プレ・プロローグ第3話 面談までの道程

 取りあえず家具調コタツ兼用テーブル上の貸与パソコン一式を起動する。

 VR機器も含め全て設定通り動く事は昨日確認済み。

 なお折角クリーニングに出した3シーズン用紺色スーツ上下に白ワイシャツ、ネクタイは結局着なかった。

 身体のあちこちにVR機器をセットする必要があったからだ。

 具体的には胸と両上腕、両太股に電極付きのバンド。

 両手両足に電極やセンサ付きの手袋と靴下。

 更に頭はゴーグルと電極がついたヘッドギアをつけた状態だ。

 短パンTシャツ程度の格好でないと全部付けるのが難しい。

 説明にもそう書いてあったのでわざわざ通販で短パンを買ってきた位だ。

 店に行く度胸はまだ俺にはなかった。

 服屋はまだまだ俺には敷居が高い。


 壁に掛けた電波時計は午前9時45分を指している。

 かなり早めだが万が一の事があるとまずい。

 ネガティブな可能性は色々思いついてしまうのだ。

 なので俺は全身の機器装着状況を確かめると、VR用のプログラムを起動して横になり、ヘッドギアについたゴーグルを眼の前視界を覆う場所へと下ろす。

 ふっと目眩に似た感覚が過ぎると視界が変わった。

 VR用の操作画面だ。


 最新鋭VR機器を使うのはこの貸与されたセットが初めてだ。

 無駄にマシンパワーを食うし、その割に出来る事は少ない。

 単に情報収集や暇つぶし用にはキーボード&マウス、ディスプレイで充分。

 そう思っていたのだが、体感してみると最新のVR技術は強烈だ。

 実世界とそう変わらない感覚で接する事が出来る、

 というかこれがヴァーチャルだという感覚がまるで無い。

 実は昨日も確認したのだがやっぱり凄さを感じる。

 寝ている間にこっそりこのVR装置を装着されて現実に近いオープンワールドに出されたら、きっとそこがVRの世界だとはわからない。

 それくらいの自然さと違和感の無さだ。


 さて、取りあえず面接用に自分のアバターの設定を確認しておこう。

 昨日色々考えて選んだのは無難を通り越した位面白みのないアバター。

 ちょっとだけキレイ目にした自分というところだ。

 服装もクリーニングしたのと同じ紺のスーツ上下に白ワイシャツネクタイ姿。

 相手先の会社の文化がわからない以上、まずは無難路線で行くべきだろう。

 それにこの姿の他に自分に合った納得のいくアバターを考えられなかったというのもある。

 アニメ顔の女の子なんてアバターにした日には他人に対してどういう対応を取るべきかわからなくなってしまいそうだ。

 そんな訳で腕時計や革靴、髪型なんてところまで全て無難路線で揃えた。

 そんなアバター一式を確認して時間を見ると午前9時50分。


 忘れ物が無いかもういちど確認する。

 薬は飲んだ。

 ネットワーク接続は問題なし。

 アバターの姿形も問題無い筈。問題無いよな、これで。

 あまり考えると袋小路に突っ込むのでアバターの件はここまで。

 面談が行われるアドレスを再確認。

 メールにあったアドレスと同じ、大丈夫。


 念の為テキストで書き出しておいた相手先会社の概要や資料にささっと目を通す。

 今回採用が決まった会社はゲームや情報サービスを基幹としている。

 事業内容はゲームの他天気情報、教育関係、電子出版等様々。

 でもオンラインゲームをやらない俺にはほとんど接点が無いようなあるような。

 事業内容関連で話が出たらもうわからないので話を聞きまくるしか無い。

 大丈夫、採用はもう決まっていると言っていたのだ。

 だから俺は落ち着いて自分の希望を言えばいいだけだ。

 在宅勤務希望等を。

 できれば通勤はしたくないし人前に出たくない。

 ただし勤務曜日等はある程度自由で大丈夫。

 ただプランクがあるからできれば当初の勤務時間は少なめで。

 そんなところか。


 時計を見る。午前9時51分。1分しか進んでいない。

 でも早すぎるのは問題だろう。何せネット空間、1秒もかからず相手先に着く。

 だからどんなに早くても5分前行動までの方がいい。

 今朝のニュース等をサブウィンドウに表示させ読みながら時間を潰す。

 やっと5分前になった。

 アドレス打ち込み済みのショートカットで移動する。

 これはなかなか便利だ。

 現実世界もこうやって移動できると通勤電車に悩むことはないのだが。

 出た場所は椅子が十数脚とジュースの自動販売機がある小部屋だ。

 休憩室か待合室といった感じだ。

 プリンタだったらスプーラーみたいなものだな。

 そんな事を思う。


 右前方から足音が聞こえた。

 すぐに前方の部屋の入口からスーツ姿の男が入ってくる。

 年齢は40代前半位かな。

 中肉中背で黒髪に黒い太縁眼鏡。

 他に特徴が無いのが特徴という感じの男だ。


「失礼ですが蓮沼はすぬま朔哉さくやさんでいらっしゃいますでしょうか」

 来たな。

「はい、そうです」

 立ち上がり失礼が無いように正面を向く。

 距離は名刺交換よりやや長めの挨拶ができる程度の距離。

 この辺は元の社会人経験で何となく出来る。

 その頃の事は思い出したくも無いが。

「私は人事部採用管理課の志村と申します。本日の説明及び面談を担当致しますのでどうぞ宜しくお願い致します」

「こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」

 礼の角度は60度だったっけ。

 まあこの辺は約束動作という奴だ。


「それでは説明用の部屋に参りましょう。こちらになります」

 俺はスプーラから引っ張り出された印刷データのごとく彼についていく。

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