第204話

「クキャ!」

 会場がどよめく。

 最初は驚き、そして蔑み始めた。

 身の程知らずだと。その枠を寄越せと。魔帝の戦いを見られるはずだったのに一人分消化試合だの。言われ放題だ。

 それはそうだろう。

 誰も思わなかったはずなのだから。

 非公式とはいえ、召喚魔法師落ちこぼれが魔帝の前に立つなんてそんな事。刃羽霧紅緒たった一人しか成したことがないのだから。

「好き勝手言われてますね……。肩身が狭いです」

「言いたい人達には言わせておけば良いさ。と言いつつ、少し前なら私も気にしていただろうが」

「すぐに見返してくれるさ。ミス伊鶴は強いからね」

「あんまり誉めたくないけど。あの子は間違いなく一握りの天才だからね。絶対本人には言ってやらないけど。調子乗るから」

(負けず嫌いなあんたには絶好の大舞台だよ。見せつけてこい親友)


「おうおう。沸いてら沸いてら」

「気になる?」

「いんや。大観衆なんかより目の前の妖怪サンディのが一万倍怖いし」

「……なんか変なニュアンスを感じたぜ?」

「気のせい気のせい」

「リアリィ?」

「リアリィリアリィ」

「あ、そう。まぁそういう事にしといたげよっかな。これからもっと怖い思いさせちゃうかもだしお先にサービス♪」

「それどうも。でも、こっちも怖い思いさせちゃうかもだけどな!」

(ん? 戦闘体勢に入ったのにグリモアを出さない……? 紅緒以外でもできる人間がいるのか!)

(驚くのは早いぜサンディ。こっからが本番だかんね! ついでに有能面かまして他人見下してるテメェらも黙らせてやらぁ!)

「初お披露目だぜ! 限界同調オーバーシンクロ! 一時竜化ハウちゃんインストール!」


「……っ!」

「クハ♪」

 伊鶴の変化を正確に感じ取ったのは才とリリンだろう。周りの人間のほとんどもなにを叫んでいるのかと訝しんでいるだけで何もわかっていない。

 だが、それは仕方ない。責められない。見た目は一見何も変わってはいないのだから。

 しかし、才とリリンだけは理解している。

 伊鶴は今あの場において事を。

(あ、あいつ何をしやがったんだ……? 元々マナの質はかなり人間離れしてたし。量もなんでE組に入ったのかもわからないほどバカげた量も垂れ流せる。だけど、今はもうそんな話じゃ留まらないぞ? あれはもう)

(面白い事になってきてるなぁ~。こいつの成長だけでなく。他にも我に近い所まで来そうなのがチラホラいる。生物として劣等種かと思えば中々どうして。人畜生にも面白いのがまだまだいそうだ)

「匂いが変わったな。今のあの娘にはあまり近づきたいと思わないぞ」

「……」

 ロッテとコロナも何か感じ取っているようだ。

 マナを知覚できる二人程じゃないが、それでも相対せば危険な相手と認識している。

 そして、伊鶴の危険度評価を上げたのがもう二人――。



(叫んだ直後から肌がピリピリするよう……。召喚魔法師のはずなのに怖いとさえ感じる……)

(やれやれ……。伊鶴。もうその次元に立つかよ。もしかしたら紅緒にもすぐに追い付くんじゃないか……?)

 伊鶴が行ったのは存在の同調を限界を超えて行う行為。存在の簡易融合である。

 簡易融合を行う事で伊鶴にはハウラウランのマナとハウラウランの持つ能力が概念として発現している。

 よって見た目は変わらずとも、一時的ではあるが身体能力などが大きく上昇している。ハウラウランも同様である。

 ただし、代償は大きい。

「……くっ」

 苦悶の表情を浮かべる伊鶴。それはそうだろう。自分の存在を曖昧にしているのだから。自我を保つので精一杯のはず。

 しかも才と違いネスやリリンといった補助役がいない。自分だけで辿り着いた境地故に未完成で危うい力なのだ。少しでも加減を間違えれば伊鶴かハウラウラン。または両方の存在が崩壊してしまうだろう。

(やっぱちょっとしか持たなそう。説明雑談する時間も作れなさそうだわ。さっさとぶっ飛ばしに行かなきゃ!)

