10.森開き

- まえがき -

大樹王の祈りが届き、森は大人しくなる。


そして、セリカ・ガルテンへのゲートが開かれる。


ほとりとクォーツは、セリカ・ガルテンへ戻ることができたが、奇妙な雰囲気にほとりは気づく。




#個々


 晴れ渡る空の下は、とても静かだった。


 大樹王がいなくなり、それを望んでいたはずの森から、歓喜の声は上がらなかった。


 吹いた風に揺らされてかすれ鳴る葉音が、痛く悲しんでいるように聞こえた。


「空は晴れたけど、本当にこれで良かったの?」


 ほとりは、誰に聞いたわけでもなく、声を出した。


「ジュモクハ、ココニ、イキヨウトシタ」


 ひときわ大きいゴーレムが言った。


 森を統制する上のものが邪魔だったこと。若い樹木たちは、周囲を気にすることなく、自由に枝を伸ばし、根を広げて、種子を飛ばして、遠くへ行こうと考えていた。


 それが一年二年で、達成できるとは思ってはいなかった。しかし、何年も何十年も、上が倒れて樹冠に穴が空くまで、影で待っているのがじれったくなった。


 しかし、それを乱せば、そう長くは生きていけない。木一本の根で、どこまで地を固められるか、貧素な栄養の土地で栄養をまかなえるのか、吹きさらしの中で突然の自然災害に耐えられるのか。


 不本意な形ではあったが、大樹王は自らを燃やし、島中に煙を通してそれを伝えていた。


 ほとりは、その話を聞いて、一つ考えを改めることがあった。


 ナイアの祈りとは、ベレノスの光を、地上に届けて大地を焼き払うことではない。地底に落とされても、ナイアは地上のことを思い、ベレノスの光を良い形で使うことで、地上をよりよい環境にしてほしいという祈りだと、ほとりには思えた。


 大樹王がインボルクの浄火で燃え尽きたのではない。森の誤った意志を浄化したのだと。


 ほとりは、広い世界で、息苦しさを感じた。




#開かれる道


 コルコポが、いっせいに同じ方を指差した。波打つように、呼応して、同じ方向に揺れるコルコポ。


 何を意図しているのか、ほとりにはわからなかった。


「あっ、ゲートか。ほとり、大樹王が許してくれたようだ」


 コルコポの指差す方向を一点に見つめたシリカが言った。


「それじゃ、セリカ・ガルテンに」


 シリカは大きく頷いて、ベレノスの光を持ち上げ、羽を広げた。


「勝手に使って悪かった」


 ほとりは、曖昧に頷いて、ベレノスの光を受け取った。実際、自分のものではないし、今さらどうこう言うつもりもなかった。


 シリカがほとりを抱えて飛ぼうと背後に回った時だった。


「オマエ、リョーヤ、ニテイル」


 ゴーレムがほとりに向かって言った。


「えっ?」


 ほとりは、首をかしげた。


 ほとりが川の水を操った光景は、リョーヤが描く絵を見ているようだったと言う。自然と戯れる人をよく描いていたようだった。


 ほとりは、姿を消したリョーヤに会ってみたいと思った。


「その絵を見ることができますか?」


 ほとりが聞いた。


「ノコッテイナイ。リョーヤガ、ドコニイッタノカ、ダレモシラナイ」


「ほとり、ずっと昔の話だ。今は、セリカ・ガルテンに帰るのが先だろ」


 シリカに促されて、ほとりはシリカに抱えられて飛んだ。クォーツはシリカのあとを追ってくる。


 ゲートへの道筋を示すように二列に並んだコルコポの間を進む。


 到着したところは、森の斜面だった。


 そこには、大きな岩が埋め込まれていた。他に岩がたくさんあるわけではなく、それだけが不自然に存在していた。


 表面には苔が生え、草木の蔓が鎖のようにその大岩を取り巻いていた。まるで、その岩が動かないように固定しているかのよう。


 すると、蔓に引っ張られて岩が横へ動いた。崩れる斜面の奥に、ぽっかりと口を空けた洞窟が現れた。


 奥へ進むと、七色に光るゲートがあった。


「それじゃぁな」


「シリカさんは、来ないんですか」


 ほとりは言いながら、わかりきったことを聞いてしまっている自覚があった。


「あぁ、私の理想水郷はニタイモシリだからな。ま、もし、ほとりが自分の理想水郷を作ることになって、森を作りたいって言うなら、その時は手伝ってやるよ」


 シリカは仮面を外して、笑顔を見せた。


「はい、その時はぜひ、お願いします。森は絶対欲しいと思ってます」


「ここは開けておくようにしておく」


「お願いします。クォーツ、行こう」


 クォーツもシリカに礼を言って、二人はゲートを潜った。




#つながれた場所


 光のカーテンを出ると、同じような洞窟の中に出た。シリカがいないだけで、ゲートを潜ったのかさえ疑いたくなった。


 少し先に、円の上半分の形をした光が見えた。


 出口だろうと、二人とそこに向かって歩き出した。


 近づくほどにその形が不自然に見えた。外への出口なら、もと縦に長いはずだと思うほとり。


 出口に到着すると、出口の下半分が板で塞がれていたのだ。乗り越えるには高く、ほとりは、思い切って板を蹴り飛ばした。


 もろくなった板は、あっけなく壊れて、いとも簡単に洞窟の外に出ることができた。


 そこは山の中だった。


 ニタイモシリに比べたら、まだ空気は軽い。懐かしさすら感じているほとりには、見覚えのあった場所だった。


 ――セリカ・ガルテンの寮の裏山だ。


 ほとりがセリカ・ガルテンに初めて来た日、部屋から裏山の洞窟を発見し、見に行った場所だった。


「ここは、ニタイモシリとをつなぐゲートだったんだ」


 セリカ・ガルテンからニタイモシリに行けない理由は、確かに向こう側から閉ざされてしまっていた。


 ほとりは、その理由を知れてスッキリもした。


「ほとり?」


「大丈夫。ここがセリカ・ガルテン。私が生活していた場所。やっと、戻って来れた。

 あ、ようこそ、セリカ・ガルテンへ」


 ほとりは、安堵ともに笑顔になった。


 しかし、裏山がとても静かに感じた。寮の裏山ということもあったが、異様な静けさだった。


 日はまだあった。セリカ・ガルテンの生徒たちが活動で、寮にいないとしても、その気配すら感じられない。


 ほとりは、この島に誰もいないのではないかと、直感した。




第5章 怪奇な森の島の従属蝶 終わり

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