第251話

「「はぁ……はぁ……」」

 息を荒げて仰向けに倒れてる女子二人を眺める俺。結構ヤバイ構図。

 これは早々に退散したほうが良さそう。

「じゃ、俺はこれで」

「どぅえェ~!? ほ、放置!? 放置かァ!? 美少女二人放置して去るって鬼畜過ぎんかァ!?」

 んだよ元気じゃねぇかよ。うるせぇな。

「なんだよ。まだ用あんのかよ。まだまんぞくしてないんですか~?」

「あ、いや。もう十分だぞォ~……。わがままに付き合ってもらって感謝感激雨万雷」

 万雷の雨とか洒落にならねぇな? 霰でも大概なのに。

「むしろ退屈な時間を過ごさせてしまったことを深くお詫びだぞォ~……」

 詫びるつもりがあるならまず起き上がろうか? 寝転がったままとか謝る態度じゃねぇからな。そうさせたのは俺だけど。

「私も……お付き合いいただいたのにこんな体たらくで……ごめんなさい」

 そうね。お前最初はそこのピンクの案内だけだったのに混ざって来たもんな。だからちょっとこっぴどくお仕置きしてやったんだよ。ざまぁみさらせ。

「で? 他にはねぇな? じゃあ帰る」

「あ、きさらたちも帰……りたい」

 じゃあ帰れば良いじゃん。なんで願望口調?

「お、起き上がれないんだぞォ~……」

 さいですか。思ったよりも強めにいっちゃったかな? ごめんごめん。でも喧嘩売ってきたのお前らだし自業自得だわな。

 とは言いつつも。動けないヤツを放置するのは気が引ける。ちくしょう。どこまでも面倒だな。

 これであの空間歪めるやつが役に立たねぇもんだったら本当に放置してたとこだわ。

「ほんっと仕方ねぇな……」

「んェ!? どみやァ!?」

 奇声をあげるな。抱き上げただけだろうが。

「お、おひめさ……お姫様抱っこ……っ!」

 いやそうだけどさ。結嶺よ。お前もなにうろたえることがあるのか。

 つか動けなかったらこう抱えるのは普通じゃね? たぶん。

「寮までいったら下ろすからな。あとは迎えでも呼べ」

「……」

 顔を真っ赤にしながらコクコクうなずいてる。初対面で胸押しつけてきたビッチとは思えない初心うぶさで笑う。

「じゃ、いくぞ」

「あ、あー。わ、私もう、動けません。ど、どうしましょー」

「……」

 驚くほど棒読みだな我が妹よ。嘘ってバレバレなんがぁん?

 なに? お前も抱っこしてほしいの? おんぶは嫌がってたくせに。やっぱまだ甘えたいんですか?

「……」

 期待したような目をチラチラ向けてくんな。うざいな。置いていきたい。

 かといって、このまま無視したらすねそうだしな……。

「はぁ……しょうがないな……」

「……!」

 仕方ないので結嶺の方に歩みより、一度きさらを下ろして、それから――。



「「「……」」」

 寮に戻ると、視線が痛い。皆怪訝そうな目で見てきやがる。お陰で俺も結嶺たちも無言だよ。無言なのは抱えてかからずっとだけど。

 でも、そらそうだよな。人域魔法師二人といたらここじゃ嫌でも目立つ。特にきさらは夕美斗ボコボコにしてたし。皆怖いよな。うんうん。

「これは、なんか違うんだぞォ……」

「確かに二人抱えるにはこうなるのも頷けますけども……」

「なんの話?」

 やっと口を開いたかと思いきや。まずはお礼を述べるべきだと思うぞお兄ちゃんは。

「なんの話って……この状況のことだぞォ~……」

「ん? 視線が痛いな」

「ごめん間違えた。状態って言うべきだったぞォ~」

「……?」

 本気で何を言いたいかわからない。あれ? 俺頭良くなったはずなんだけどな。遺伝子レベルで。ひょっとして勘違いだったんだろうか? それとも思ったよりリリンがバカだったんだろうか? ……あり得るな。