「……っ!」

 覚えたての人域魔法を使い急加速。

 今日一番の速度で肉薄されてアレクサンドラの反応が遅れる。

(はっえー! 超速ぇよ伊鶴! 正直訓練を見る限りじゃ中の下。浜辺で改めて見て少し見直したけど。私の目は節穴だった! お前は最高にイカれてるぜ! だから! 全力で迎え撃とうじゃないか!)

「そら!」

「んがっ!?」

 真っ直ぐ突っ込んできた伊鶴の顎をアレクサンドラの拳が突き上げる。見事なアッパーによるカウンターだ。

「ん?」

 だが、違和感を感じる。手応えが有り過ぎたのだ。

(この感触……。人間の脛椎けいついじゃない!)

「にひぃ~♪」

 余裕の笑みを浮かべる伊鶴。接触部分に痛みはあるが、伊鶴の脳も首もノーダメージだからだ。

 伊鶴の首の丈夫さは現在においてハウラウランのモノを再現している。

 その首の強さは大型の水牛よりも頑強。そこにマナによる強化を加える事でアレクサンドラの拳を耐えた。

(……おいおい。今のはプロの魔法師の首をへし折れる威力だったんだが……?)

 そんな威力で子供を殴る方をどうかしているが、余裕を持って耐えたので結果オーライと言えよう。

 さぁ、次は伊鶴のターンだ。

「掴んだ……ぜぇ~!?」

 殴られながらもアレクサンドラの腕を掴まえる伊鶴。そのまま蹴りを顔面に向けて放つ。

「く……おぉんもぉ!!?」

 ガードした腕は何ともないが、足元が10㎝ズレた。ダメージを負わせるには至らなかったものの、直撃すれば決定打になり得るだろう。

「っ!」

「え?」

 ただし、当てる事が叶えばの話。

 アレクサンドラは伊鶴を掴み、大きく振りかぶる。そして――。


 ――ブンッッッ!


「嘘だろおいいいいいいいい!!?」

 見事なピッチングフォームで投げた。

 時速にして200㎞を超える速度で。人間をだ。

 確かにアレクサンドラならばこのくらいは容易い。

 だが相手は子供。子供相手にやるような事じゃない。例え頭のネジが多少飛んでいるアレクサンドラであってもそれは承知している。

 つまり。アレクサンドラは本当に真剣に相手をしているのだ。

 今の彼女の口は笑ったままだが、目は決して笑っていない。

「こんの……!」

「……っ!」

 伊鶴は体を反転させ、足から爆発を起こして投げられた勢いを相殺。

「爆発は……得意分野なんだぜ?」

 宙に浮いたまま伊鶴は足元で爆発を起こす。と同時に爆発を足裏で蹴り、推進力を産み出してアレクサンドラの方へ再び向かう。

「「「!!?」」」

 何度も爆発を踏み、蹴り進む異様さは会場全体へ戦慄を覚えさせる。

 どんなに魔法に長けた人物でもあんな真似をすれば足の肉が焼け爛れるか吹き飛ぶか。どちらにせよ無事では済まないからだ。

 ハウラウランの耐熱を持った伊鶴だからこその移動法。誰も真似できない。

(まぁ、音でモロバレだからできたとしても普通やろうとは思わんわな……。私もサンディを参考にしてやってみたけどダメだわ。サンディのアレができるようになったら二度とやんねぇ)

「だりゃあ!」

 爆発の勢いをそのままに拳を突き出す伊鶴。

 しかし、今度はアレクサンドラも素直に受けてやるつもりはない。

「フッ!」

「い!?」

 短く息を吐きながら数㎝踏み込みながら首を傾げて拳をすかす。そのまま伊鶴のがら空きの腹部へ……と、いきたいところだが。

(かかった!)

 紙一重で回避する事で伊鶴の腕による死角が発生。その先では今まで動いてなかったハウラウランが爆撃の準備を完了していた。

「……………………っ!?」

(まずっ!?)

