第415話

バトルパート


   天良寺てんりょうじさい&ロゥテシア

      VS

   王酉おうとり里桜りお&イグルス



(あんな格好じゃちょっと気が抜けちゃうけど。相手は警報を鳴らすほどの契約者が二人もいる学園始まって以来の怪物一年生。学園に来てから不戦敗はあるけどあとは全勝。自分自身でも戦えることも周知されてるし、油断なんてできるわけがない)

 幸か不幸か。才は学園では有名人。

 E組なのに戦った試合は全勝。ある時期から自分自身でも戦闘に参加でき、契約者だけでも全員が苦戦したことがない怪物揃い。

 そんな相手がちょっとふざけてるような格好……少女を抱えていたところで戦力は変わらない。

 なんならその少女なんてつい先日警報を鳴らした挙げ句に施設を一つ潰している。ロゥテシアが苦戦してるとなったらいつでも参戦するだろう。

 ……そう里桜は考えているが、才としてはただコロナにせがまれただけで仮にロゥテシアが押されてもコロナを戦わせるつもりは毛頭ない。が、そんなこと里桜の知る由もないこと。

 付け加えるなら。夏休み明けから学園長との約束で自身を試合に使わないという約束も知らないので、才とコロナの二名が伏兵と考えている。

 事実はどうあれ、里桜にとってはそれが真実。なればパッと見子守りをしているようにしか見えなくとも警戒を緩めることはできない。

 そして里桜は一瞬抜いた気持ちを再び引き締めてゲートを開く。

「グルルゥ……――ッ」

 ゲートから姿を見せたイグルスは、ロゥテシアを見ると硬直する。

 今のロゥテシアは大型犬の中でもやや大きい種――セントバーナードなどが想像しやすいだろうか――くらいの大きさ。

 体高は一メートルあるかないか。体重百キロそこそことお手頃(?)なサイズに抑えている。

 そんな自分よりも小さなロゥテシアに、マナをそこまで繊細に感知できないはずのイグルスはありありと警戒心を露にしている。

(ほう? 思ったよりは勘が働くようだ)

 理屈ではない。ただの獣の勘。

 そんな不確定要素しか孕んでないモノでも確かな答えを出してしまう厄介な代物。

 けれど、今ロゥテシアの潜在戦闘力ポテンシャルに感づくのはイグルスにとって幸運なのだろうか。

 否、そんなわけがない。

 

 確定した死という未来。それに気づいた野性動物にとってはに至るまでが生き地獄。

「……」

「……イグルス?」

 今すぐ逃げたい。けれど許されない。いつもそう。

 

 

 そして今度は――退

 。そんな気持ちにさせられる。

 だから――。

「――――――ッ!」

 自らを奮い立たせて、甲高い声を上げながらロゥテシアを威嚇する。

 無駄だとわかっていてもやってしまう。強迫観念に追いたてられていく。

「……さて」

 そんなイグルスの内心を知ってか知らずか。察してか気づかずか。ロゥテシアはゆったりと歩みを進める。

「……っ」

 イグルスはそんなロゥテシアの佇まいに気圧され、里桜の指示が入る前に突風を巻き起こす。

 まぁ指示などなくとも問題はない。すでに開始の合図ゴングは鳴らされているのだから。

(さてさて。ロッテはどう対処する?)

 イグルスとロゥテシアは相性だけならばイグルスが有利と才は考えている。

 ロゥテシアは純近接型。物理攻撃しか持ち合わせておらず。マナも身体の一時強化と、才やリリンから見れば粗雑な空間歪曲しかできない。

 正確にはそれくらいしかマナを使って行えることがないのだ。

 だから、風という不可視のモノを操る……とまでは言えなくとも。使うイグルスはロゥテシアの苦手分野。

 対処方法は跳んで走ってかわすなり、力業でねじ伏せるなりすると思っていたのだが――。

「は?」

 あまりにも意外なロゥテシアの対応を見てしまったが為に、才から間抜けな声が漏れる。

 ロゥテシアの行動とは、マナによる空間歪曲。

 それも、普段自分を複数同時に存在させるような荒業でなく。きさらが見せ、結嶺が真似し、才がより巧みに使用したあの空間歪曲の方に近い。

 その応用として、風の向きを操作して左右に分けて自ら動くことなく対応して見せたのだ。

(まだ雑だけど、俺のマナなら気にならない程度の無駄ロス。あいつが試したかったのはこれか) 

