第25話 穏やかな日々の後に

 早速手に入れた地図を広げてみる。

 思ったより広範囲にわたって色々な書き込みがしてあった。

 俺が思っていたのはこの国周辺程度だったのだがとんでもない。

 もっと東の熱帯雨林側や北の熱帯雨林側、南の山岳地帯等かなり広い範囲の地図だった。

 しかもその様々な場所に様々な書き込みがされている。


 獣人の村は思ったより多い。

 分布として多いのは国より北の熱帯雨林方面。

 でも国の東方、南方にも結構書き込みがある。

 ニルカカ開拓村から日帰りで行けそうな処だけで5箇所あった。

 あった、というのは5箇所のうち4箇所に×印がしてあるからだ。

 そのうち2箇所は俺達がかつて行った場所。

 ファナのいた村とあの谷間の悪しき存在アービラが出現した村。

 つまりこの×印は廃村になったという事だろう。

 あの流行風邪で全滅したのかもしれない。


 つまりまだ残っている獣人の村で日帰りで行けるのは1箇所だけ。

『トンロ・トンロ、多種獣人が居住する獣人の街。獣人の街としては大きい方』

 そう書き込みがなされている。


 さて、行くべきかどうか。

 行くなら今すぐ行くべきだろうか。

 調査を優先するなら早めに行くべきだろう。

 国内側で何かが起きているとした場合、俺より気付きやすいポジションにいる奴がきっと何人もいる。

 だから俺が優先して調査すべきはここから国外方面だ。

 確かに今は農業がそこそこ忙しい時期。

 でも使用人5人で一応仕事は出来ている。

 俺が手伝わなくてもあまり問題は無い。


 しかし獣人の村は往々にして一般人に対し拒否反応があるとも聞いている。

 村長はファナの村と仲良かったらしいけれどそれはきっと田舎ゆえの例外。

 トンロ・トンロは獣人の街としては大きい方とある。

 そうなると一般人に対して色々とありそうだ。

 勿論ファナを連れて行けば大丈夫だろうと思う。

 けれどそれでも行くのは気が重い。

 獣人の街とはいえ仕事にファナを連れていくのもどうかと思うし。


 それに今すぐ行く必要は無いのではないかとも思えるのだ。

 この地図があるという事は行商人のローサもこの辺の事は知っている筈。

 調べるポイントを教えたから廃村だけでなくトンロ・トンロも回る事だろう。

 だいたい大魔王が出現するまで話の通りならまだまだ時間はある筈。

 説明では数十年のうちにとか言っていたからな。

 ならば焦って忙しく調べ廻る事もあるまい。

 農業が一息ついた時期にでも行ってくればいいだろう。


 農業も実際は使用人に任せておくだけではない。

 俺自身がやっている事もある。

 例えばジャガイモの品種改良だ。

 流石に連作しただけあってセンチュウが多く、ジャガイモも負け気味。

 各品種の様子を伺いつつ、魔法で適度にセンチュウを殺してやらねばならない。

 もう少ししたらタマネギやソラマメの収穫時期にもなる。

 それにファナに勉強や魔法を教えなければならない。

 時々病人やけが人が来たりもする。


 よし、せめて農繁期の間は真面目に農民をすることにしよう。

 とりあえず午前中はファナの勉強だな。

 午前中はファナの友達も家の仕事を手伝っている。

 だから勉強を教えるにはちょうどいい時間だ。

 魔法の訓練も途中で息抜きで少し挟んでやろう。

 もうすぐ着火魔法位は出来るようになりそうだし。

 さてファナは何処にいるかな。

 俺は地図を仕舞って、それからリビング方面へ。


 ◇◇◇


 午前中はファナの勉強と魔法の練習。

 午後は農地全般の見回りと品種改良用の畑の手入れ。

 時々病人の治療。

 何か俺、生きているという感じがする。

 現実よりこの世界の方が色々やりがいがあるのだ。

 あの流行病以来村人からも頼りにされている感がひしひしと感じられるし。

 それにファナがいてくれていてとにかく可愛い。

 これはゲーム廃人になるのも当然だよな。


 一方現実世界の俺は完全に廃人状態だ。

 夜遅くログアウトしてささっと飯だけ買って食って、風呂とか最小限の事だけして最小限寝てまたこの世界にログインする生活。

 絶対いつか身体を壊しそうだ。

 でもそれでも以前の会社勤めよりましな気がするというのは皮肉だろうか。

 少なくともパニック症状はほとんど出なくなった。

 うつ病も薬を飲んでいる限り問題ない。

 身体も今の処他に異常は感じない。

 強いて言えば少しやせたかな。

 一応カロリー計算はしているのだけれども。

 ファナのためにも身体には気をつけないとな。

 食事のバランスも少し気にしよう。


 そんな感じの日々を過ごして季節は過ぎて。

 ジャガイモのつぼみもそろそろ出てきたなというある早朝だった。

 ファナとベッドで寝ている俺の脳裏に直接。

『サクヤ! ローサよ、お願い助けて!』

 そんな遠隔通信魔法メッセージが俺の頭に飛び込んできた。

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