「クキャアアアアアアアア!」

 伊鶴の驚いた声に反するニヤケ面を見て気づくも、もう遅い。

 ハウラウランの溜め込まれた爆炎は解き放たれ伊鶴ごとアレクサンドラを包み込む。

 この場にいるほとんどの人間は息を飲む。

 そして否が応にも彼らにはこんな思いがよぎるだろう。


 ――自分達だったらあんな戦いができるだろうか?


 例え召喚魔法により味方を得たとして、あんな事ができるだろうかと。

 馬鹿にしていた力の可能性を見て、彼らの価値観が揺らぐ。

 魔帝ならまだしも、あんな子供に見せつけられて。未だ強がれる者がいたならば。未だ蔑める者がいたならば。その者はきっと、高みへは行けないだろう。少なくとも魔帝へはつけまい。

「へへ……どうだ……。見たか……ってんだ……。召喚魔法師私らだってやりゃでき……」

(もう……ダ……メ……これ以上は……時間…………切れ………………)

「クキャ」

 爆炎が静まり先に姿を現したのは伊鶴。

 すでに限界同調は解かれ、精神の負荷と肉体の負荷により意識が断たれたところをハウラウランの背に受け止められる。

 限界同調により肉体能力の共有だけでなく。思考や視覚も共有していたのだから無理もないだろう。

 これによって奇襲が上手くいったとも言えるが、まだまだ実戦では使えないだろう。

 たった3分足らずの攻防で伊鶴は戦闘不能となり、敵であるアレクサンドラはなのだから。

「ふぅ~……。危ない危ない。死ぬかと思ったわ」

 爆炎が迫っている事に気付いたアレクサンドラはとっさに腕で爆炎を振り払った。

 力のベクトルが逸れ、直撃は免れたが払った腕は少しだけ火傷を負ってしまったのだ。

(やれやれ。末恐ろしいぜ。自分を囮にして自分ごと爆破する策を思い付く脳みそもそれを実行する神経もぶっ飛んでる。何より。まだ学園に通い始めて日が浅いはずなのにこの私に傷をつけやがった。それも落ちこぼれの召喚魔法師のさらに落ちこぼれのクラスだっていうじゃないか。評価基準間違ってんぞ世界政府馬鹿共)

「ん?」

「クケ? クケケ?」

「………………あぁ!」

 キョロキョロと何かを探してる様子のハウラウランを見てアレクサンドラが察する。恐らくどこへ伊鶴を連れてけば良いかわからないんだろう。

「あっちあっち」

「クケ? クケケ!」

 アレクサンドラが指を指してやるとその方向へ向かっていった。

 途中よたよたしているのは疲労しているから。

 伊鶴しか動いてなかったとはいえ限界同調による負担がかかっていないわけではないから。

 それでも懸命に伊鶴を運ぶ姿にアレクサンドラの胸は高鳴る。

「可愛いなぁ~……っといけね。待たせちゃった?」

 最後の一人へ目を向けるアレクサンドラ。

 残ったのは最も年若い人域魔法師。

(のはずだけど。雰囲気はほぼプロだな。知り合いと伊鶴を抜けば一番落ち着きもあるし実力もありそうだ)

 他の人域魔法師達は恐怖に負けて挑む事すら放棄し、すでにその場を去っている。

 召喚魔法師の伊鶴の派手な戦闘も結果的に羞恥心を煽ったのもあるだろう。

 しかし、そんな臆病風に吹かれたプロの魔法師達よりもアレクサンドラは目の前の少女に風格を感じている。

「いえ、濃密ではありましたが時間的にはさほど経ってませんので」

「そらそうか。というか、今結構油断してたんだけど。襲わなくて良かったの?」

「小細工が通じるとは思いませんので」

「おう! クレバーだねぇ!」

 油断するのは素人。余所見をしていようが危機への感度を鈍らせないのがプロ。

 アレクサンドラも少女もお互いによくわかっている。

「じゃ、ヴァネッサもいつの間にか帰ってるし。正真正銘ユーがラストだね」

「あんな戦いを見せられた後では少し恥ずかしいですけれど。精一杯トリを勤めさせていただきます」

「!?」

 言葉を言い終わると少女の姿が消える。

 アレクサンドラすらも見失うほどに……速い。

(速っ! どこいった!?)

