第325話

(わた……し、倒れて、る……? よな? たぶん……。起きなきゃ……。体が……動かない……? 目も……空いてるはずなのに、ボヤけてる……。あれ……? うっすら赤いな……。それに、あったかい? 寒い? 変な感じ……。あ、体が痛いな……? 筋肉痛……もだけど。もっとじんじんしたようなのがあちこちで……。あぁ、そうか……。斬られたの……か)

 朦朧とする意識、もやがかかったかのうに曖昧な思考で現状把握に努めようとする。

(ニスニル……は? ……ダメだ。繋がりを、感じない。もう、マナも感知できない……)

 懸命に把握していこうとし、理解できてくる。

(私の……負け……か。まだ、届くことはできなかったのか……)

 血の水溜まりに、夕美斗の涙がこぼれ、混ざり始めた。

(ごめん……瞬。わがままに付き合ってもらったのに……。結局昔と同じになってしまいそうだ……。ごめんニスニル……。相当無理を強いていたのに……。私が至らぬばかりに、勝てなかった……。柄にもない煽りなんてしたのに……無駄だった……)

 夕美斗の瞬へ向けていた挑発の数々。あなんなもので瞬が動じるなんてさらさら思ってなかった。

 なら何故やったのか。それは己を追い込むため。自分を鼓舞するため。奮い立つためにやっていたこと。

 臆病になってしまっていた夕美斗は、そうでもしないと逃げ出しそうだったから。やらない方がむしろ不安で押し潰されそうだったから。

 その甲斐はあって、夕美斗は真正面から瞬と相対することができた。力尽きたとはいえ同等以上に戦うことができた。

 十分だろう。もう十分だろうよ。そう、思っているだろう。夕美斗本人以外は。

(くそ……っ! 何で私はこんなにも……駄目なんだ……)

「……!」

 ふと、地面から足音が聞こえた。

 今、この場で歩けるのはただ一人しかいない。

「ま……ばた……きぃ……」

 夕美斗は必死になって頭を動かす。瞬へ目を向けるために。

(見て、どうしようっていうんだ……? 私はもう動けないのに……。敗北は……決まってるのに……)

 無駄なのはわかっている。無意味なのはわかっている。

 でも。それでも夕美斗は瀕死の体で、せめて頭だけでもと動かす。

 理由はわからない。ただ、瞬へ目を向けたかった。

(こんなことに……意味……なん……て……――)

 瞬の背を見た瞬間。夕美斗は無意味な行為に意味を見いだした。

(良か……った。目を向けて、良かった……!)

 ほとんどまともに見えちゃいない。でも、目を向けた瞬間わかってしまった。

 夕美斗だけは瞬の気持ちを察することができる。理由なんてわからない。わからないけど、察することができるんだから仕方ない。仕方ないんだ。

 その背中から寂しさと悲しさを感じてしまったんだから、立ち上がってしまうことも仕方ない。

(瞬……! お前、私が見ていないと思って油断したな……? 気が緩んで本音を出したな……? 駄目じゃないか……。そんな気持ちを、そんなに強く出しちゃ。私の前で出したら駄目だろ……。勝ちを捨てることになるんだぞ……? なぁ……。瞬……)

 膝が笑う。

 だからなんだ?

 前が見えない。

 だからなんだ?

 出血が酷い。

 だからなんだ?

 全身傷だらけで、ズタボロで、痛くて痛くて堪らなくて。今すぐぶっ倒れて意識を手放したい。

 だからなんだ?

 それら全て、夕美斗にとって些細な事になってしまった。

(私はお姉ちゃんなんだぞ!? 応えなくちゃって! 思ってしまうだろう!?)

 瞬から感じたモノはそれほどまでに、濃厚な心の痛みで。溢れんばかりの涙を思わせる悲しみを宿していて。

(死んでも! 私は! 勝つ! ここで勝たなきゃ! いけないんだよ!)

 今すぐ、止めなきゃと思ってしまった。姉として。止めてやりたいって。思った。

「……!?」

 瞬間。夕美斗の髪は再び灰色に染まる。ニスニルがまた夕美斗と存在融合を行ったのだ。

(いってらっしゃい……夕美斗……。もう背中を押すことしかできないのが心苦しいけど……)

(いいや、ニスニル。助かるよ。十分過ぎるくらいの応援だ。ありがとう。本当にありがとう。大好きだ)

 夕美斗は空間を短縮し、一歩踏み出す。

「ま……ば……た…………きぃ!」

「!?」

 夕美斗の声に振り向く瞬。

 完全に油断していた瞬は反射的に刀へ手を伸ばし、そして――。

「がふっ!?」

「……っ」

 夕美斗へ背を向けたまま。腹へ、刃を突き刺した。

「ん、ぐぅ……!」

 夕美斗はそれでも怯まない。

 瞬に近づいた時にはニスニルとの繋がりは断たれていたけれど。腹に風穴が開いたけれど。夕美斗は止まらない。

 瞬の体を引き寄せ、身動きを取れないようにして後ろから首を掴んだ。

「ぁ……」

 腹を刺されたとはいえ、夕美斗はまだ動いている。

 しかし、瞬は?

 首を掴まれ、生殺与奪を夕美斗に握られてしまった。

 つまり――。

「瞬……」

 夕美斗はゆっくり瞬の顎を持ち上げ、自分は見下ろし、目を合わせる。

 それから、精一杯の笑みを浮かべて言ってやった。

「私の……勝ち……」

 そう最後に言い残し、夕美斗は意識を失う。

 コツンと触れた二人の額は、不思議とお互いに心地の良い温かさを残した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る