第8話 クマ魔獣を退治しよう!

 ぶっちゃけ賢者並みの能力を持っている俺なら魔法一発で完治させる事も出来る。

 でもファナの経験値の為には目に見えるように治療をやった方がいい。

 血まみれグロ状態も『これはVR、これはVR』と唱えるうちになんとかなった。

 なおファナは元々獣人だからか割と平気な模様。

 バリケンを捌くのも俺より上手だしな。

 まあそんな訳で2人とも治療終了。

 ただ念のため全員を集めて村長と一緒に事情聴取をする。

 怪我人2人をすぐには動かしたくないので場所は俺の家のリビングだ。


「それにしてもホセがやられるとは、どんな魔獣が出たんじゃ?」

「メガネクマの魔獣だ」

 狩りの指揮担当で弓役、村では副村長格のイバンが難しい顔でため息をつく。

 このおっさんも元軍人で腕は確かだ。

 それにしてもメガネクマか。

 この辺唯一の大型の猛獣だが普通魔獣化する事は無い。

 何故なら魔獣化しなくとも充分強いからだ。

 同種のメガネクマと縄張り争い等で魔獣化したか、それとも元々魔獣化した血統がたまたま近くにやって来たか。


「場所は何処だったんじゃ?」

「グチャグチャの森の入口付近だ」

 グチャグチャの森とは村の北側、細い谷間にある森だ。

 その名前の通りグチャグチャな感じに枝を生やした背のそれほど高くない木が茂っている。

 この木の皮は何枚も薄く剥がせるので焚き付けにちょうどいい。

 しかも付近で大きいネズミが捕れるので結構村人も狩りに行く森だ。

 いずれにせよ大問題。

 そんなのが近くに居たら日常生活が危なくてやっていられない。


「逃げるときに弓と槍とで傷を負わせた。危ないかもしれない」

 この場合の危ないとは人を襲う可能性があるという事だ。

 人によって手負いにされた個体は人を憎んでいる。

 見つけると襲ってくるような状態だ。

「グチャグチャの森近くに行かないよう、至急村中に連絡しよう」

「それで討伐はどうする。そのままにしておくと危険だろう」

「ホセにこれだけの傷を負わせた魔獣じゃ。体制を固めないと返り討ちになるだけじゃ」

 ホセのおっさんの実力はそれなりに信頼されている模様だ。


 会議は『至急倒すべきだ』と『慎重に倒すべきだ』派に別れて紛糾する。

 どちらも理屈は正しいだけに勝負がつかない。

 結局は、

「今日のところはホセやダビの回復を待とう。あと至急村内に連絡し、当分の間は不要な外出は控えさせよう。以降の話については明日じゃ」

という村長の言葉で解散になった。

 治療の後そのまま会議に使われた俺の家のリビングから皆さん出ていく。

「あとエリク達も今日は仕事おわりにしよう。それぞれ家に帰って一休みしてくれ。力を借りるなんて事になるかもしれないしさ」

 そういう口実でエリク達5人も家に帰らせた。


 さて、実際手負いの魔獣、それもクマなんて洒落にならない。

 こういったものはさっさと片づけるに限る。

 そして俺は隠してはいるが賢者並みの実力がある。

 本気になれば魔獣化していようとクマ程度に後れをとる事は無い……はず。

「ファナ、悪いが部屋を片づけておいてくれ。ちょっと出かけてくる」

「私もついて行きます」

 ちょっと待った。

「いや大した用事じゃないから。すぐ戻るからさ」

「魔獣を倒してくるつもりですよね」

 おいちょっと待った。

 犬の獣人に読心能力なんて無いよな。


「たいした用事じゃないから」

「否定していないです」

 確かに。

「これでも犬の獣人ですから魔獣化しようとクマなんかよりよっぽど素早いです。それにサクヤ様にはたいした用事ではないんですよね。なら大丈夫です」 

 おいおい。

 女の子に言い負かされる俺っていったい……

 これでも賢者並みの(以下略)。

 うん、悲しい事にこの場では口で勝てる自信が無い。

 それに実際危ない事も無いと思うしさ。

「わかった。でも危ないと思ったら逃げろよ」

「わかりました」

 何やかんや言ってファナには弱いのだ、俺は。


「なら急いでグチャグチャの森へ行くぞ。『健脚』を使うけれどついてこれるな」

「勿論です」

