9.ケイトの誘い

- まえがき -

部屋から見えた洞窟には、入ることはできなかった。


そこに現れたケイトにほとりは、ウトピアクアにつながるゲートの一つだと教えてもらう。


ケイトは、渡したいものがあると、ほとりは夕食に誘われる。




#立ち入り禁止の洞窟


 二階にあるほとりの部屋から少し見下げるところに洞窟の入り口が見えた。


 ユーリがいなくなって、部屋に一人でいるには落ち着かなくなったほとりは、まだ夕食までには時間があるだろうと、見に行くことにした。


 洞窟は建物のすぐ裏で、迷うことはなかった。


 制服を着ていたせいか、通りかかった一階の食堂前や昇降口で、ほとりは気にもとめられなかった。


 渡り廊下の下をくぐり、寮の建物の裏手には簡単に行け、山の中へと続く土の一本道を登っていくと洞窟の入り口はあった。


 葉の広がる木々の下は、夕暮れ時とあってあちこちに暗がりが広がっていた。


 人が通るには十分な大きな穴の入り口は、侵入を防ぐように下から半分ほど、木の杭と板で塞がれていた。しかし、雨風によってところどころが朽ちかけていた。


 ほとりは、闇の中に顔をゆっくり近づけていくにつれて、空気が冷たくなっていくのを顔で感じた。別の空気が存在しているのがわかり、どこまで続いているのかわからない闇が、目の前にあふれてくる恐怖を覚えて一歩下がった。




#ウトピアクアのゲート


 ほとりはそれでも闇から目を外すことができなかった。ただ真っ黒な色とは違っていた。想像を膨らませる黒。どうしたら、そんな真っ黒な絵を描くことができるだろうかと考えていた。


「こんなところで、何してるのかな」


 突然、背後から声をかけられて、ほとりは飛び上がるように驚いた。


 振り向くと、オレンジ色の蝶の羽を生やした生徒だった。足音がしなかったのは、今しがた光の粉をまいて消えたその羽で飛んできたからだった。


「ご、ごめんなさい。入るつもりはなくて、何があるのか気になって」


 ほとりはすぐに頭を下げた。


「こっちこそ、そんなに驚かすつもりはなかったんだ。ごめんね。裏手に回っていくところを見たからさ。明日架に連れて行かれた子でしょ」


「え、あ、はい……」


 昼間、いけすに落ちた時、明日架と空中で話をしていた金髪の女生徒だった。


「私は、ケイト・サンダラ。明日架とは、同期なんだ。君は?」


「私は、浅葱ほとりです」


「浅葱ほとり、か」


 ケイトは、自分に覚え込ませるかのように何度か頷いた。ケイトの胸元を見ると、スカーフは左右で色が異なっていた。黄色と赤だった。


 ほとりが見つめているのに気づいたケイトは、洞窟に視線を移した。


「ここは、私が来た時からずっとこんな状態。もう通じなくなっているみたい」


「通じない? 山の裏側とかに出られるんですか?」


 ほとりも暗闇の中に視線を向け、向こう側を想像する。


「そうじゃない。ここもどこかの島とつながっているはずなんだ」


「島……とですか?」


 ほとりは、ケイトに首をかしげられ、不思議な目で見られた。


「来たばかりだから当然、知らないよね。ごめんごめん、許してね」


「は、はい……」


「セリカ・ガルテンには、ウトピアクアの島へとつながる穴、ゲートがたくさんある。ウトピアクアは、ここの卒業生が統括する場所でもあるからね。


 本来なら行き来できるんだけど、ここから向こうには行けなくなってしまっている。ほとりも、いずれ、研修でゲートを通ることになるよ」


「はい。卒業生は、どんな島を作っているんですか?」


 ほとりが聞くと、ケイトは一度深く息を吸って吐いた。


「それは自分の目で確かめてみるのが一番だね。理想水郷とはいえ、一つの小さな独裁国家とも言い換えられる。それと、明日架のことを悪くいうつもりはないけど、生徒会には気をつけなよ」


「え、そんな悪い感じには……」


 少し強引なところはある、とほとりは心の中で思った。




#ケイトの誘い


「そうだった。ほとりに渡しておくものがあったんだ。それで声をかけようと思ったんだ。夜にでも渡しに行こうと思って、寮に置いてきちゃった。良かったら一緒に夕食を食べないか」


 突然、風が強く吹いた。それは、自然の風ではなく、間近で大きなうちわであおがれたよう。


 ほとりは、顔をふせた。ケイトは背後からの風に舞い上がる髪を押さえつけた。


「浅葱ほとり。こんなところで何をしている。夕食になったら部屋に迎えに行くと言っておいたと思うが」


 ツバメが羽を羽ばたかせて、現れた。そして、ケイトに鋭い視線を向けた。


「ケイトさん。今日来たばかりの子を勝手に連れ出さないでもらえますか。それと、彼女のスカーフの色は確認されていて?」


 ケイトはチラッとほとりの水色のスカーフを見るだけで何も言わない。


「ち、違うんです。ここに来たのは、私が勝手に。この洞窟が部屋の窓から見えたので気になって見に来たんです。部屋を勝手に出てしまったことは謝ります。心配かけてごめんなさい」


 ほとりは、ケイトと並ぶようにして言った。


 しばし、ほとりは、ツバメに目を睨まれた。もともと細めなのか、そう見えてしまっていた。


「近くにいてくれたから良かったものの、どこかに行かれたら心配します。そろそろ夕食の時間です。会長もあなたを待っています」


「はい」


 宙を浮いたまま山道を降りていくツバメにほとりは着いていく。


「ほとり。夕食が終わった後、寮の前の庭に来て。渡したいものがあるから」


 ケイトが耳打ちした。そして、ほとりの答えを聞く前にケイトは、羽を広げて暗くなってしまった森の中を飛んで行ってしまった。木々の間を腕のいいパイロットが操縦する戦闘機のごとくすいすいと避けていった。


「せっせと歩いてください」


 ケイトの飛行に見てれていたほとりは、前を行くツバメに急かされた。

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