第486話
「……ひっ。……やめ」
物心ついた頃には多美はいじめられていた。少なくとも、彼女の記憶ではそう。
見た目はラテン系混じりで派手な印象は持ちつつも、気弱な性格。人目は引きやすくもうじうじとしてたら当然ながら標的にもされやすい。
しかも、多美の地元にはたまたまアジア系ばかり。それが余計に彼女が浮いた原因と言える。
「え? な~に~? きこえなぁ~い」
「もっとおっきなこえだしてっていってるじゃん」
「むししないでよ!」
大人に限らず。子供に限らず。気弱な人間にやることなんて変わらないし。精神が未熟ならばなおのこと。
他者の気持ちに共感できなければ迫害するか。排除するか。はたまた人として扱わず玩具として認識する。
さらに言えば、知能の高い生き物は自分より下と感じた生き物を弄ぶ習性がある。
獲物で遊ぶイルカやライオン。もっと酷い例を上げるならクジラに遊びとして体当たりをするシャチ。
体重四トンの物体が時速五十キロでぶつかってくるなんて。される方はたまったものではないが、する方はただただ楽しい。
人間も同じ。いや、より顕著ではなかろうか。
自らの欲を満たすために。ただの遊びとして他者を平気で傷つける。貶める。想像するにもおぞましいことだって過去にも現在にも行われている。他種族を可愛いからという理由だけで飼うこともするし、食うために増やすこともする。
だから、多美がいじめられていたのも至って普通のこと。
むしろ髪を引っ張られたり、顔を叩かれたり、押されて転ばされたり、物を取られたり。その程度で済んでいたのなら実に平和と言えるのではなかろうか。
普通の中でも優しい普通。やってる当人たちも年をとって改めて過去を悔いることのない程度に優しい優しい普通のこと。
「ひ……っ。……ぐす」
けれど、やられてる方はいつだって。
「や、やめ……」
いつだって辛い。
「やめて……」
想像では大したことなくても。
「やめ……て……」
やられてる方はいつだって本気で辛い。
「え? なに? きこえないって言ってんじゃん!」
でも、どんなに頭の良い人間でも。他者の気持ちを性格に図ることなんてできない。
「言いたいことあるならはっきり言えって言ってんだろ!」
だからいじめだとか、大人の世界で言えばブラック企業のような使い潰しだとかがなくならない。
「やめてって言ってんだろ!」
けれど、希に。
「……ぇ」
「泣いてんじゃん! やめてって言ってんじゃん! 見えねぇの!? 聞こえねぇの!? 目と耳くさってんのかバーカ! かあちゃんの腹んなかにおいてきたってかぁ~!?」
「は? なんだよきゅうに!」
「かんけいないだろ!」
「そうだよ! どっかいってろよ!」
「ある!」
多美の一番の幸運は。
「わたしがきにいらん!」
その人に小学一年生の時に出会えたことだろう。
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