第1章

この季節は結構好きだ。もう8度目の冬だが、私はこの時期が一番楽しい。

 人は、外に出たがらないから遊び盛りの後輩猫の相手をしてくれる。あいつの相手は、少し疲れるようになった。今もお父さんに猫じゃらしで遊んでもらっているようだ。私は、こたつのなかでお腹を横にして、ごろんと横になったり、暑くなれば窓際に座り、しっぽを足に絡ませて外を眺めたりする。暖かいのに、ひんやりとした空気を感じることが出来る窓際はお気に入りである。


 今日は、どうやら「シンセキノアツマリ」というやつらしい。新しい年になると、毎年お父さんの兄弟である剛士叔父さん家族が、この家に集まる。そんなに広い家ではないのに、この日だけは家の中が9人と猫2匹になる。それなりに騒がしい日だ。私は外で車の停まる音が聞こえたら、早めにコタツから出てカーテンの後ろで隠れて、窓の外を眺めようと決めていた。


 なんといっても、あの啓子叔母さんがくる。なかなかあれは手強い。自分の娘である由美が猫アレルギーということがあり、家で猫が飼えないのだが啓子叔母さんは大の猫好きなのだ。それでこの家に来る際には、必ず私を探し回って抱きかかえようとする。本当に困ったものだ。もちろん由美の方は猫アレルギーということもあって、近づこうともしないので安心だ。だが剛士叔父さんと、由美の兄である恭平は私の方をチラチラと見て触る機会を伺ってくる。面倒ではないが、私はこの家の人間に触られる方が好きなのだ。


 ほら、車が停まる音が聞こえてきた。私はダッシュでカーテンの後ろに隠れる。後輩猫であるメイは、私とは逆に玄関に迎えにでる。遊んでくれる人が増えるのは嬉しいのだろう。

 早速、啓子叔母さんのメイを可愛がる声が聞こえてきた。人間というものは動物を可愛がる時に声色が変わるから面白い。

「メイちゃーん。あら、こんなに大きくなって。まだ1歳半だっけ? 本当に可愛いわ~」

 きっとメイは撫でまわされているに違いない。少し身震いする。自然と耳が後ろに行くのを感じる。きっと今から私を探し回るに違いない。

「ユキちゃんはー? あれー? ユキちゃーん? どこかなー? ここかな~?」

 ほら来た。カーテンの前にいるのを感じて、尻尾を太くしながら背中を丸めて、ウーと威嚇する。

「あら、やっぱり居たわ……おばさんにそんなことしてもだめよ? 可愛いだけなんだから」

 どうやら効果なしのようだ。諦めて、横をすりぬけてお母さんの膝の上に座る。

「啓子さんったら。そんなにいじめないで下さいよ。それより、アレルギーの由美ちゃんがいるから猫は隣の部屋に行かせますよ?」

 お母さん、ファインプレー。啓子おばさんの近くで居たくない。お礼も込めて、お母さんの胸にすりすりする。お母さんは、分かってますよとでも言うように優しく撫でてくれる。

 それから隣の部屋で、電気毛布の上に丸くなってウトウトしてしまった。メイは遊んでほしそうだったが、おしりを少し上げ尻尾も立たせてから片足を浮かせて睨めば、諦めたように離れて行った。

 少し時間が経って、みんなの足音が二階に向かうのが聞こえてきた。二階には寝たきりの祖母がいるので挨拶に行ったようだ。元気だったころは猫好きだったらしいが、今は言葉も怪しい。2階への階段には柵があるため、私は1度も上がったことがない。それから、また少し経って叔父家族は帰っていった。

車が出発するのを窓から見てから、お母さんの子供である雅人兄さんと千菜美の間で丸くなり耳をすませる。

「やっと帰ったな。ユキも追い回されて大変だっただろ」

本当にその通りである。雅人兄さんに背中を撫でられながら、しっぽを上下にパタパタ動かしておく。

「ちょっと、兄さん。言い方悪くない? でもお婆ちゃんの件は流石にありえないわよね。長男なのにお婆ちゃんの面倒みたくないっていうし、面倒みるなら由美ちゃんにさせるっていうし」

 顔を見なくても千菜美が膨れているのが分かる。ここに来た時から、気に入らないことがあると千菜美は頬をふくらませる癖がある。

「あの時の由美の顔みたか?めちゃくちゃ怖かったぞ。そりゃあ定年退職してる親父達が面倒見るべきだと思うがな。しつこく嫌がらせしてきた婆ちゃんの面倒を俺ら4人が見るわけないだろう」

 これは私も知っている話だ。どうやらお婆ちゃんは、由美さんを含む孫4人に冷たく何年も当たっていたらしい。

「そうね。それだけは絶対にない。由美ちゃんは温厚な子だけど、はらわた煮えくり返っているに違いないわ。明日も遊びにいって話を聞いてくる」

 その後、千菜美が小さな声で何とかしなくっちゃと囁いたのを見逃さなかった。


 それから半月してから、お婆ちゃんが風邪をひいたとお父さんが騒ぎ始めた。なんだか嫌な予感がしていた。いや、第六感的なものではない。その日、あの匂いがしていたのだ。私が嫌いなあの匂い。この家では私が嫌いな事を知っているから使わないはずの、あの匂いが。

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