第33話 とりあえずの俺の方針

 ラウルに聞いた事をささっとオンラインのまま報告書にしたためて運営に送る。

 さて、俺はどうするべきだろう。

 俺の行動の第一義はこの世界でのファナの幸せだ。

 運営からの仕事はその次でいい。

 ただこの国は今の処獣人に対して親和的ではない方向に進んでいるらしい。

 いざとなればファナとこの国とこの村を脱出するなんて手もある。

 ただこの村自体も実は捨てがたい。

 何やかんやで色々感情的に愛着があったりする訳だ。


 俺自身が出来る事はそれほど無い。

 賢者レベルの魔法が使える奴だってこの国に数十人はいるだろう。

 しかも俺はIDをはく奪されたらもうこの世界には戻れない。

 あの敵の言うように俺が『アウカルナ』世界群の出身だったら別かもしれない。

 その辺の真偽は確かめる方法が思い浮かばないけれど。

 取り敢えずは淡々とこの場所で自力を蓄えるしかないのだろう。

 その辺は本来の世界と同じだ。

 個人に出来る事は限られている。

 たとえチートな存在であっても。

 そんな事を考えながらファナの髪を撫でつつ眠りにつく。


 翌朝。

 飯を食わせて村長にあいさつさせ、そして徴税使のラウルを見送る。

「そう言えばラウルは結婚しないのか」

「相手がいない」

「嘘こけ」

「そういうサクヤ様はどうなんですか」

「今の処気分じゃないな」

 俺はファナがいれば充分だ。

 無論そんな事はラウルには言えないが。

「じゃあまたな。たまには男爵殿おやじさんところへ顔を出してやれよ」

「農業が暇になったらな」

 つまり当分は行くつもりはないという意味だ。

 ラウルもまあその辺はわかっているのだろう。

 それ以上何も言わずに去って行った。


 さて、そうは言っても徴税使とのやり取りが終わると年末だ。

 最近ちょっとばかり働き過ぎた気がするので今日はのんびりしよう。

 そう思って家へ入ってみる。

 すると何故かファナのほか、友達のミラちゃんとルスちゃんが来ていた。

 いつもは家じゃなくてミラちゃん家とか外とか村長宅とかで遊ぶのに。


「どうしたんだ今日は」

「ミラちゃんとルスちゃんがお勉強をしたいんだって。文字を読んだり伝票を書いたり、簡単な魔法が使えればいいなって思って。それでサクヤ様に教えてもらおうと思ってお願いに来ました」

 何だそれは。

 でもそう言えばファナが文字を教えたりしていたな。

「サクヤ様、どうかお願いします」

 ミラちゃんとルスちゃんがファナと一緒に頭を下げる。

 うん、まあファナの頼みなら仕方ないか。

 それに文字を読み書き出来れば色々便利だろう。

 教科書もこの前の襲撃の際、ローサから手に入れておいたし。

 農業が忙しいと言っても、俺の家は使用人5人に任せればなんとかなるしな。


「いいけれどやるからにはしっかり勉強しろよ」

「ありがとうございます」

 何か小さい女の子が3人で頭を下げてたりすると可愛いよな。

 よし仕方ない。

 教える環境も整えるとするか。

「なら明日までには教えられるように準備をしておこう。あとこのことは家の人にもちゃんと話しておけよ。お手伝いの時間とかもあるだろうからな」

「わかりました」

 うん、聞き分けがいい。

 ちょっと教え甲斐があるかな。

 それにファナも当分は情勢により学校に通えないようだ。

 なら代わりにここで学校の真似事なんてしてもいいかもしれない。

 そうだな、難しくてわからない事を考えるのはとりあえず置いておこう。

 俺は俺の出来る事をコツコツやっていくしかない。

 この子達に文字や魔法を教えるなんてのはちょうどいい作業だ。

 今後何かあってもこの子達の役に立つだろうし。


「何なら他に勉強したいという子供を連れてきていいぞ。道具は全部こっちで用意しておくから」

 ニルカカ開拓村の人口なら子供全員が来てもせいぜい10人程度。

 だから俺の家の空いている部屋を改造すれば十分だ。

「それじゃ明日の朝からな」

 さて、部屋を用意するか。

 ベッドを一度分解して、机と椅子を人数分用意して。

 筆記用具は鉛筆を用意しておこう。

 これもこの世界に来た使徒プレイヤーが開発して市販しているものだ。

 紙は前に結構仕入れたから量は充分。

 出来れば黒板も欲しいけれどこれは自作するしかないかな。

 チョークは土壌改良用の焼いた貝殻を魔法で固めれば作れそうだ。

 いずれにせよまずは机と椅子。

 取り敢えず俺はダビッドの店に向かう事にした。

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