第487話
伊鶴は特別優しい人間と自分では思っていない。
ただ、人並みに同情心があって。ただ普通よりも感情的なだけ。
だから、すぐに誰とでも喧嘩をするし。小さな頃から手のかかる暴れん坊扱い。
「なんだよそれ!」
「やっぱかんけいないじゃんか!」
「じゃかぁしい!」
「そっちのがうるさい!」
「ふん!」
「ぁい!?」
「なにすんだよ!」
それがこのときたまたま。
「じぶんたちだってしてたろ!」
本当に偶然。
「わるいことされてないのに、じぶんからじぶんがやられてイヤなことすんなよ!」
「……っ」
一人の女の子を救ってしまっただけ。
「……だいじょうぶ?」
「わたしよりもイヅルちゃんのほうが……」
「こんくらいいつもだし」
多美の代わりに喧嘩をして。鼻血を出して。口の中を切って。髪も所々抜かれて。片目も晴れ上がって。それでも他に誰か助けに入るわけでもない。
野次馬がいなかったわけではないけれど、そこに大人はおらず。いたとしても伊鶴と多美が怒られていただろう。
例えそれが大勢の目撃者がいる小学校の教室であっても。
「……ごめんなさい」
「なにが」
「わたしのせいで……イヅルちゃんこんなに」
「べつに。わたしがきにいらなかっただけだし。むしろ気づくのおくれてごめんだし。ほかのクラスだからわからんかった」
「ううん。たすけてくれてありがと」
「いじめられたらいつでもよびなよ。なんどだってたすけてあげっから」
「……っ。ぅん。……うん」
伊鶴はたくさん怪我をしたのに、大して痛い思いをしてない自分が泣いちゃ駄目だ。
そんな風に思って声を圧し殺してお礼を述べる。
幼くても。ちゃんと考えられる子ならそういった結論も出せるもの。
多美もまた、そんな優しさの素質も持つ子供だけど。
「なきたきゃなきなよ。なけるのはげんきなしょうこってじいちゃん言ってたし」
「……で、でも」
「わらいたいだけわらって。おこりたいときにおこって。なきたいときになくのが子どもだってさ」
「……」
「よくわかんないけどさ。じいちゃんよくうそつくし、言ってることぜんぶしんじてるわけじゃないけど。でもさ。すなおにしてろってのはスキだよ」
「でも……わたし……」
「ムリにしろとは言わないけどさ。でも、たまにはガマンやめたら? いまここにおこるやついないし」
「ぅ……ぅぅ……」
仰向けに倒れてる伊鶴のお腹に顔を埋めながら泣きはらす。
怒るのは悪いこと。泣くのは悪いこと。痛いことをされるのは自分のせい。嫌なことをされるのは自分が悪いから。
そう思っていたから我慢していたけれど。
幼いながら頑張ってきたけれど。
多美に伊鶴の行動と言葉がくれたのは。
子供として素直に泣くという。
普通のことだった。
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