第4章 地底ミクトランの天姫

1.光の住処

- まえがき -

穴を落ちたほとりは、白い光に包まれた世界にいた。


クリスタルが光を発する泉で、白装束の少女と出会う。


神殿へと連れていかれ、そこで、ここがナイアが築いた地底世界だと告げられる。




#眩しい世界


 丸い光が遠ざかって、小さくなっていく。


 耳元を通り過ぎた風が、伸ばした手の隙間を通り抜け、何もつかめない。


 最後まで一点の光を見つめていたが、いつの間にか恐怖の闇に包まれて意識を失った。


 穴を落下するほとりは、水の羽に包まれ、衝撃を受けることなく無傷だった。


 ほとりは温かい夢の中に浮いている気持ちだった。三途の川は温かいのであれば、誰も戻りたくなくなるのかもしれないと思った時だった。


「もし……大丈夫?」


 ほとりは水で歪んだ声を聞いて、目を開けると、眩しい光の中に、濡れた髪を垂らした女性の顔があった。


 起き上がろうとしたほとりは、温かい水の中に沈んだ。すぐに足がついて立つことができた。


「ここは……」


 真っ白に光る広い洞窟の中にある露天風呂のような泉から、湯気がのぼっている。


「大丈夫、そうね」


 白装束に身を包んで、ほとりより少し年上に見える女が微笑んだ。


「天姫(あまひめ)様、何ごとですか」


 洞窟の影から中年の女が慌てて駆けてきた。


「ラーワ。いや、この子があの穴から落ちてきたの。私は禊(みそぎ)を終わって出ていたから平気だったけど」


 指差すその先の天井に、ぽっかり穴が空いていた。


 ――どうして私はあんなところから。


 ツバメが鋭く睨む顔が頭の中によみがえり、ほとりは胸が苦しくなって押さえた。


「こ、これは、一大事です、天姫様。すぐに光帝にお知らせしなければいけません」


「そ、そう。大丈夫? 少し顔色がよくないようだけど」


 白装束の女が差し伸べた手をほとりはとり、温水の中から上がった。




#光を宿した石


 温水を吸って重くなった制服からポタポタと水が落ちていく。ほとりは、すぐに軽くなっていくのが実感できた。


 ここでも水はあるべきところに還っていく。白装束を着た彼女の髪もすでに乾き始めていた。


 ほとりは二人に着いて行く。狭まっていく洞窟の壁は、剣の先のように尖った小さなガラスが背比べをするように一面に広がっている。それらは、自ら発光していた。


 洞窟を抜けると、さらに明るい場所に出た。先のガラスの何倍も大きな柱がいくつも立って天井を支える宮殿内のような場所だった。


 ――いったいここはどこなの。


 ほとりは、眩しくて目を細めた。


 人の力では開けることはできないほど大きな扉の前で、しばし待つように、と言った世話付きラーワはどこかに行ってしまった。


 ほとりは、自分の顔がはっきりと写る扉をまじまじ見つめた。一瞬、キラリと扉の表面を光が走ったように見えた。


「クリスタルたちの様子が変ね。あなたが来たからかしら」


「クリスタル?」


 ほとりが聞き返した。


「光を宿した石といえばいいかしら。この神殿はそれでできている。神殿だけじゃなくて、外もそういうところ。


 禊の泉からここに来るまで、クリスタルの光が興奮している」


「光って……私には、ただ透明にしか見えないけど」


「光と言うより、声かしら」


 彼女は、上を見上げて言った。ほとりは、理解しきれず、何も言わず、上を見上げた。また、光が天井を滑るように走り去った。




#ナイア姫の魂


 重さを感じさせずに大きな扉が、静かに開いた。


 大広間には、老年の男が座る立派な椅子を中心に、何人もの大人が並んで待ち構えていた。


「前まで進んでください」


 扉のすぐのところにラーワが待っていて、誘導され、二人は壇上の前まで進んだ。


 ラーワと白装束の女性が会釈をしたのを見たほとりも慌てて真似た。


「私はミクトラン光帝アダマース。そなたの名は、何と言う」


 椅子に座っている男が聞いてきた。


「浅葱ほとりです」


「ここがどこだか、わかるか」


「いえ、ウトピアクアの一つでしょうか」


「ここは地底ミクトラン。かつて、ナイア姫が作り上げた光の住処だ」


「ナイアはここで暮らしていたってことですか」


「そうだ。君はどうして穴を通ってきた? 地上の者だろ」


 ほとりは、息を詰まらせた。


 間を取りつつ、記憶をたどるようにセリカ・ガルテンでの出来事を話した。


「とすると、君は邪魔者として落とされたわけか」


 ほとりはもう言葉を発することはできなかった。


「しかし、地上の話を聞けて安心した。そのインボルクの浄火は、ナイア姫、そして我々の望みだ」


 アダマースが微笑んだ一方で、ほとりは混乱していた。


 ナイアは、ルサルカの力を有し、インボルクの浄火と対立していたのでは――。


「ところで、ほとり。君がルサルカの力を宿しているなら、当然、羽は持っておろう。見せてもらえぬか?」


「え、はい……」


 ほとりは、首の後ろに手を回して、首筋をなぞった。背中を刺激が走って、水の羽が出現した。


 広がった水面が揺らぐような透き通ったその羽を見て、アダマースだけでなく、並んでいた神官たちもどよめきの声を上げる。


「まさか、ナイア姫の生まれ変わりか……」


 その声だけは、はっきりとほとりは聞き取れた。


 隣でほとりを見ていた白装束の女は、目を見開き、ほとりを食い入るようにみていた。


「地上の蝶人、ほとり。こちらに来たまえ。クォーツ、君も来るといい」


 アダマースは立ち上がって、壇上の奥へと歩いて行く。


 神官たちの視線を浴びるほとりと白装束を着たクォーツは、奥の開かれた大きな扉を通る。


 クリスタルの壁に囲まれた部屋だった。


 そこには、クリスタルで作られた大きな像だけが立っていた。近づくにつれ、それは羽を広げた女性だとわかる。


「ここに、ナイア姫の魂が眠っておられる」


 クリスタルの羽は、まるでほとりの水の羽のように透き通り、今にも羽ばたきそうだった。そして、キラリと、像の表面を光が走り抜けていった。

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