第573話

(く、くっせぇ……。ドラマみてぇ……)

 それはあまりにもあんまりなシチュなんだもの。

「本当は不本意ですけれどね。えぇ。とっても不本意なんですよ。どこの馬の骨ともわからないレ○○野郎のクソガキに任せるだなんて口にするのも嫌悪感を抱くんですけどね」

 おっと~。とうとう本性を現してしまったー。

 般若の形相を見て彼もちびる寸前だー。

 いや、顔が怖いのもだけど何よりも。

「ちょ! 前! 前見てくださいよ!?」

 運転中だからね。信号で止まるとかせず真横にいる彼の胸ぐら掴んでるからね。そらちびりかけるさ。

「……はぁ。でもですね」

「ほっ。ほぉ~……」

 と、ここでパッと手を離して普通に運転に戻る。

 突然ボルテージを上げるわ突然落ちるわ情緒不安定この上ないけれど。彼からすれば普通に運転に戻ってくれて一安心だわ。

「でも、今回あの方は自ら望んで貴方に会いに来て、自ら望んで触れあいを求めました。というか無理やりしてましたしね最初」

(あ~……)

 うん。校門のやつだね。美女に唇を奪われるってだけならまだ良いシチュだけれど。半分捕食だったもんだから一歩間違えばトラウマもんだね。うん。

 でも、あの行いが一番諦めになったのは確か。

 雪日ちゃんが彼と彼女の関係の発展について前向きに考えるようになって、前までの彼女との生活に戻ることへの諦めね。

 名残惜しい……というわけでなく。ただ、そう。不安なだけなんだよね。彼女が本当に彼と結ばれることで幸せになるかどうかさ。

 お金とか、家事だとか。そういったものは既に満たされているから問題ないけれど。

 誰一人として、彼女の心を満たした者はいないんだから。

 欲を見せることなんてほとんどしない彼女に、ただ押し付けるだけしか許されなかった和宮内の血族。求められることがなかった自分達。

 何年も。何十年も。さらに辿り辿れば数百年は軽く見守られ続けているのに。求められることはほとんどなかった。

 でも、彼は違う。ほんの数日前に人としてやっちゃいけないことをしたのに求められている。

 妬ましく。恨めしく。それでも彼女は彼を求めているから報復もできない。すれば悲しませてしまうからね。本末転倒ってものさ。

 故、雪日ちゃんは諦めた。そして、同時に。

「……着きましたね」

「そ、そうっすね」

 そうこうしているうちに彼の家に着いちゃった。

 彼と共に車から降りて、最後に答えを求める。

「それで、答えは?」

「えっと……」

 目を逸らして、頭をかきながら考えて。自分なりの答えを、雪日ちゃんに差し出す。

「お、俺になにができるかわかんないですけど。し、幸せにするとか言われても。あの……まだガキなんで……しょ、将来のとか……まだ早いと言うか……。あ、でも、自分なりにさんと向き合おうとは思います。男としての責任みたいなのは……えっと、感じてますし……。本当。あの人には申し訳ないことしたとかも思ってたし……」

「カナ……。そうですか」

(あ、やべ。下の名前で呼んじゃった。な、なんかはずいな……)

 雪日ちゃんが引っ掛かったのはそこじゃないけれど。追及しないからこそ彼も誤解したね。

 ま、別にそこの誤解はどうでも良いからスルーしようか。

「じゃあ、これをどうぞ」

「……?」

 雪日ちゃんが懐から出したのはただのスマホ。本当にただのスマホ。

「あの……」

「私と大女様の連絡先が入ってます。相談事があればお気軽に。あと、暇があれば大女様に構ってください。いえ、積極的に構ってください」

「……」

 無言で受け取り、やることが済んだ雪日ちゃんも車に戻る。

「では、また明日」

 最後にそう言って去っていく。

 明日って。

「………………明日?」

 うん。明日もお迎えが来るだろうね。これは確実に。

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