第596話
「鍵」
「はい?」
「今日車で来てないから乗せて。私が運転するから」
「あ、はい」
駐車場まで来て急に車がないとか言い出すあたりよ。ま、最初からそのつもりでここまでタクシーできてるんだけどね。
あ、ちなみに彼が乗ってるのはただの軽ね。安いやつ。
親御さんに借金して買ったみたい。
「じゃ、行こうか」
「お願いします」
(って、流されてこんなことになってるけど。どうせマンションに行くんだから用があるにしても待ってれば良いのでは?)
なーんて至極真っ当な疑問を抱いているのもほんの数分の間。
すぐに行き先がマンションじゃないことに気づくわけよ。
「あ、あの……道ちがくありません?」
「いや、合ってるよ」
「でも……」
「もしかして聞いてない? 大女様は拠点をお移しになられたよ」
「…………は?」
「今新しい所に向かってる」
「え……え~……」
「ちゃんと貴方の荷物も届け済みだから。ご実家の方含めて」
「……………………は?」
「大女様というお人がいながら未だに残してる君の癖が垣間見れる物もちゃんと持ち出してあるよ」
「…………」
「気にしなくて良い。腹立たしくはあるものの、大女様が許容してることだし。あと、他人に見られて恥ずかしいというのも気にする必要はない。私は大女様に着せる諸々も知ってるから」
「……………………」
顔を真っ赤にして俯き下唇を噛んでら。
いやーまぁ恥ずかしいよね~。性癖知られるわ彼女に着せる用のえちちな下着やらコスチュームやらを見られたらねぇ。
子供とか関係なく頭の中が羞恥で埋まるだろうよ。
んでも前に結嶺ちゃんやら親御さんやらに暴かれてたりもするし、初めてではないのよね。なので動揺は少ないのが救いかな。
とはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしいし、気まずいは気まずい。
であるならば、目的地に着くまで会話が弾まなかったのは言うまでもないよね。かわいそ。
んで、目的地に着いたわけなんだけれど。
「あの……」
「なに? 大女様が待っておられるのだから手短に」
「これ、借りてます?」
「いや。新築」
「雪日さんが予め手配しました? その、俺が就職するって花菜さんが知る前に」
「いや。手配はしたけど、知った直後」
「……」
(ってことは二、三週間で建てたのか……これ)
うん。お察しのとおりさ。今彼らは一軒家の前にいる。
二階建て。車二台が入るガレージ。BBQや幼い子供が遊べるくらいの庭。花壇もあるし、花とは別で家庭菜園用のスペース……というかすでになんか植えてあったりもしてある。
なんというかもうね。彼もいっぱいいっぱいになるよ。
頭を抱えたり、目眩を覚えても仕方ない。仕方ないのであーる。
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