第205話

「……」

 学園長室にて、一人の生徒の演習試合の録画を見ている部屋の主――刃羽霧紅緒。

 動画を眺めながら、彼女は少し残念そうな顔を浮かべていた。

(彼には私と同じ道を歩んでくれることを期待していたけど。完全にやめる道を選んだんだね)

「ふぅ……。仕方ないか。それが彼の選んだ道なのだから。私は教育者として彼の目指す場所へたどり着くための手伝いをしなくちゃ」

「随分大きな独り言だな。それとも私は聞き流した方が良かったかな?」

 紅緒の言葉に反応したのは売店にいる皆のマスコット。通称寅次さん。相も変わらず見た目に反してダンディな声をしている。

「返事を期待してのことですので。無視されたら傷ついてたと思います」

「君は何年経っても精神が弱いな……。心配になるよ」

「あ、あはは~……」

 誤魔化すように笑う紅緒を優しい目で見つめるぬいぐるみ。

 まるで父親のように優しい目だが見た目はやっぱりぬいぐるみ。

「それで? さっきから彼の戦いを見ていたようだが? 何か思うことでも?」

「あはは――ええ。彼はどうやら私達とは違う道を進むみたいです。なので手伝いたいとは思うんですが……。少々問題が……」

「ほう? それはどういう?」

「彼はすでにこの学園において逸脱した強さを持っています。他の子達の心を折りかねないほどに」

 本人も契約者も学生の域にいない事に対して紅緒は困っている。実力差がありすぎてしまえば演習の意味がない。

「なるほど。だが答えは簡単ではないかね?」

「それは……そうですけど……」

「ふむ」

 言い淀む紅緒にちょこちょこと歩いて近づく寅次。やはり声に反してコミカルだ。

「迷っているのかい?」

「本当に彼の為になるのか……不安で……」

「やってみなきゃわからない。君はいつだって手探りでやってきただろう?」

「……ですね。もしも間違っていたらたくさん謝ることにします」

 紅緒は決意を固め、一人の生徒にメールを打つ。



「くそ~……。体痛い~……。頭クラクラするぅ~……。しんどいよ~……ひもじいよ~……」

「お腹空いてるのかい? エナジーバーならあるよ。ほら」

「いや別にそういうわけじゃないんだけどなにこれまっず!?」

 イベントが終わり、伊鶴が目を覚ますのを待っていたら帰りの時間に。

 今は港で最後のあいさつをしてるところなんだが……。

 またアレクサンドラと伊鶴がじゃれあってるわ。本当仲良いなお前ら。

「あっはっは! そらそうだろう! なにせ不味い物でも食えるようになるためのトレーニングエナジーバーだからね! 今回はラズベリーレアチーズケーキ焼き肉のタレ風味だったかな?」

 ……なんてもの食わせてんだこの人。グロッキーだった伊鶴がさらに追い詰められてんぞ。船に乗る前から船酔いしてるみてぇな顔色になってる。はは。ざまぁ。

「そろそろ時間だお前達。船に乗れ」

「「「うぃーっす」」」

 先生に促され、アレクサンドラと軽いあいさつをしてから船に乗り込む。

「で? あの件だが……本気か?」

「ん? オフコース。だから話は通しといてくれ。こっちから連絡を取っても良いんだが。彼女は意外と小心者だからね。私からメールの一つでもくれば泣き叫ぶんじゃないか?」

「少なくとも冷や汗をタラタラ流しながら胃痛に悩むだろうな」

「だろう? だから頼むよ」

「俺の口から聞いても同じだと思うがな……」

 最後になにやら不穏なやり取りをしてから先生も船に乗る。

 まぁ気にしても仕方ないだろう。俺に害が無きゃどうでもいい。

 ……ないよな? たぶん。

「じゃあなエブリワン! 近いうちにまた会おう!」

 ……嫌な予感が加速しました。もうなにも考えたくねぇ。

 な、何はともあれ。バカンスはこれで終了。夏休みも今夜寝たら終わり。

 振り返ってみると……休んだ気がまったくしねぇな。

「ん?」

 船内へ入り部屋を行こうかと思ったら端末にメールが届く。なんだ?

『天良寺くん。話したいことがあるので学園に戻り次第演習場へ来てください。リリンさんも同行していただければ幸いです』

 送信主。刃羽霧紅緒学園長……って。

 これはまた……最終日ですらゆっくりできなさそう……。



「休暇だと言うのに呼び出してしまってごめんなさい」

「いや別に……はい」

 学園に戻り早速呼び出しに応じると。まず謝罪から入られた。

 学園のトップに頭を下げられると居心地悪いからやめてくんねぇかな。

「前置きは良い。用件は?」

「あ、はい。そうですか。では早速お話します。はい」

 こういうときだけはリリンがいて良かったって思うね。物怖じしないし。率直だし。

 いやまぁ一番おっかないのがこいつだしな。誰が逆らえるんだって話だわ。

「それで今回お呼びしたのはですね……。天良寺くんと賭けをさせていただきたく……」

「は、はぁ……。賭けッスか……」

 な~んでまた賭けなんてって思うけど。学園長の顔は真剣そのものだし。茶化せる雰囲気じゃねぇな。元々真面目な人だし。ふざけてこんなこと言うわけないしな。

「わかりました。それで内容は?」

「私と天良寺くんの一対一で戦いましょう。負けた方は勝った方の言うことをなんでも聞くっていうわかりやすいので」

「……」

 本当に古典的な内容に思わず絶句したわ。

 あ~でも。だから演習場に呼び出したわけね。納得。

「では早速始めましょうか。あ、リリンさんは少しだけ離れていてくださいね」

「邪魔ですもんね」

「滅多なこと言わないで……っ」

 ごめんなさい。そんな死を覚悟する寸前みたいな表情にならないでください。可哀想を通り越して怖いです。

「構わん。一対一サシなのだから邪魔なのは当然」

 そう言ってリリンは離れていく。

「はぁはぁ……そ、それじゃあ……始めましょうか……?」

「は、はい」

 とは言うものの。大丈夫なんだろうか……?

 この人もうすでに疲れてるみたいだし。魔帝とはいえ召喚魔法師だから自分で戦うのは苦手なんじゃないか? これから召喚するのかな?

 いや、でも。一対一でつってるし。契約者であるリリンも離れさせてるし。俺と学園長がやる……んだよな?

 だ、大丈夫なのかな? これ賭けになってるのか?

 まぁでも。学園長から言い出したことだし。賭けだし。とりあえずはやってみてから考えるか。

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