体』で起きています。何処の宿でも、休業を余儀なくされているでしょう。

冒険者ならギルドのバーにいられるでしょう。たとえバー自体が閉鎖になっていても。

ただ、店として営業しているバーや飲食店はすでに休業しています。門も閉鎖に近い状態のため、行商人は出ていくこともできません。

だいたい、ツノつきイノシシの出没が冒険者ギルドから『危険情報』として出ているために、王都から出ることも出来ません。ダンジョンの一つがアントに占領されて、初心者ランクの冒険者が多数亡くなった事実も知れ渡り、さらなる恐怖が王都を襲っています。


今日になって、巨大なコカトリスの出現が判明しました。短期間で二種類の『上位種』が現れたため、きっと王都では大騒動でしょう。

それに『アホンターレ縮小版』がコカトリスのたまごを奪った事も、問題になっているでしょう。それを持ち帰ろうとしたことで、王都は危機に晒されたのですから。

フィシスさんたちの話から、守備隊の詰め所で、魔物のたまごを奪ったことで五日間も迷宮に閉じ込められたことを自白したようです。・・・一般人を巻き込んで。

その上で、私に主張した通り「オレは悪くない」宣言をしたのでしょうね。でも、相手はフィシスさんたちです。しっかり叱ってくれることでしょう。・・・ご家族をしっかり巻き込んで。



この世界には、多種多様な腕時計が存在しています。原動力は魔石です。水属性なら防水機能がついているそうです。

ただ、私の腕時計は『似ているけど違う』ため、このテントの中に隠しています。王都を離れれば、着けても問題ないでしょう。

誰でも、自分のステータス画面で時間が分かります。それでも仕事をしていて、時間を知るためだけにステータス画面を開くのも面倒なので、腕時計が作られたそうです。ちなみに、盤面をタップすると現在時刻が24時間表示で浮かび上がるようです。

私も防水タイプの腕時計を着けています。時間を確認するのに、腕時計を見るクセがついているためです。それに、ずっと着けていたため、手首が細くなっているのを誤魔化すためでもあります。

時刻はすでに21時を回っていました。

立ち上がって伸びをすると、寝室に入り、ベッドに潜り込みました。

ステータス画面を開いても、メールは届いていません。そのまま画面を閉じると、疲れからぐっすり眠ってしまいました。

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