第40話 俺の幸せの定義

 どうやら創造神うんえいも情報共有の必要性を感じているらしい。

 最近は指示や命令だけでなく現在の情勢についても色々情報を寄越してくる。

 軍の北征についてもだ。

 どうやら俺の同僚である社員も何人か行軍に加わっているようだ。


 注意喚起情報も流れてきている。

 北征軍内部ではどうも洗脳か思考制御に近い事がなされている可能性が高い。

 王都内部も同様に思考制御がかかっている模様。

 そんな内容だ。

 どうやらこれは創造神うんえいの意志に反する行為らしい。

 この事態が続けばこの世界にいる俺達社員や使徒プレイヤーに指示を出す可能性もあるそうだ。

 このような事態を打破せよという。


 俺自身は本当はここでファナと静かに暮らしたい。

 でもこの世界への出入を創造神うんえいに握られている立場だ。

 それに今の流れが更に進んだらファナにとっても危険な世の中になりかねない。

 つまりはまあ、指示に従うしかない訳だ。

 

 ただ敵はどんな理由であのような行為をしているのだろうか。

 少なくとも俺の知識では理解できない。

 そもそもこの世界に創造神うんえい以外の神が実在するとも思えないのだ。

 なのにあのような残虐な儀式をして何になるのか。

 運営も意図しない存在らしいあの悪しき存在アービラとは何なのか。

 なら創造神うんえいが言っている事が嘘なのか。

 それなら俺がいた外の世界は何なのか。

 答えは今の俺にはわからない。

 

 農業は再び忙しい時期を迎えようとしている。

 まもなくソラマメや大麦の栽培が始まる。

 他にはあの実験畑で交配させたジャガイモの種を選別して耐性種を選び出さなければならない。

 種から育てるジャガイモはその分余分な期間がかかる。

 しかも初年は種芋を作るまでで収穫にはならない。

 ただこれが出来たら輪作が変わるし収入も増えるだろう。

 ニルカカ開拓村も町になるかもしれない。

 まだまだ先の話だけれども。


 もう俺の意識は完全にファナやこの村と結びついている。

 だからこそ、ここが平和で豊かでなくなる可能性は極力避けたい。

 その為に俺は何が出来るだろう。

 そんな事を日々考えつつも、畑を耕したり文字や計算を教えたりする毎日が続く。

 そして夜。


「最近サクヤ様がどうも元気が無いように感じます。何かあるのでしょうか」

 ベッドでファナにそんな事を言われてしまった。

「いや、ここは平和だし問題はないな」

「ならいいじゃないですか」

「だけどさ」


「今が問題ないなら大丈夫なんです。先の事は神様でもわからないのですから」

 そう言ってファナは続ける。

「この国の国の宗教では太陽の神インティが創造神であり主神として信じられています。でも獣人にはこの国が出来る前、より古くからあった神話が伝えられているんです。この世界を作った4柱の創造神の物語、獣人の間ではワーラ・ティッテレリと呼ばれる物語です」

 その話は俺は知らない。

 俺に創造神うんえいがこの国の神話として与えた知識では、創造神話は太陽の神が地と水とを分け、更に最初の国王を生み出す物語だ。

 でも獣人の間では別の神話が伝えられているらしい。


「4柱の創造神は世界を作った後、それぞれ山の神となってこの世界を見下ろし管理しています。でも最初にこの世界を管理したインタナ神は同じ創造神のカリワルチョ神にその地位を追われ、またカリワルチョ神も同じく創造神の1人パラクァーカ神にその地位を追われます。神ですらそのように明日はどうなるかわからない世界がここなんです。ですから神ですらない人間には先の事などわからない。先を不安がるより今を楽しめ、私はそう父や母に教わりました。

 だから今が問題ないならそれを楽しむ。そうするべきなんです」


 どこかで聞いた神話だなと俺は思う。

 インカ神話ワロチリ文書に出てくる4柱の創造神はヤナムカ・トゥタニャムカ、ワリャリョ・カルウィンチョ、パリアカカ、コニラヤ・ビラコチャだったっけか。

 確かこの世界を舞台にしたゲームが『パリアカカ』で、その意味を調べた時にそんな話を読んだように思う。

 同じような環境では同じような神話が発生するという事なのだろうか。

 それとも別の意味があるのだろうか。


 ファナの話は続く。

「少なくとも私は今幸せですし楽しいです。それはサクヤ様がいてくれるからです。私はサクヤ様と一緒にいる事が出来れば幸せなんです。

 ただ私はサクヤ様といれば幸せなのですけれど、サクヤ様を幸せにする事は出来ていないかもしれません。だからもし何か私に出来る事があれば教えてください。何でもしますから」

 

 俺は気付いた。今の俺は幸せだ。

 こんなにファナが俺の事を慕ってくれる。

 今はそれで充分じゃないか。

 まだ起きていない事を心配してもどうしようもない。

 いざとなったらファナを連れて逃げるまでだ。

 俺くらいに魔法が使えるならどこへ行っても何とかなるだろう。

 それに俺が逃げなければならない位の状態なら、創造神うんえいも文句は言うまい。


「そうだったな。俺も今は幸せだ。ファナがいてくれるからな」

「本当ですか。もし何かあれば何でもしますから」

「本当だよ。ファナが健康でここにいてくれる。それだけで充分だ」

 何も解決してはいない。

 でも少なくとも俺は今、幸せだ。

 ここがVRだろうとどうでもいい。

 幸せだという事実を忘れないようにしよう。

 

   

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