 範囲攻撃に対する防御を得た――ように見えるが、まだまだ試験段階。

 なにせイグルス程度の力ではそもそも何をしようがロゥテシアに傷を負わせるのは不可能。

 本来のサイズから体が縮もうが今のロゥテシアは投影により上辺を繕ってるだけ。

 前と違ってネスにいじられたサイズに比例した膂力に落ちていない。

 つまりは――。

「イグルス!」

「――ッ」

 突風が効かないと見るや、イグルスは近接戦に切り替えてしまった。

 里桜もそのつもりで声をかけたし、二人の意思は一致している。

 実に素晴らしい。同調せずに思いが重なるなんてなんて素晴らしいことだろうか。

 が、それは選択が正しいときに限る。

(むっ。近づかれるのは少し困るな)

 ロゥテシアは体を横に向け、片足をあげてそして。


 ――ゲシッ


「「!!?」」

 蹴った。軽く。からを蹴った。

 けれどその威力は絶大。イグルス以上の突風が巻き起こり、暴風の中を飛び回れるイグルスも踏ん張ざるを得なくなった。

 たった二回。たった二回のアクションだけれど。

 里桜もイグルスもマナを知覚できるわけではないけれど。

 それでもわかる。わからされる。圧倒的な差。

 これで戦意喪失するなというほうが無理な話。

(でも、それでも私は……)

 はじめからわかっていたから。後輩に言われずとも。下馬評を見ずとも。

 里桜にはわかっていたから。

 だから――。

(イグルスには悪いけど。退けない)

 里桜が才に、ロゥテシアに立ち向かうための動力源。その気持ち。それはどこから来るものだろう。

 嫉妬? 羨望?

 もちろんある。たった数ヵ月であっさりと実力をつけて結果を出してるのだからあって当然。この学園の人間なら誰だって才を目の敵にしてる。だから本気で立ち向かおうとする人間は数少ない。

 けれど里桜も、この王酉里桜も数少ないその一人。

 理由はきっと……小さなプライドり。

 三年間。二年先に培ってきた先輩としてのプライド。

 召喚魔法師の学園の、その最上級生で最も優秀な成績を納めたという井の中の蛙としてのプライド。

 小さな小さなちっぽけな自分のくだらないプライド。

 を前にし、今もなお荒波に揉まれ続けている小さな自分かえる

 それがわかってて逃げない身の程知らず。大馬鹿野郎。

(それが私。王酉里桜。身の程弁えないで魔法にかじりついて。小さな世界で一番になったくらいで調子にのって。身の程知らずにも本物てんさいに立ち向かって。バカみたいな人生ガキ。それが私。そんなこと。目をそらしてたけど嫌ってほどわかったよ。だから――)

「イグルス……ごめんね……」

(最後まで。バカなことしてやるッ)

「最後まで付き合って……!」

「――――――ッ!!!」

 里桜はありったけのマナをイグルスに供給する。

 マナを知覚できずとも活力はみなぎっていき、一種の興奮剤がごとくイグルスの脳からアドレナリンが分泌される。

 先程までビビり散らかしていたイグルスも。パニクって無闇に接近しようとしたイグルスももうここにはいない。

 ここにいるのは、興奮しながらも冷静に目の前の天敵に噛みつこうとするイグルスだけ。

 窮鼠猫を噛むを体現しようとしている鷲頭の獅子のみ。

(お、今ので尻尾巻いて逃げてもおかしくないと思っていたが。中々どうしてゆうかんかじゃないか)

 が、現実とは残酷なもの。

 ロゥテシアにとってイグルスはウサギとでも例えようか。

 幼い獣に狩りを学ぶための手頃な獲物。

 つたないマナの扱いをマシにするための練習台。

 それがロゥテシアにとってのイグルス。少しばかりマシになっただけで、その結論は変わらない。

(まぁやる気になってるなら話は早い。試したいことはまだあるしな)

(ん? まだ他に何かしたいのか)

 ロゥテシアは再び正面に対するよう体を向け、才にマナを催促。

 マナを都度送るのも面倒なので、一括で送ることにしたのだがその結果。

「ば、ばかもんがぁい! こんな量持て余すだろうが! こっちはマナの扱い素人なんだぞ!?」

 怒られた。

 けれど才としてもこれは反論したいところ。

「お前がマナ欲しがったんだろ? それでちょっとばかし多いぞふざけんなってこっちの台詞だわふざけんなよテメェ」

「てめー」

「おい! コロナが真似しちゃったじゃないか! どうしてくれる!? ちゃんとしゃべれて偉いぞ!」

(叱ってんのか誉めてんのかどっちだよ。尻尾ぶんぶん振り回してっから喜んでるのだけはわかるけども)

 コロナの一件から若干情緒不安定な飼い犬に辟易としつつ。

 逆に考えれば情緒不安定だからこそ文句を言われたと独りごちることにした。

「ほら。良いからさっさと前向け前」

「わかってる」

 ロゥテシアは前を向く前にピョンピョン空を蹴り宙を翔け上がる。

「チッ」

 里桜の舌打ちの直後、ロゥテシアのいた場所にごうっと強い音と共に風が通りすぎた。

 話し込んでるうちに不意をついたんだろうが目で見なくともマナを知覚できるロゥテシアと才が相手では真正面から堂々と『攻撃しますよ』と宣言してるのと変わらない。

(外した。けど宙にいるなら――)

