第49話:叛乱ノ底ニ在ルノハ
運転席から、粗忽さんを呼ぶ声があった。少し前に確認したところでは、塞護まで間もなくというところ。
「仙石がなにか言うようです」
「こちらにも映せ。共通か?」
「肯定です」
「非常識な奴め」
エアネットには、共通チャンネルというものがある。いつ誰が使ってもいいのだけど、特定のチャンネルへの誘導とか、短い呼びかけなどにしか使ってはいけない。
車内に映像が出ると、開けられていた壁が閉まって空調が出力を増す。もう外の音は全く聞こえなくなった。
画面には既に、仙石さんが映っている。その奥には、吉良統括の姿も。前回とは背景が違う。二人は揃いの羽織を纏っていて、薄い素材のそれは、不幸ごとがあった時に使うものだ。だから同じ物を、僕も持っている。
「……飛鳥の国民の皆さん。私の名は、仙石統尤。これより飛鳥という国の、存亡に関わる話をします。この映像を見なければ、後悔することがあるかもしれません。近しい人に知らせることをお勧めします」
しばらく黙ったままだった仙石さんは、おもむろにそんなことを言った。視聴数のカウンターを見ると、約八十万。チャンネルを合わせたまま放置しているのを差し引くと、五十万くらいだろうか。飛鳥の人口に対して、単純計算で一パーセントくらいの人しか見ていない。
仙石さんの言葉はもう一度繰り返されて、最後に「十分だけ待ちます」と付け足された。部屋の雰囲気からして、そこに元々設置してあるらしい演壇。軽く手を添えた格好で、彼は目を閉じる。そのまま、ぴくりとも動かなくなった。
車内の誰も、これという反応を見せなかった。特に偉ぶるわけでなく、激情に駆られているという雰囲気もない。報道素材を読み上げるキャスターのほうが、よほど感情を見せるとさえ思う。
――それから、きっかり十分。視聴数は百五十万を超えたところ。画面に大きな変化はない。ただ静かに、仙石さんが目を開いて語り始めた。
「まだほとんどの方に、正確な情報は届いていないことでしょう。現在、我が国の首都、白鸞は私たちが包囲しています。それから、その隣の塞護を私たちの本拠地としました。住民や反対勢力、およそ五十万人は、殲滅済みです」
視線はまっすぐに、こちらを見ている。一瞬も逸らされることはなくて、原稿などを見て話しているのでないのが分かる。
「飛鳥の王家は代々、王家とその周囲にだけ、極端な厚遇を与えてきました。もちろん王政である以上、それそのものはやむを得ません――が、今は昔懐かしき時代とは違うのです。税を払い、王を王たらしめているのは民衆です。そろそろ改善があって良い、と私は考えました」
私たち、でなく。私は、と。仙石さんは言った。僕は気付いていなかったのだけど、そこのところを粗忽さんが「私は?」と繰り返して分かった。
対して荒増さんは、退屈したように「前振りはいいから、本題を言えよ」と。七割方があくびの声でのたまわる。
「皆さんに馴染みはないでしょうが、私は纏式士の中でも、七家と呼ばれる家柄です。あるのは古くから続く由緒のみで、実利実益は王に飼い慣らされた者たちが握っている」
そこでようやく、仙石さんは手元にあった水を飲んだ。話題は国全体のことから、一気に個人的な話になった。「ここからが本題か?」と、誰かが言った。
「それはいい。遠い祖先がそうありたいと願い、私個人もそれでいいと思う。だが暴虐に耐えている国民を、優秀な技術と血を伝え続ける私の家を、踏みつけてのうのうと生きる者たちの現実はどうか。安寧に甘んじ、研鑽も忘れ、凡百な術士を最強などと祭り上げる」
最強というキーワードが出て、思わずそちらに視線を向けた。荒増さんの顔は知らずとも、その名に冠せられた異名くらいは粗忽さんも知っている筈だ。だが画面を見たまま、厭味の一つも発せられない。
「飛鳥に生きるのは、王家に従う人々だけではない。僻地と呼ばれる場所に生きる人も、管理下に置かれながら地位の向上を願う人も居る。なぜ王家は、それらの声を無視するのか。自らが末端と判じた相手には、豊かに生きる権利さえないと言うのか」
萌花さんを見るべきなのか、見ないべきなのか。彼女の耳目が画面に注がれているのは、気配で分かる。でもそこにある感情は、一色でない。
どんな言葉どころか、どんな心持ちで向かえばいいのかも分からずに、僕はその時間を見過ごした。
「故に、私は立ち上がることとした。中央に在る者にこそ力があると言うのなら、力のない私がなにをするのか見せてくれようと。まだ若い愚王には、いささか申しわけない気持ちもある。だが彼も王。私は彼の方向性も、待って見定めた。駆逐されるのは、彼自身の責任だ」
はっきりと、仙石さんは言った。愚王を駆逐する、と。それはもう、どうとも言い逃れ出来ない謀叛の宣言だ。もちろんここまでの行動でそうと思わないのも難しいが、明言するかしないかはやはり違う。
粗忽さんは「勝手なことばかりを」と舌打ちし、見外さんは「なんだか難しいねえ、千引ちゃん」と困った顔を見せる。
荒増さんは眠ってしまったように静かで、萌花さんは、胸の前に両手を握って震わせていた。
「私は本日ここに、塞護国民会議を設立する。当面の議長は私が務めさせていただくが、情勢が落ち着けば、国民の中から議員と議長を選出しよう」
民主制への移行。それが仙石さんの目的らしい。クーデターでそれが叶った歴史は、世界を探せばいくつもある。けれどもそこには、そうするまでの熱量がどこかにあった。限界圧力を超えて、暴発寸前だった怒りを民衆が溜めていた。
今回は果たして、そこまでなのか。僕にはそれが気になった。
「さて。私の意見に賛同してくださる方々もいらっしゃるだろう。しかししばらく、馳せ参じるなどは控えていただきたい。その時が来れば、こちらからお願いする。またそれ以外の善良な国民の皆さんも、不要な外出を控えていただく」
人数で言えば、ほんのひと握り。いや、ひと摘みほどの叛徒。その代表者がもう国王気取りかと、また衛士の誰かが声を上げる。
それに答えて、そうだそうだとまた誰かが。その中を、仙石さんは演説を終えた。「国民のみなさんがどちらを支持するのか、懸命な判断をお待ちする」と言い残して。
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