 微かに見えた雷の軌跡と気配と直感を頼りに位置情報を割り出す。

「……っ」

「……! ……っ!」

 アレクサンドラが振り向くと少女は背後にいた。しかし、すぐにまた加速し姿を消す。

 アレクサンドラの周りを少女の影と雷の閃きが無数に走る。追いきれてるのはリリン、ロッテ、コロナ。そして辛うじて才だけ。

 才に至っては俯瞰ふかんだから追えてるだけで、アレクサンドラと同じ立場ならば追いきれていないだろう。


(まったく。天才め)

 しかし、才は大して驚いてはいない。むしろ当然や納得といった感情が浮かんでいる。

 彼の少女を見る目は少しだけ複雑さを含んでいた。


「はっ!」

「……っと」

 高速で移動しながらタイミングを見計らい攻勢に出始める少女。

 しかし初撃から防がれてしまう。

 だが少女に驚いた様子はない。すぐに距離を取り何度も踏み込んでは隙をうかがうのを繰り返している。

(なるほど。動きは速いけど打撃は重くはない。少なくとも伊鶴のが重かったね。それに慎重だ。反撃されないようにヒットアンドアウェイに徹してる。でも慎重過ぎるね。特技を見せすぎだ。お陰で慣れちまったぜ?)

「そら!」

「……っ」

「うお!?」

 拳が眼前に迫った瞬間さらに少女は加速した。

 残像と雷の軌跡も激しさを増していく。

(お、おいおいまだ速くなるのか? 天井知らずかよ……。じゃあこっちも同じ土俵に立つかな)

「得意分野じゃないが……付き合うぜ?」

「……!?」

(消え……いや、斜め後ろ!)

「お?」

 アレクサンドラの背後。それも空中からの奇襲を寸でのところで回避。

(今のはまずかったもう一つギアを上げないと)

「はは。マジかよ……」

 さらに加速していく少女。加えて。

(その若さでそれをやるか!)

 アレクサンドラ同様少女は空を駆ける。

 しかも超高速で動きながら空気を圧縮して足場を作って空を駆け抜けている。一切速度を落とさずに。

 空中を移動するだけでも難しい。それを地上と同じ速度でこなすのは至難。超高等技術に伊鶴とは別の意味で会場を驚かせる。

(まったく最近の若いのは面白いなぁ……! どんなイタズラだよクレイった神様ジーザス!)

 将来有望な若者達にアレクサンドラは歓喜にうち震える。

 しかし、浸るのは後回し。今は天才一人の少女に魔帝との差を教えてやる時。

「ふふん♪」

「え……」

 会場を駆け回りながら互いに仕掛けてはかわすのを繰り返していた。

 そして幾度目かの接近。少女の目にアレクサンドラの笑った顔が映った。

「……っ」

 瞬間。背筋が凍る。でも止まれない。

 少女は可能な限り距離を取ろうと試みるが。もう遅い。

「魅惑的な生足掴まえたぜ♪ そして誉めてあげようキューティガール。君は私よりも確かに速かった。ただ……」

 アレクサンドラは一旦言葉を止め、人差し指を少女の額に当てる。

「?」

「ちょっとまだ非力だな」

「かは……っ!?」

 触れた部分を少し押した。やった事はそれだけ。ただ、マナで衝撃は何百倍にも拡張されている。

 それにより少女が受けた衝撃のイメージは銃口を突きつけられ、発砲されたのと同じものとなった。

 実際に受けた事はもちろんないが、触れた部分から逆側へ突き抜ける鋭く強い衝撃はそうイメージせざるを得ない威力を持っていた。

(速さだけじゃ……どうにもならなかった……。帰ったらまた反省しなきゃ……)

 意識を失う刹那。この戦いで得たものを次へ繋ごうとする。

 きっと彼女はより成長するだろう。

 そして、この急遽行われた魔帝によるイベントは終わりを告げる。

 結局アレクサンドラに傷をつけたのは伊鶴だけ。

 その事実に気付いている者はアレクサンドラと最後に手合わせをした少女だけだった。

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