「な……あ、れ……」

「……」

「のやろう」

「やーろっ」

 里桜の思考は停止し。イグルスが困惑し。才の口角が上がり。才の言葉にコロナが釣られる。

 ……コロナは関係ないとして。他三名がそれぞれ異なるリアクションをしつつも原因はロゥテシアただ一人。

 今度はなにをやらかしたか。それは一目瞭然。

 何故なら今度はマナを感知する必要すらない。

 だって、ロゥテシアはただ――

 

(あ、あれは別の……。な、なんでできるの……? い、いや足場を作るだけなら人域魔法師もやってたからその応用で……。で、でも足場を一瞬作るのと持続させるのじゃわけが違うはず……)

 思考が戻り、考えを巡らせるとなんとかある程度自分を納得させることはできた。

 けれどそれは専門外だからこの程度で済んでいるだけ。

 例えば今相対してるのが結嶺、きさら、アレクサンドラなどであればもっと動揺していたはず。

 何故なら宙に留まり続けることができる人域魔法師は現在おらず。異界のなんらかの特性を持つ生物だからこその芸当だと思われているから。それが常識だから。

 だが今目の前で行っている異界の生物ロゥテシアは今までこの能力を披露したことがない。

 隠していたともとれるが、今の動揺した里桜から出る答えは奇しくも正解の方で。

(この前の試合を見て学習した……ってこと? 見ただけで会得したの……?)

(ま、リリンは先に軽く試してたし。その経験値じょうほうも俺を経由してロッテに経由してるから。慣れてなくても正確なさえわかってれば勘の良すぎるあいつが猿真似できないわけがない。犬だけど)

「わんわん」

「……思考に割り込むな」

 目をそらしながら誤魔化すコロナを見やりつつ、すぐにロゥテシアに視線を戻す。

 と、いっても。もう終わらせる気満々のようなので才の興味はもうさほど向けられてはいないのだけれど。

 代わりに哀れみが面に出るくらいには。

(よし。では最後にこれを試して終わろう。あまり怖がらせるのも忍びない)

 ロゥテシアは目を見開き、全神経を集中させる。

 マナによって作り出すのは歪曲した空間。それを用いた道筋。

 そして道を作ったならば次は――。

「身構えろ」

「「……っ!?」」

 低く小さい声での警告は里桜とイグルスに恐怖を与える。

 が、同時に里桜には怒りが沸き上がってくる。

(先に攻撃するって宣言なんて。余裕じゃない。当然っちゃ当然だけど。その資格もあるけど。やられて気持ちいいわけじゃない)

「なめないで! イグルス!」

「……! ――ッ!」

 里桜の声に呼応しイグルスは風を纏っての防御体勢。これならば大概の相手からの攻撃は防げる。

 これで防いだら隙を作るためにまた突風をと策を練っていく。段取りを決めていく。

 従来のレベルの相手ならばそれで良かったけれど。

(ひーふーみーっと。十いくつのを複数か。ってなると)

「……!」

 ロゥテシアはイグルスの防御が完成するのを見ると歪曲した空間に足を踏み入れる。

 次々に別の歪曲した空間を渡り歩き一瞬で風の壁までいくと。

「――!?」

 一蹴り。

「――っ!?」

 二蹴り。


 ――ゲシゲシゲシゲシゲシゲシゲシッ


 一発一発。丁寧に丁寧に。

 加減してるとはいえロゥテシアの蹴り。先程よりもさらに加減してるとはいえ気を抜けば風の壁が一瞬で消し飛ぶほどの剛脚。防御以外に回せるリソースなんてあるわけがない。

 このままではジリ貧なのは目に見えてる。

(な、なにか策を……。なにか考えなきゃ……!)

 考えて考えて考え抜いて。

 考え抜いたところでなにも出ない。今まで力押しで戦ってきたツケだ。

 土壇場での底力が必要なかった里桜のツケ。勝つために努めることを怠った報い。それを今払わされている。

(たった数日じゃ無理だよ……)

 佐子との試合で策を練る。謀る。その脅威は学べた。けど遅すぎた。足りなさすぎた。

 な彼女じゃ。たった一度の学びではすぐに変われない。

「――ッ」

 そしてついに風の壁は蹴破られ、あとはロゥテシアがトドメを刺せば終わりというところで。

「棄権……します」

「あれ」


『王酉里桜の棄権宣言を確認。勝者、天良寺才』


 里桜の棄権により呆気なく終わりを告げた。

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