「いや、あのね? 運んでもらってこういうこと言うのもアレなんだけれどもね? 他に特に方法がないとしてもね? それでもきさらは物申したい気持ちがあるんだぞォ~?」

「回りくどいな。ハッキリ言えよ」

「女の子二人小脇に抱えて運ぶのどうかと思う。荷物じゃねェんだぞ?」

「……………………あ~」

 なるほど。確かによく考えたらおかしいわ。

 いやもう納得だね。俺も脇に女抱えてる男いたら見るわ。頭おかしいなぁ~って思いながら。

「兄さん……気づくの遅くありませんか?」

「……うっせ」

 そもそもお前らが自分の足で歩いてくれたらこんなことにはならなかったんだよ。

「つか寮についたし下ろしても――」

「なにやってんだお前ら?」

 完全にヤバイヤツの俺に話しかけてきた勇者は……結嶺のチームメイトのジンなんちゃら。

「どこにもいねぇから探してたら……本当どういう経緯でそうなった?」

 なんとも複雑な顔で見てきやがるね? 眉寄せて口ひねくらせて。どういう感情かわかんねぇけどネガティブなことだけはわかるわ。

 でも困ったな。理由を教えたくない。こんな人通りの多いとこで人域魔法師二人のしてきたとか――。

「ちょっとお願いして殴り合ってきたんだぞォ~。したら二人がかりで足腰立たなくなるまでボコボコにされた――はぶ!? なにすんだぞォ!?」

「うるせぇバラしてんじゃねぇ」

「あだだ!? 痛い! 痛いぞォ! ケガ人落とした挙げ句蹴るってとんでもねェ仕打ちだぞォ!?」

 お前がバラしたから余計注目集めたろうが当然の報いだバカ。

「いや、ちょっと待とうかマトウダイ……。きさらさらさら茶漬けと結嶺が二人がかりって時点でリンチじゃねぇかメンチカツって感じなのに……」

「その二人を一蹴って……本当に人間?」

「は、ははは……。どんな悪い冗談だ? にわかに信じられんのだが?」

「しかもテメェは特にダメージ負った様子もねぇ……。あり得ねぇ。そんなヤツがなんで人域魔法師にならなかったのも解せねぇ」

 他の三人はともかくこの中国人ガラ悪いな? 顔こっわ。

 それに他の三人も興味津々って空気が出てやがる。これ以上絡まれて飯の時間遅れるの嫌なんだけど。

 よし! これはさっさと逃げるに限る!

