第39話 王都郊外の戦闘

 おかしい。

 そう感じたのは王都ウリンハナンにあと10分程度と近づいたあたりだった。

 何というか空気が悪い。

 何もなければ近づきたくないような何かを感じる。

 更に近づくとより具体的に感じるようになった。

 呪いというか魔術的な何かの力だ。

 かつて谷間にあった獣人の廃村で感じたのと似たような負の魔力を感じる。


 これ以上近づくと危険。

 そのギリギリの処で俺は立ち止まった。

 空気が重い。

 呼吸が苦しくさえ感じる位だ。

 念の為移動魔法用のアンカーを設置。

 何かあってもここまでは戻れるようにだ。


 街全域に広域走査魔法をかける。

 魔力をかなり使うがやむを得ない。

 街の様子を確認しなければ。

 王都全体を微妙な魔力の流れを辿っていく。

 黒い煙が流れていくのを追うように。

 それにしても何故こんな異常な状態に中の人間は気付かないんだ。

 中にいる人間には気付かないような仕組みなのか。

 それとも気づけないようにされてしまったのだろうか。


 更に魔力の流れを観察する。

 ある程度全体の流れが掴めた。

 中心は王宮。

 そして王都の外側、円を描くように6カ所の魔力集中点がある。

 どうも巨大な儀典魔法陣で王都を覆っているようだ。

 そんな魔法陣俺は知らない。

 そう思った瞬間だった。


 危険を感じて俺は横に跳び退く。

 異形の刃物がさっきまで俺のいた空間を撫でて行った。

 魔法で加速された俺の視力がそれが何かを判別する。

 ナイフだ。

 忍者が使うクナイにも似た投擲専用の両刃のナイフ。

 そんな武器少なくともこの辺りでは見た事が無いぞ。

 敵の気配は感じない。

 でもいる事は確かだ。

 魔法か術か、完璧な隠蔽で姿をくらましているだけだ。

 もし存在を感じる事が出来るとすれば、それは敵が攻撃を仕掛ける一瞬。

 ただしここまで完璧な隠蔽をしている以上動く事は出来ないだろう。

 ならばだ。


『衝撃波!』

 ナイフが来た可能性のある全方向へ空気の振動をぶつける。

 案の定振動がブレる場所があった。

 発見された事に気づいた敵が攻撃をしかけようとする。

 だが遅い!

『精神衝撃!』

 圧倒的な情報量を敵の思考に叩き込むという簡単だが防御困難な精神魔法だ。

 あっさり敵が姿を現し、そして倒れる。

 白一色の標準的な神官服だ。

 これは親父に聞いたインティ神殿の神官だろうか。


 何か尋常ではない事が起きている。

 このまま突入して調べるべきか。

 少し考えて俺は思いとどまる。

 俺が来たのは創造神うんえいに命じられた調査の為。

 ここは情報を持ち帰って創造神うんえいの判断を仰ぐべきだろう。

 更に言うと俺の最優先の目標はファナの幸せ。

 その為に俺はここでくたばる訳にはいかない。

 例えこの世界がVRだろうとだ。


『移動魔法!』

 敵の応援が来る前に逃げる。

 移動場所はかつてファナが住んでいた廃村だ。

 万が一移動先を空間魔法で探られた場合でもこうすれば俺の居所はわからない。

 念の為トンロ・トンロも経由してそれから帰る事にしよう。

 何ならジョンに情報が無いか少し話を聞いてみてもいい。

 王都が異常な状態だというのは事実だから話しても問題ない筈だ。

 まだローサが滞在しているなら話をしてみたいがそれは期待薄。

 あいつは行商人だからとっくに別の街に行っているだろう。


 ◇◇◇


 トンロ・トンロによってジョンに王都の件を話してみたが、特に情報は無いようだった。

 というかジョンは王国軍が北へ侵攻するという話も知らなかったようだ。

「そうなったらこの街も用心した方がいいだろうな。密林地帯で獣人を相手にすることの意味を解らせてやる」

 あとファナはどうしたと聞いてきたから家に置いてきたと言ったところ、非常に残念そうな顔をしていた。

 やっぱりこいつにはファナを近づけてはいけない。

 そう俺は固く固く決意したのだった。


 そんなこんなで家に帰ったのはそろそろ暗くなりかけた頃。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 ファナの笑顔でほっと一息。

 やっぱり家が一番だよな。

 ファナが可愛いし。


「夕ご飯は食べて来られましたか?」

「いや、まだ」

「なら用意しますね。実はいつもの習慣でつい2人分作ってしまったんです」

 俺としては大変ありがたい。

 うん、やはり俺の優先順位1番はファナだよな。

 それを再確認してしまう。

 この世界が演算であろうとVRであろうとかまわない。

 俺の一番はファナだ。

 間違いなく。

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