幕間
第50話:鉄壁築ク蕗都美心那
纏占隊の隊舎。赤土のグラウンドに浮かぶ超大型客船とも見える威容の中に、蕗都美心那は居た。
通常、司令室などの攻撃目標となり得る設備は、地下などに配される。しかし心那の居るそこは中央情報処理室などという名称の割りに、最上階にあった。
その部屋は名前に即した機能を十分に果たしていても、実際の印象に依って、その名で呼ばれることは皆無だった。
「八つに増えた防塔に模した妖の討伐依頼――なんですか、これは」
「兵部と衛士府、連名です。彼の妖に損害を与えることは可能なれど、即時回復するものなり。結果的に、有効な手段を持ち得ずと」
百枚の畳を敷き詰めた部屋に、十人ほどのオペレーターが各々の作業を行っている。真ん中には囲炉裏があって、鉄瓶がふわりとした湯気を上げていた。
訪れた者は十人が十人、茶室と呼ぶ。もう少し知った者は、鉄の茶室と。
「弾薬の代金が回収出来ないから、纏占隊に丸投げすると聞こえましたが」
「はあ……まあ……そういう読み方も出来ますでしょうか」
心那は通信係の隊員に問い返し、はっきりとした同意を得られなかった。しかし、それで良い。
誰もが自分や荒増のように、思ったままを口に出来るわけでないと心那は知っている。その微妙な言い回しがあれば、見当違いではないと分かるのだから。
自身の鉄壁な知見であっても、向ける方向を誤れば意味がない。より堅固な鉄壁とするために、人の意見は必ず聞くようにしていた。
「国分さんは、人質として塞護に移動。穀潰し――四神さんは負傷の連絡の後、通信途絶。変態――荒増くんは久遠くんを連れて、塞護支部長を救出、塞護へ転進ですか」
「ごくつ……はい。三畏総代は分かりませんが、他は現在地を把握出来ます」
「そうですか。久遠くんが怪我などしないと良いのですが」
今度はこの部屋の代表である、室長に聞いた。目新しい情報ではないが、確定が出たというので確認をしている。
だがその中に、無視できない情報があった。マシナリに転送させていた報告書を読み返し、その意図は明白だが、果たしてそれだけだろうかと思う。
「通信を。粗大ゴミを呼んでください」
「そ、粗大ゴミですか?」
「ああ失敬。二枚目の総代を」
「了解です」
通信係はまだ転属してきたばかりで、慣れていない。隣の席の情報処理担当が、「統括控がゴミと言ったら、あの人のことだ」と念を押す。
二枚目には待機命令が出ているので、その人物はすぐにやってきた。襖がガラッと開いて、纏占隊で一番の長身が姿を見せる。
「
「すぐに来てくれて助かります、生ゴミ」
「――たしかに生ですがね。生き物と生ものでは、かなり違うと思いますよ」
「うるさい黙れ。呼んだのは、他でもありません。もうそちらにも転送してあるはずですが、読みましたか?」
酷い罵りとその抗弁のようにも聞こえるが、二人とも至って落ち着いた態度での会話だった。
「読みましたが、控にも関係があるのでは」
「燃えないゴミにしては冴えて――いえ、燃えていますね」
「まあもう、それはどちらでもいいですが」
心那が問題にしているのは、財界の代表者による集会についてだ。荒増が兵部からせしめたリストのとおり、心那も無関係ではない。だが事業を行っているのは親族だ、彼女自身が出る必要もない。
「統括控も出席されるので?」
「七面倒臭いので――いえ、私が外出して調べなければならないことがあるようです」
「面倒臭いって言っちゃいましたが」
「回りすぎる舌は抜くぞ。集会所へは行きますが、出席はしません。たぶんそれからも、他へ転進する必要があるでしょう」
「なるほど、留守番ですか」
王殿があるのは中央区。一つ外に、兵部や衛士府の本部が置かれた第一区がある。そこには貴族院の施設も多くあって、その集会所を借りるとなっていた。
集会に貴族も参加するというなら、おかしな話ではない。だが引っかかる。なぜ今なのか。
こちらからなにもしなければ、防塔の妖はなにもしてこない。だが外部からの物資を受け取ることも出来ない。
もちろん小さな街ではないから、食料などがすぐに尽きることはない。けれども補給頻度が高く、備蓄も多くはしていない物品というのもある。
中でも問題となるのは、衛生関連の製品だろう。代替えは考えられても、用途に特化したその物にはやはり代えられない。
汚物に汚れたトイレ。月経の対処に困る女性。汚れた物を洗おうにも、洗剤などすぐに使い切ってしまう。
数日以上も現在の状況が進めば、市民全体の士気が落ちる。クーデターを起こした側にとって、なにより重要なのは、早期に民意を得ることだ。その材料として、かなり有用だろう。
「多少のことはどうにかしますが、もしもの時には? 俺は荒増と同じで、攻撃特化なんですがね」
「仮にもあなたは、可燃ゴミでしょう」
「いやそれは違うと言いたいですが」
「うるさい。燃え尽くしなさい」
「うまいですね」
妖を直接どうこうするのでなくとも、やることは限りない。そんな中で財界の代表者を集める、利点が見えなかった。
不審者を洗い出したいなら、祭部なり衛士なりが一人ずつ調べればいいのだ。当然にそれにも人手はかかるが、資材調達とは畑が違う。
「これを」
「統括控の
耳元に飾りとして指していた簪を、抜いて渡した。至極小さな鉄琴の音色が心那の耳にだけ、しゃらんと鳴る。
「先刻、私が張った結界よりも強力な代物です。準備が要るので一度しか使えませんが」
「具体的には?」
「発動から三日。如何なる物も通しません」
「するとそれは、空気もってことですか」
「そうです。だからあなたはリサイクルゴミらしく、二酸化炭素を回収しなさい」
リサイクルとは、そういう意味ではなかった筈だ。多之桶の苦情は聞き流しつつ、心那は手荷物を確認して出口に足を向ける。
「護りの二枚目の名にかけて、王殿には指一本、触手の一つも触れさせませんよ」
心那の後ろで扉が閉まる寸前に、多之桶はそう誓った。触手などとセクハラか、と返事をしようにももう聞こえない。
開けようと思えば簡単なことだが、心那はそうしなかった。廊下を早足で歩きながら、国王と纏占隊本部の安全を願う。
「先代統括としての、あなたの力量に期待しています」
赤い鼻緒の草履は、すっすっと足音を立てることなく歩き去っていった。
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