第203話
バトルパート
VS
魔帝アレクサンドラ・ロキシー
「……っ!」
アレクサンドラの言葉を聞き、八人の魔法師が飛び出したが、二人はその場に留まる。
一人は伊鶴。もう一人は伊鶴とあまり体格の変わらない白人と日系のハーフの少女。年齢は今年で14程だろうが大人びた雰囲気がある。
「……行かないんですか?」
少女は伊鶴に話しかける。まさか自分以外にも待機する人間がいるとは思わなかったからだ。
「そっちこそ行かなくて良いの~?」
伊鶴も同様。少女に質問し返す。
「私は未熟なのでその場での連携はまだできません。それに、できれば一対一でのご指導を望みます」
「ふ~ん。私も似たようなもん。加減が苦手だから絶対周り巻き込んじゃうし。なによりサンディに一泡吹かせるにゃあタイマンじゃないと」
「サンディ……って。魔帝相手にそんな友達みたいに……」
「本人がそう呼べって言ってるし」
「なるほど。お知り合いだったんですね」
「担任が昔の同僚なんだと」
「それはまた幸運ですね」
「かもね~。うちらは本当恵まれてると思うよ」
八人の魔法師が脱落するまでは退屈なので、思ったよりも会話が弾む初対面の二人。
しかし彼女達はまだ気づいていない。
二人とも一対一でやりたいのに、待っているのは二人だということを。
(向かってくるのは八人。プロ六人に
「試合とはいえ余所見はいけませんよ魔帝!」
「ん?」
いち早くアレクサンドラに肉薄した訓練生の一人がアレクサンドラに注意を呼びかける。その様子を見てプロの何人かは思わず舌打ちをした。
それはそうだろう。実戦において油断は最高の好機なのだから。
しかもこれは複数人で魔帝を相手取るというもの。つまりこの男の無駄な一言で他七人の足を引っ張りかねない結果となったのだ。
(それもわからないなんてまだまだ若いぜボーイ。まず油断なんて欠片もしてないけどな)
アレクサンドラは応えるようにわかりやすく構えてやる。普段は構えなんて一切しないが、それでやる気が出るなら安いもの。存分に昂ってもらいたい。
(でないと
このイベントの目的は才達に魔帝の戦いを見せる為。普通の魔法師じゃ相手にもならないし、短期間で無理矢理集めた有象無象では話にならないだろう。
それでも見せたかった。世間一般では臆病者と言われ、他者にすがってまで、力を借りてまで魔法にしがみつくみっともない奴等と罵られている召喚魔法師でありながらも。諦めずに力を磨き、果ては人域魔法もモノにし始めた将来有望な若者に。どうしても見せたかったのだ。
だけれど。彼女は落胆してしまっている。
(なのに……。残念だ。一人目がこれなんて……)
(俺のスピードは教官達ですら舌を巻くほど。如何に魔帝といえど目の前からいなくなれば混乱して――)
「は~あ~い♪」
「っ!!?」
正面から急加速して背後へ回り込んだはずがアレクサンドラは真横にいた。しかも拳は既に腹部へ接近している。
「世界の広さを知れて良かったな
「ご……っは!?」
ワンインチの勢いをマナにより威力を上乗せ。だがそれだけで鍛え抜かれた腹筋をいとも容易く貫く。
(バカ……な。なんだこの威力……っ!? 指一本分の隙間を空けて寸止めしてから殴られたはずなのに呼吸ができないっ。なにより、俺のスピードに軽々対応した……!)
