第2話 予想外の存在
エリクに声をかける。
「もう俺に近寄っても大丈夫だ。病気がうつる悪い気は魔法で消した」
「ウゴの家は大丈夫すか」
エリクが心配そうな顔で俺に言う。
こいつとウゴは家が近くだし確か歳も同じなんだよな。
やっぱりその辺色々心配なようだ。
「ああ。さっき言った事さえ守れば数日で良くなるだろう」
これは気休めでは無い。
この辺の人々は基本的に頑丈だ。
栄養状態がしっかりしていて脱水症状等さえ起こさなければまず大丈夫な筈。
勿論体力的に無理をしなければだけれども。
数日分の食料も渡したし問題ないだろう。
「なら旦那。非常にこっちにとって都合が良すぎるのですがお願いがあるです。私を奴隷として売っても対価は返せないかもしれませんが、是非ともお願いしやす」
言われなくてもエリクがいいたい事は想像がつく。
「ああ、これくらいの集落なら俺の魔法とこの前までの収穫で何とかなるだろう。案内してくれ。でもその前にさっきと同じ物を大袋で持って来て貰った方がいいか。頼めるか。あと荷物運びに
「ありがとうございます。では行ってきやす、旦那」
本当はいい薬でもあると楽なんだろうけれどな。
走って行くエリクを見ながら俺は思う。
他世界のものは現実世界を含めて自分の使う分しか持って来てはいけない。
これが規則だ。
プレイヤーはそれすら持って来られないのでこれでも制限が緩い方。
でもせめてタミフルとかリレンザがあれば。
治療魔法である程度体力を回復させ、あとは対症療法でしのぐしかない。
ただ老人とか基礎体力が衰えた人はそれだけで救えるか不安だ。
それでも俺は出来る事をやるしかない。
そう思いつつエリクが戻ってくるのを待つ。
◇◇◇
所詮はVR空間のゲーム世界。
そうはわかっていても実際にその中にいると達観していられない。
俺は睡眠3時間程度で『プルンルナ』世界に入り治療を続る。
実際にはその3時間で睡眠だけでなく飯の買い出しとかもするのだけれど。
ただその甲斐あって現実世界で2日、『プルンルナ』世界で6日経過後。
村を覆う疫病はやっと回復方向に向かい始めた。
「これもサクヤ殿のおかげですじゃ。何とお礼を言っていいか……」
村長が俺に深々と頭を下げる。
村長というか実態は自治会長程度なのだけれど。
彼は単にこの村に一番早く入った開拓者だというだけで、実際の権限は何もない。
まあそれなりの人格者でもあるし年長者でもあるので皆がそれを受け入れているという感じだ。
「いえいえ、たまたま間に合っただけです。それにそもそも父が治療術士や魔術師をこの村に配置させていれば……」
「それはこの村の規模を考えれば仕方ないことじゃ」
まあそうだろう。
この世界は魔法が使える世界。
だが実際に有用な魔法を使える者はそれほど多くない。
治療や回復魔法を使える魔法使いはせいぜい200人に1人程度。
しかもその半数が都市部とか軍隊とか国の役所等にいる。
必然的にこんな田舎の開拓村にはそういった者がいない訳だ。
「あとは近隣の村がどうだか気になる処ですが」
「でもこの辺の村は何処も治療術士くらいはいるでしょう」
ここは開拓の最前線。
そう言ってしまえばいいが要はど田舎だ。
ここより田舎でない処には流石に治療術士くらいはいる。
俺がやった措置も治療術士なら知っているだろう。
だからこの村ほど被害が深刻になる事は無い筈だ。
「普通の村は、な。ただ獣人の村は大変じゃろうて」
ん。
聞き覚えの無い単語が耳に入った。
「この近くに獣人の村があるんですか」
獣人と言うのは魔法で獣の特性を持たされた人類だ。
大体は国家に属さず独自の集落を作って住んでいる。
普通の人間とDNA上は変わらないのだが魔法で属性を付けられている。
外見は魔法で加えられた獣の耳と尻尾がついているだけ。
後は人間と変わらない。
概ね体力や運動性能、感覚が通常人より遙かに優れている。
代わりに魔法が苦手という感じだ。
中には幻術に特化した狐系獣人とか例外もいるけれど。
「この先の大斜面に犬の獣人の村がある。歩いて2日程度の距離じゃ」
大斜面とはここの高地が終わり東側に向かって一気に低くなっていく場所だ。
大斜面より西側から海までがこの国の範囲で、大斜面は国外。
その名の通り高度差が激しいので一部の谷間地域を除き行き来は無い場所だ。
ここからの距離で言うと40㎞くらい先かな。
道が無いから。
「この村と交流はあるんですか」
「昔はな。ここを開拓した頃は結構世話になったものだ。より奥へと去ってここ半年は見かけていないが」
つまり俺が来るまでは交流があったという事か。
「見に行って大丈夫でしょうか」
「行ってくれるなら儂も一緒に行こう。それなりに顔は知っておるからな」
「この村の方は大丈夫ですか」
「今の調子なら大丈夫じゃろう」
既に経口補水液の作り方は村内に行き渡っている。
食料もある程度供出したので大丈夫だ。
残念ながら老人が2人亡くなってしまったがそれ以外は皆回復傾向にある。
「なら急ぎましょう。早い方がいい」
「それでも水や食料の準備は必要じゃろう」
「これでも軍にいましたし一応魔法も使えますからね。水くらいは作り出せます」
本当はそれ以上の事も出来るのだがその辺は省略だ。
「なら『健脚』は使えるか。それなら行程も半分以下になる」
「勿論です」
『健脚』とは魔法の一種で高速歩行術の事だ。
軍では一般的な魔法で通常魔法を覚えられない者でも短期間の訓練で習得可能。
当然俺も使える。
「なら向こうに付与する食料、砂糖、塩だけ用意してすぐに出るとしよう」
「村長も『健脚』を使えるのですか」
「儂も元軍人だからの。他の魔法は無理だが『健脚』くらいは」
この国では兵隊は35歳で定年だ。
そのままでは生活できないので退職金で開拓村に出たり商売をはじめたりする。
村長もその口だったようだ。
「なら急いで準備するとしよう。塩と砂糖の残りは少ないが、俣その辺は交易商人が来た時に仕入れればよい」
「まだ俺の家にはある程度在庫があります。それを持っていきましょう」
何せ村長の家の塩や砂糖は経口補水液の為にかなり供出してしまっている。
海から遠いこの地方では塩は貴重品。
砂糖はそれよりは入手しやすいが国外産がほとんど。
本来それほど気軽に使えないものだったりするのだ。
「助かる。では参ろうか」
「ええ」
そんな訳で村長の息子と副村長格の隣人、そして俺は今の処流行風邪から無事なエリクに事情を話し、資材を持って村を後にした。
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