第369話
日本から米国行きの飛行機の中。
真剣な表情で自分の右手を眺めるアレクサンドラ。
アレクサンドラの手はまるで歪曲した空間に手を突っ込んでるかのように不自然に、そして不規則に動く。
ファーストクラスを貸し切りにしているので誰から見られるわけでもないが、少々不気味な光景と言わざるを得ない。
「やっぱり……」
手の動きが止まる。アレクサンドラがマナを納めたからだ。
行っていたのは連続の空間短縮。
きさらや、結嶺が使っていた、魔帝でさえも出来ない者が多かった魔法。
当然アレクサンドラも空間を歪めることまではできても、意図的に距離の短縮はできなかった。
それがきさらと結嶺の試合でその目にし、さらに結嶺との一件でクレマン・デュアメルを調べ、相対することを想定して久方ぶりに本気でトレーニングをしたときから突然使えるようになっていた。
(不自然。不自然なまでの成長だよこれ。いったい私に何が起きてるんだろう?)
突然才能を開花させることは珍しいことではない。
しかし、アレクサンドラの勘の良さが違和感を訴えている。
その違和感を証明するかのように、先日ある人物から連絡が来ていた。
(私だけじゃなく、あの人までってなるといよいよおかしいからね。ま、たぶん会ってもこの違和感はきっと解消されないだろうけど)
それでもある人物に会おうとしているのは単に鍛え直すため。
相手は現役二番手の実力を持つ魔帝。アレクサンドラでは歯が立たないだろう。
だが、それがわかってても戦う。
自分の心に従って。
(勝てなくともあの男にしこたま……いや、一発はぶちこまないと気がすまないしね。
現役を引退してるとはいえ、アレクサンドラも魔帝が一人。
サンドバッグになるためだけに戦うつもりじゃない。
(でも、病院くらいは覚悟しないとね。いや、あの男の場合躊躇なく殺しに来るかな。プライドも価値観もガキ大将だし。性癖はファ○ク。あー腹立つ)
顔を浮かべるだけで不機嫌になる。
本来そこまで関わりもないし、アレクサンドラの性格上そこまで人を嫌うことはない。
にも関わらずクレマン・デュアメルだけは許せなかった。
いや正確にはもう一人、許すつもりはなかった。
(他人の家庭事情に首突っ込むのもどうかと思ったけど、もしボーイが失敗してたら殺しに行ってたね。確実に)
これは才たちの父である総一のこと。
自分の子供を変態を釣る餌にする非人道的な行為をした男。
もし、アレクサンドラが才やその母にした仕打ちも知ったら今から日本へとんぼ返りして殺しに行ってるだろう。
まぁ、その必要はないことはわかっているけれど。
(ボーイからの連絡ではあの後父親を施設に入れて、最低限の荷物は知人に送りつけて、土地は引き払ったらしいしね。施設に入ってから廃人になったって聞くし、ボーイももう関わるつもりはないみたいだから本格的に私の出番はないね。良くやったぜボーイ。しっかり父を超えたな)
さっきまで不機嫌だったのに、少し上機嫌になる。
邪険に扱われることは多くとも、なんだかんだ才のことを気に入っている。
その才がやることやりきってるのだから喜ばしいのだろう。
(まだ完全に決着はついてないけどね。それもまずはお互い前座を勤めてからにしようじゃないか)
才はリーグ戦。アレクサンドラはクレマン・デュアメルとのイベントマッチ。
その後に才とデュアメルの戦いがあるだろうと、アレクサンドラは睨んでいる。
(前座でこけるなよボーイ。私みたいにさ)
己の未来を浮かべて苦笑する。
わかっていても。決まっていても。未来形だとしても。やはり敗北するというモノは受け入れがたい。
アレクサンドラにだってプライドがあるから。
いやアレクサンドラでなくとも、敗北を容易く受け入れられる生物などそうはいないだろう。
(それでもやってやる。やらなくちゃいけない気がするから)
アレクサンドラの直感は、たとえ敗北しようともクレマン・デュアメルとの戦いを望んでいる。
理由は本人ですら、理解することはできない。
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