第524話

 夜更け。人里離れた洞穴に身を置くのはいつかのよう。

 たくさんいた家族と言える者は絶え。これから家族になろうという子供も体が弱いただの人。

 でも構わない。最早構わない。仇は討つつもり。落とし前はつけさせるつもり。

 人という存在の、その天上に。

(さて、赴こうか)

 多少心配ではあるものの。眠る赤子を洞穴に残してある場所へ向かう。

(武家がいくら力をつけようが、天は変わらず)



「……………………!」

 其処には二人しかいない。眠っていた神の血を引く者。日出する国の、人という生き物の頂点。天上。いわば現人神。

 そして、ソレに刃を向ける鬼。

 誰にも気付かれずに赴くことも、全てを力任せに薙ぎ払うことも選べた本物の怪物。

「な、何者か……。朕に何用か……」

 着ている服は確かに貴人の物。立ち居振舞いも負けてない。一見すれば面を被っただけの夜這いをしに来た不届きな女。

 しかして向けられたのは刃。戦場いくさばを知らぬ人間でもわかる殺気。威圧感。

 寝ぼけ眼でも、蝋燭しかない薄暗い部屋でもわかる。種を欲しがって来たのではない。場合によっては命を刈り取るつもりだと。

 ただ、そこにいるだけで。わからせてしまった。

「……昨夜。とある山の上にある寺が焼かれた。そして、たくさんの子供と世話役の女も」

「……?」

(知らないか)

 寝たまま怪訝そうな顔を浮かべる天上人から指示を出したのは目の前の男でないことを知る。

 もしも首謀者が目の前の男なら話は早かったが、少し手間が増えるだけのことで結果は変わらない。

「知らぬなら、調べよ。何故起こしたのか。誰がやったのか。その場で何が起きたのか。そして、今宵のことは、誰にも私との逢瀬が気付かれぬように。もしも、感づかれでもすれば。その命も、その血筋も、人という存在がこの世の歴史から潰えると知れ」

 刃を納め、天上人は少しばかり強張った肉を弛緩させる。

 けれど、すぐにまた体に力を入れてしまうことになる。

「三つ」

「……?」

「三つ日を跨いだらまた来る。武士を控えさせるのも構わない。しかし、先の言葉を忘れるべからず。今宵は誰も気付けなかった。次もまた同じ。それこそ、日が沈むように。昇るように。辿るは同じ事柄」

 与えられた時間は三日。たったの三日。そんなもの、この時代じゃあってないような時の間。

 けれど、口答えはできない。この者にはできないと、頭の中で鐘が鳴る。

 チラリと見えた面を引っかけている角が見えたが故に。人の理が通じない物怪と知ってしまったら余計に。

 そうでなくとも、漂う気配が尋常ならざるもの。逆らう気すら起きない。

「……」

 気配が薄れていく。声も、霧散するように出所がわからなくなる。

「焼かれた寺について調べよ。悉く。さすれば命は奪わぬ。一先ずは」

「……………………ふぅ」

 気配が完全に消えると、天上人は今度こそ融けたように弛緩する。

 これから大変だね。人を動かすのも辛い立場になってきてるのに。

 でもそれは、夜が明けてから。

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