 そもそも犬の獣人は初期設定で人間の数倍速く走れる。

 問題は無い。

「武器は何か持って行かないのですか」

「俺は魔法の方が得意だからさ。ファナはどうする」

「一応使い慣れたのを持っていきます」

 部屋に立てかけている槍を手に取る。

 ファナが時々その辺の森でネズミを捕ったりするのに使っている槍だ。

 突いても投げても行ける槍だが地球暮らしにはかなり重い。

 大の男である俺でさえそう感じる槍をファナはあっさり片手に持つ、

 犬の獣人は初期設定で(以下略)。


「じゃ行くぞ、ついて来いよ」

「はい」

 俺はいきなり『健脚』でぶっ飛ばす。

 オリンピックの短距離選手より速度は出ている筈だがファナは普通についてくる。

 やっぱりファナは優秀だよな。

 もう文字もかけるしもうすぐ治療魔術の初歩も使えるようになるだろうし。

 この速度で走るとグチャグチャの森はすぐ。

 一度立ち止まって気配を探ってみる。

 うーん、生物反応が多すぎてよくわからん。

 とりあえず一番近くて大きいののほうへ行こうかなと思ったところで。

「向こうで血の匂いがします」

 ファナにあっさりそう指示される。

 その方向にある反応はやや遠いが、確かに反応としては大きい。


「わかった。そっちに行ってみよう」

 別にファナに索敵で負けたわけじゃない。

 優秀な相手の意見は子供だろうと従うだけだ。

 実る程頭を垂れる稲穂かな。

 これって詠み人不詳だったろうか。

 そんなこんなで近づいてみると、もうこれははっきり俺でもわかる状態。

 うん、クマ魔獣、怒っている。

 怒っているけれど怪我しているので簡単な獲物を捕って身を休めているようだ。

 魔獣の癖になかなかクレバーな奴だな。

 まあ殺っちゃうけれどさ。


「どうしますか」

 ファナが聞いてくる。

「危険だから魔法で一撃といこう」

 当初からそのつもりだ。

 俺自身武器は持ってきていないし。


「サクヤ様は攻撃魔法も使えるんですか」

「言うなよ」

 一応口止めをしておく。

 バレるとどう便利に扱われるかわかったものじゃないからな。

「わかりました。絶対誰にも言いません」

「ま、慣れれば魔法なんて大したものじゃないんだ。その辺はまた今度な」

 何せチートで手に入れたからな。

 というのは置いておいて、とりあえず氷結魔法を一発お見舞いする。

 場所はクマの脳みそだ。

 魔獣化した動物は心臓を直撃させても簡単には死なない。

 場合によっては再生までしてきたりする。

 だから魔獣、特に大型魔獣を狙うなら脳みそが一番。

 思考できなくなれば間違いなく倒れる。


 魔獣クマ、あっさりと倒れる。

 生命反応消失。

 魔物の反応も消失だ。

「さて、ついでだから魔石だけいただいて帰るとするか」

「勿体ないから運びませんか。クマは魔獣でも色々使えますから」

 そうなんだけれど実は俺、魔獣じゃなくても獣って苦手なのだ。

 ダニがついていたりするしさ。

 そう考えるだけで背中がぞぞぞっとする。


「大丈夫、私が運びます。それにこの倒し方なら怪我が元で倒れているのを見つけたと言い訳しても大丈夫ですよね」

 おっとファナ、いい事言ってくれるじゃないか。

 でもそれではちょっと足りない。


「ファナが倒したことにしてくれ。左目の処から槍が脳へ行ったという事でさ。そうしないと魔石の権利が怪しくなる」

 一応こういう場合は倒れているのを見つけた人が第一権利者だ。

 でもホセやダビが怪我しているのにそこまで主張するのはちょっと気が引ける。

 こういう場合はファナを盾にしよう。

 かわいいは正義。

 ちょっと違うか。


「サクヤ様が倒したのに私の手柄にするのは気が引けます。でもサクヤ様はその方が都合がいいのですよね」

「そういう事」

「なら仕方ないのでそうしてあげます。その代わり帰ったらお願いを1つ聞いてください」

「わかった」

 どんなお願いだろう。

 でも特に深く考えずに俺はOKしてしまった。

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