「テメェちょっとこっち来――」

「断る。よっと」

「ひゃ!?」

 結嶺を抱え直し、お望みのお姫様抱っこに。顔真っ赤にして可愛いヤツ

「ほら。パス」

「わっ!? 兄さん!?」

「あ!? ちょっ!? いって!?」

 一番厄介そうな中国人の女に結嶺をパス。

 ちゃんとキャッチしたけど痛そうだ。

「だ、大丈夫ですか雨花さん!? 交流戦でのケガに響いたんじゃ……」

「き、気にすんな……。両手の甲剥離骨折。右手首複雑骨折。左手首粉砕骨折。両肘毛細血管破裂。両前腕亀裂骨折しかしてねぇ。結嶺抱くくらい余裕だわ余裕」

「重傷じゃないですかなんで持てるんですか……!?」

「汗ダラダラなんだぞォ~。無理すんなァ?」

 本当だよ。ちょっと罪悪感だよ。ごめんな。

 つか、なんだかんだ伊鶴もやることやってんじゃん。良かったな。試合中はわからなかったけど相当追い詰めてたみたいだぞ~。教えてやんないけど。

 それはそれとして、あの様子ならもう追ってこれまい。この隙に去るとしよう。

「じゃ、俺はこれで」

「あ! 兄さん! 連絡先!」

 お前目の前で重傷の人間が歯食い縛って自分抱えてんのによく聞けるね? 薄情者め。

 ま、俺が思ってるよりもブラコンみたいだし? そこはちゃんとしてやるよ。

「ん」

 結嶺に見えるように端末を操作。メールを送ってやる。

「え、あ、あれ?」

 俺からのメールが届いて驚いてるようだな。知らないうちに連絡先交換されてたら驚くわな。

 お前らを抱えて歩いてるとき、影使って俺とお前の端末操作しといたんだよ。

 本当はバラすつもりなかったんだけどな。連絡先知ったらまためんどくさいことになるかもって思ったし。

 でもここでとぼけて逃亡する前に聞かれたら答えるしかあるまいて。でないと今度は結嶺が床這ってでも追ってきそう。妹ボコしてる兄でもそんな姿はさすがに見たくないわ。

 まぁでも。長期休暇入っても実家に帰るつもりないし。またしばらく会えなくなるだろうからな。

 もしあいつから連絡来たら……たまには応えてやろうかな。



「ただいま……っと。おかえり」

「おう。戻ったぞ」

 部屋に戻るとリリンがいた。変な格好で。

「あ、坊。おかえり。用事はもうええの?」

「あぁ。終わった」

「じゃあすぐご飯にしよな。もう少し待ってな?」

「あいよ。頼んだ」

 むしろ待たせたのは俺のほうなんだけどね。なのに待ってと断りを入れる辺りさすがカナラ。ナチュラル良い女。

「にゃーにゃー! あぶ!」

 走ってきて勢いあまり俺にぶつかるコロナ。別にぶつかるのはいんだけどもう少し下だったら頭が股間に当たってたぞ? 気を付けて?

「よいしょっと」

「にゃーにゃー♪」

 抱っこしてやるとす~ぐご機嫌。ハッ。ちょろいぜ。

 今からリリンとちょっと話したいからそのまま大人しくしてろ。

「で? お前なんでそんなになってるわけ?」

 全裸でも別に驚かないし、ドレスとかその他コスプレでも驚かない。

 ただ、さすがに今回はちょっと驚いた。

 だってさ? こいつ片腕なくしてるんだぜ?

「また生えるだろうけど。お前もう全力出せるんだろ? それでそのケガは異常だと思うんだが?」

「クハ。まぁな。向こうで色々あったんだよ」

 そら腕無くすようなことだもん。なにもなかったってほうが無理あるわ。

「これから飯だしな。土産話を聞かせてやるよ」

「そりゃどうも」

 めっちゃ嫌な予感しかしないけど。聞くよ。なんとなく。俺にも関わってきそうな話だしな。



 星々照らす青白い砂漠にて一人佇む精巧な人形ドールが如き美しき少女リリン

 荒れた地にドレスを着た少女という図はある種幻想的にも見える。

「やっと来たか」

 呟くと同時にリリンの元へ飛来する三つ……いや、二つの影。

 一つは途中で方向を変え、どこかへ消えてしまった。

(チッ。一匹勝手にどこか行きやがった。全部我が喰ってやろうと思ったのに。クソ。取っ捕まえたいところだが、追ったところで目の前の二匹ご馳走が疎かになるだけ。向こうにはヤツがいるからな。我が行く前に仕留めるだろう。……はぁ~。仕方ない。こいつらだけで我慢してやろう)

「「……」」

 砂煙さえ上げずに着地した影の塊。黒きモノ。二匹は溜め息をつくリリンを、まるで値踏みするかのように様子を見ている。

「なんだ? まるで自分達が捕食者のような振るまい。傲慢な事だ。図々しい」

 リリンは首のリボンを外し、影を使ってリボンで髪を後ろに纏める。

 特に理由はないが、強いて言えばそういう気分だったから。

「では始めようか。格下。ちゃんと加減はしてやるから全身全霊死ぬ気でかかって来い」

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