(確かに速い。でも私ほどじゃないし。動きも単純。自信過剰でなければもう少しマシだったかもね)
「まず一人だぜ?」
「「「……」」」
接近しながらもある程度の距離を保って様子を見ていた他の七人に人差し指を立てるアレクサンドラ。さらにくいっくいっと挑発をする。
だが、その挑発に乗る者はいなかった。
(うんうん。他の六人はともかくよく踏み込まなかったな訓練生。今のは評価高いぞ。でも、様子見だけじゃ詰まらんぜ
「カモンボーイアンドガール。今ユー達の前にいるのはなんだい? 言ってみろよ」
「「「……」」」
「揃いも揃ってシャイか? それともわかんないのかい? じゃあ答えを教えてやろう。そ~れ~は~――」
「ぅ……ぁ……!?」
「魔帝だぜ?」
様子見をしていた一人に真正面から接近。瞬きのタイミングを合わされた為に目の前に急に現れたと感じただろう。
そして狼狽えている間にもアレクサンドラの張り手が迫る。
「そら!」
「ぐぁああああっ!」
両腕でマナを込めつつガードするもゴムボールのように簡単に吹き飛ぶ。
「……くっ! ふぅ……っ!」
何とか体勢を立て直すがダメージは大きい。回復には時間を要するだろう。
「うん! よく耐えた! 偉い!」
「……! あ、ありがとう……ございます……っ」
だが一撃で倒れなかった。それだけで称賛に値しよう。何故ならば――。
「ゾラァア!」
「おっと」
アレクサンドラが称賛を露にしていると隙をついて襲いかかる。
打ち下ろされた拳は地面に亀裂を走らせる。相当な威力だ。
今度は背の高い女性。筋肉質な体つきから見ても今の一撃を見てもかなりの実力者。しかも。
「やぁやぁやぁ。何年振りだよヴァネッサ。元気……だよなぁ~」
「当たり前だろう? こっちはまだまだ現役だってんだよ。あんたが隠居してからも政府にこき使われてる」
「人間を人間扱いしてないからなぁ~。いや本当。抜けて大正解! あんな所ヴァネッサみたくサイボーグじゃなきゃやってられないって」
「まだ100%生身だよ!」
ツッコミを入れながら接近し肘鉄。アレクサンドラは素直にガードする。
ビクともしない
「相変わらずの馬鹿力……!」
「まだつってそのうち人間やめそうな人間に馬鹿力とか言われたくねぇよなぁ」
「既に人間やめてそうなあんたが言うか!」
「言は
「うお!? この!」
「よっ! っと……。危なっ!?」
足を止めて打ち合う二人。一発打つ度に辺りへ轟音が鳴り響く。あまりの迫力に誰も立ち入る事ができない。
「ところで何でわざわざ来てくれたんだ? しかもわざわざ応募までしてくれちゃ……って!」
「鈍ってないようだねレックス!」
「あは♪ やっぱりしっくり来るぜ
「だろう……ね!」
レックス。それは一部の人間しか知らないアレクサンドラの愛称。その意味とはラテン語で――王。
「久々にまともな殴り合いが出来て楽しいけど! ちょっと休憩しといてくれよ……な!」
「あん!? それってどういう意味!?」
「こういう事! ダゼ!」
「い!?」
アレクサンドラの右腕にマナが集まり大気が震える。これをヴァネッサは知っている。だからこそこの至近距離では防御に一点を置くしかない事も理解している。
(この距離でソレ使うって殺す気かよ
「にん♪」
アレクサンドラの放つ地形をも変える一撃。
彼女の
人間に対して滅多に使わない。認めた相手にしか使わないその
――
「か……はっ!」
爆音と共にスタジアムの端まで吹っ飛ばされるヴァネッサ。アレクサンドラの本気の一撃を耐えるあたり流石と言えるが、全身打撲に内出血。所々骨にヒビが入りもう瀕死だ。
いやむしろ、一発のパンチで数百mまで地面を抉るような攻撃を受けて生きている方がおかしいと言えるだろう。
「あ、力加減ミスった……。だ、大丈夫かぁ!? ヴァネッサ~!?」
(これが大丈夫に見えるのかねあいつは!?)※怒っています。
「……うん! よし! 生きてるっぽいから大丈夫だろ! 他の子達始末したら改めて
(無理だよっ! 馬鹿か!? 馬鹿か!)※ブチギレています。
「さて、と。ちょっと待たせちまったかな?」
「「「ひ!?」」」
「おやん?」
アレクサンドラの放った一撃は心を折るのに十分だったようで、待機している二人ともう一人を除いて戦意喪失してしまった。
「はぁ~ん。
「ハッ! お久しぶりです魔帝ロキシー教官殿!」
「いやもう教官じゃないから。あと公私は分けなよアマドゥール」
アマドゥールという名の男。この男には見覚えがあるのが数名いる。特に、ロゥテシア。
「で? わざわざミーとの手合わせを願う理由がわからないんだが? 聞いても良いかいその
「美女の願いとあらば」
「言うなら早くしろ♪ 女と見れば見境ないのはわかってんだよ♪」
「イエッサー! 実は元々休暇でこちらに来ていまして! ここに来る途中運命の出会いを果たしました!」
「また?」
「いえ! 今回は本当の本気の真剣であります! 一目惚れでありましたぁ~……」
