13.ほとりの水の羽

- まえがき -

ほとりが寮部屋に戻ると、部屋は水浸しにされていた。


ユーリの元ルームメイトの仕業だと、ユーリが申し訳なく床を拭いていた。


そして、ほとりは羽の出し方を聞き、羽を出すことに成功する。




#嫌がらせ


 ほとりは、寮部屋のドアを開けると、ユーリが床にかがんでいた。


「ユーリ、どうかしたの――」


 部屋に入るなり、床が水浸しになっているのがわかった。ユーリは、ぞうきんで水を拭き取っていた。


「私たちが夕飯を食べている間に、やられたっぽい。私がこの部屋に来たばっかりに」


 ユーリは申し訳なさそうに言いながらも、床を拭くのをやめない。


「きっと私が予言の子で、来たばかりの私が明日架さんと一緒にいたことで、妬まれてるんだと思う」


「やったのは、私の元ルームメイトのペルフメ。お香の匂いが残ってる」


 首を振ったユーリに言われたほとりは、鼻から息を吸ってみた。わずかに燻された甘い香りがした。


「ごめんね。今日来たばかりなのに、トラブルに巻き込んで。ベッドもやられちゃってて、もう少し待って。


 あいつ、シャワー浴びるのを面倒くさがって匂いを香りでごまかそうとしててさ。これだけの水があれば自分を洗えたろうに……」


「ねぇ、ユーリ。ここの水はあるべき場所に自然に還るからすぐ乾かないの?」


 ほとりは、明日架と空に昇った時、びしょ濡れの服から水が抜けていったことを思い出した。


「土の上ならね。建物の中だったり、土と遮られていると還るまで時間がかかる」


 ほとりは手伝うと申し出たが、強く断られて椅子に座って待つことになった。肩にかけていたガラス瓶を机の置いた。


 ユーリがあらかた拭き上げた床は乾いていった。




#ユーリの横顔


 ユーリは、おそらく十分ごとにベッドに手を当てて、乾き具合をうかがっていた。


 黙って生まれた静寂の中、布団を二人で絞る提案をほとりはできずにいた。


「あ、遅くなったけど、正式なルームメイトになったから、よろしくね。初っぱなからこんなんで本当にごめんね」


「あ、うん……」


「ペルフメも呼び出されて、お香のこと注意されていたし。だからって、これはないと思うよ」


 二人とも苦笑いだった。


 ほとりは、ユーリがもっと怒ってしかるべきことだと思っていたが、落ち着きある雰囲気は友理のようで、安心感がもてた。


「会長は快諾してくれたけど、副会長の顔色は、よくなかったな」


 ほとりは、ツバメの表情を思い浮かべるのに苦労しなかった。


「私も、ケイトと一緒のグループだし、そのルサルカ派でもあるから。別に、ほとりをこっち側に引き込もうとかもないし。ケイトにもそう言われているし。


 あ、それ、ケイトに渡されたもの?」


 机のガラス瓶をユーリがまじまじと見るその横側は、友理にそっくりだった。


「どうかした?」


 ユーリはほとりに見つめられていたのに気づき、聞いた。


 ほとりは、取り繕うように、元の世界から一緒に持ってきていたことを話して、見つめていたことをごまかした。


「んー、これは、運命ね。きっと、ほとりにとって大事なもの」


「それはいくらなんでも言い過ぎだと思う」


 たまたま納屋に置いてあったもので、自分とはなんのつながりもない物だと思っていた。


「ここに来た人は、たぶん全員手ぶらだったと思うよ。自分の物といえば、着ていた服くらいかな。私の服は汚れていたから、とっくに捨てちゃったけどね」


「そう。ユーリは、どんな時に、ここに連れてこられたの?」


 ほとりは、ふと気になって聞いた。


「んー、今日はよそう。それはまた別の機会に」


 ユーリは、ほとりから離れ、ベッドに手を置いて、まだか、とつぶやいた。


「ねぇ」


 ほとりは、立ち上がった。




#ほとりの水の羽


「羽の出し方を教えて」


 ほとりが言ってから、すぐにユーリは答えなかった。ほとりが真剣に見つめていることがわかり、ユーリはほとりの前に立った。


「私もほとりの羽が見たい。でも、出し方を知ってしまえば、ここで生きていかざるを得ない。戻ることはもともとできないけど」


「それでも」


「……わかった。羽を出す方法は、単なる意識。コツとしては、肩甲骨を背後に伸ばす感じ」


 ほとりは、言われたとおりに意識してみたが、背後になんの異変もない。


「それじゃぁ、じっとしてて」


 ユーリは、ニヤリと笑みを浮かべ、ほとりに手を伸ばしてきた。顔の横を通り過ぎ、後ろの首筋まで手が回る。


 ほとりは触れられていないにもかかわらず、背筋がもぞもぞとした。そして、ユーリの指が髪の生え際に触れると、すすっと首筋を背中に向かって降りていく。軽く電流が流れたかのようにムズムズっとした刺激が背中全体に広がった。


「うわっ」


 今まで感じたことのない感触に、思わず声を上げたほとりは、背中をのけぞらせると、肩甲骨の神経が背後に伸びていくような感覚があった。


 背中が全体的に重く感じられた。


 それは、羽が生えた証拠だった。


「きれいだね……ほとりの羽……」


 ユーリの目は、星を見ているかのように、キラキラしていた。


 ほとりは首を回すと、視界に羽の形をなした水の羽が伸びていた。照明の光を羽の中で乱反射させている。水は羽の形を保ったまま動いていた。


「え、なに?」


 ほとりは、部屋中に目をやった。


 ユーリもほとりの視線を追うように辺りを見回した。


 ベッドから無数の水滴が宙に浮かび上がっていた。それらは、七色の光を反射させ、ゆっくりほとりの羽に吸収されていく。


「ど、どういうこと……」


「まさかっ」


 ユーリは、ベッドに手を置いた。


「乾いてる。ほとりの羽が、水を吸収したんだ。そんなこともできるんだね」


「私、そんなことやろうとは思ってなくて。ただ、私も自分で飛べるようになりたいと思ってるだけで」


「それは、ここでは無理だよ。飛ぶには狭いし。飛ぶ練習は、外で。私が面倒見てあげる」


 ほとりは、ユーリを抱きしめた。


「ユーリ、ありがとう」


 ほとりの羽が二人を包みこんだ。


「相変わらず、熱烈だな」


「ありがとう。これからよろしくね、ユーリ」


「こちらこそ」


 ほとりの気持ちが落ち着くと、水の羽は虹を見せるようにして静かに消えていった。

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