第461話

「さて、では我はこいつらを担いで帰るとしよう。ヤツを認識したお陰で抑制も剥がれたしな。クハハッ。早く今のこいつらと混ざってみたいものだ」

「……私も、色々と仕事が立て込んでますのでこれで。もっと忙しくなりそうですしね」

「私は紅緒きみが動いてからになりそうかな。人体実験やら人外実験の被検体サンプル待ちってとこかな? だからまぁ、しばらくはいつも通り、か。ってことで帰って自己改造じぶんみがきしてるよ」

 アノンが帰った今、三者ともに残る理由もない。

 紅緒は稲妻と共に去り、ネスもゲートの中に消えて行く。

 そしてリリンは二人を担ごうと――。

「……もう少し、このままでいさせてもらえる?」

「ん? 目が覚めたか」

 したところでカナラが目を開く。

 (意識の覚醒を捉えられなかったな。こいつ、もう既に一歩二歩進んでいるのか。いや、アイツが言うには楔が一度外れて戻ったと言うのが正しいか)

「それは構わんが。貴様、どこまでわかっている?」

「全部」

「そうか」

 簡潔。けれど完全に互いの意図を察した会話。

 リリンはアノンの存在や彼女に封じられたモノについて。それから先程の会話なども含めどこまでわかっているのかを尋ねた。

 そして、カナラはそれら全て承知していると。そう応えたのだ。

「楔とやらを打たれたらしいが? 何故覚えている?」

「打たれた場所を覚えて、外すことだけ忘れないようにしたってとこかな? 存在こころうちのことやから漠然と、曖昧としてるけれど。そう答えるしかあらへんね」

「ほう」

 一度、アノンの力が深くカナラの芯に行ったことでカナラは本来辿るはずの世界線の自分よりも強い存在になっている。

 例えば、前のカナラには星を侵食して己の思うがままに動かすことなんてできなかった。

 けれど今はできる。ならば、アノンに対しての対抗策も身に付けていたとしても。不思議ではないのかもしれない。

「ヤツは……気づいているか?」

「さぁ? こっち来るんも余裕あるわけやなかったようやし、まだバレてへんかもね」

「ならあとは我が隠そう。少し開けろ」

「ん」

 リリンとカナラはその場で互いに侵食。同調し始める。

 二人とも存在への干渉は手慣れたもので、スムーズにアノンの情報を芯から理解し、リリンは楔のレプリカを作成。アノンが仮にカナラに意識を伸ばして楔の有無を探ったとしても。もうバレることはない。

「ひとまずこれで誤魔化せそうか」

「わからんけどね。にしても、随分器用なものやね。流石やわぁ~」

「世辞は良い。繋がった後ならわかるぞ。貴様、我がやらんでもできただろ?」

「より早くなったしぃ、より良い偽物ものができたんやから無駄せじやないよ?」

「フン。まぁいい。我は帰る。そいつは任せたぞ」

「はぁ~い」

 リリンはゲートを開いて早々に帰宅。

「……」

 見送ったカナラは眠ったままの才へ手を伸ばし、自らのほうへ傾ける。

「……ん」

 そして、眠ったままの才の口へそっと触れて。そのまま倒し、膝の上に頭がくるよう寝かせる。

「……わたくしの、愛しいお人」

 口調は柔らかく。優しく。慈しむように。

 見つめる目は切なげで。悲しみと少しだけ憂いを残す。

「もう……忘れはしませぬ。このに代えても。貴方様と紡いだ思ひ出だけは必ずや。永久にむねに刻みましょう」

 アノンが仕掛けたであろう人払いの残滓の中。誰にも届かぬ決意示す言の葉。

 ……いや、誰にも届かないことはない。

 他でもない自身に向けた言葉なのだから。

 他でもないカナラという女に深く、強く、染み込んでいく。

 元より人から生まれながら人ならざる者。さらには神に等しき化物アノンに触れ。力を増し。自らの力を取り戻し。自覚したならば。もう誰も、彼女の大切な記憶ものを奪うこと叶うまい。


 ――そして、時は今に戻る。

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