「また?」
「いえ、今回は真面目に」
「あ、そう。で?」
「ですが我々には越えがたい障害がございました。それを乗り越えるには何が必要かずっと考えておりました。休暇だというのに」
「何をしながら?」
「観光です」
「だよね」
「リフレッシュは大事です」
「お前はそういうヤツだよ。それで?」
「ハッ! そしてロキシー教官からの告知を見てこれだなと!」
「つまり衝動的に来たんだな貴様は」
「はい!」
「ん~。さすが軍隊仕込み。良い返事だぁ~」
「お褒めに預かり光栄であります! サー!」
そう、このアマドゥール。船でロゥテシアにしつこく求婚をしていた男である。
どういう結論を導きだしたかは不明だが、とりあえずアレクサンドラと戦い成長する事でなんやかんや起こるのだろう。彼の中では。
「つーかあの人まだお前との結婚諦めてなかったんだな。話を聞く限り女好きっぽいけど」
「求婚とは言わずとも色んな男に声をかけられているよな貴様。まぁそれだけフェロモンを分泌させていれば無理もない。無意識にも異性は寄ってこよう。なんだ? 貴様盛ってるのか?」
「意図して発した覚えはない。そもそもそんな器用なことができるかっ」
「へくしゅっ!」
「このタイミングでくしゃみはナイス過ぎないかお前? まさか、狙った?」
「(´ーωー`)?」
「いや、なんでもない」
コロナの顔を拭きながら改めてアレクサンドラの方へ目を戻す才。
しかし、チラチラと別の所へ視線が移っていて集中できていない様子。
(たぶん間違いないよなぁ~……。まさかあいつまでこんなとこに……)
何に対しての事なのかは本人にしかわからないが、才の表情は実に複雑なものだった。
「あいさつもそこそこに……。それでは行かせていただきます」
「とっくに戦闘は始まってるんだからいちいち言わなくて良いんだゾ♪」
「不意打ちが通じない+恩人であれば礼を表するのは当然です」
(まず礼を重んじる前にナンパ感覚でプロポーズするのを直して来いって思うけどなぁ~)
心の中で苦笑いを浮かべながら話を切り上げ相手の出方を窺う。
一時的で短期間とはいえ自分が鍛えた生徒だからこそ気は抜けない。
特にこのアマドゥール。実力だけは確かなモノがある。素行と思考に問題があるだけで。
「そこの将来有望そうな二人のガールはまだ素人だろう! 特別にプロから指導を一つしてさしあげようじゃないか!」
「「……?」」
アマドゥールはアレクサンドラに向けて人差し指を向ける。ピストルの銃口を模したように。
「よく魔法はマナの量とイメージだという話がある。あれだが――」
「やば」
アマドゥールの指先から迸る閃光。瞬間アレクサンドラへ一直線に向かう爆炎。炎はアレクサンドラを中心に一帯を大火に染める。
「あれは、正しい」
みっともなく求婚していた姿はそこにはなく。あるのは
「か~。すっげ。サンディじゃなくてもあんなことできんだね」
「最前線でもあそこまでできる人は少ないと聞きます。プロの中でも一級なんでしょう」
「見ましたか教官! 私の彼女への愛をイメージした魔法は! この情熱と劣情はまさに爆炎に等しい!」
「劣情かよ!? 感心して損したわ!」
「……実力だけはある方に見えるんですが。人格に比例しないのが何ともですね」
……言動さえまともなら恋人の一人も出来そうなものなのに。実に残念な男である。
「ふっふっふっ! これなら彼女にも胸を張って会いに行――」
「く前にお仕置きだバカ野郎」
「げぶひゅ!!?」
いつの間にか背後に移動していたアレクサンドラはアマドゥールの頭を掴み、背中に膝蹴りを入れながら手前に引く。
バキッと嫌な音を響かせながらアマドゥールは泡を吹きながら倒れた。
「未成年の前で劣情なんて口にしてんじゃねぇぞ♪」
どの口が言ってるのかと何人かが思ったが、アレクサンドラの耳には入らない。
そしてアマドゥールが倒れた事によりまともに動けるのは待機していた若者二人だけとなった。
「さて、他は怖じ気づいたようだけど? ユー達はどうするね?」
「もちろん」
「やったるぜぇ! ……って。私は自分だけでやりたいんだけど?」
「……私もです」
「「……」」
二人は顔を見合わせ。そして。
「最初は?」
「……グー。ですか?」
「じゃんけん……?」
「「すぅ~……っ。ポイ!」」
「おらボケカスどりゃあ! 勝ったぞい!」
「くっ!」
じゃんけんの勝者は伊鶴。よって順番を決める権利は伊鶴へ。
「んじゃ。これ以上疲れられてもアレだし。先に行かせてもらうぜい?」
「どうぞ」
いつもの調子でアレクサンドラの方へ歩み寄るが、実際は冷や汗が止まらない。
あの伊鶴でさえも、魔帝の力と威圧感は背筋を凍らせてくる。
(だからって。止まれねぇんだよなぁ。覚悟が違ぇんだよなぁ。才能がないって言われながらもすがりついた惨めな
「行くぜサンディ?」
「あぁ。かかっといで伊鶴」
「おうよ。じゃあ――行くぜ? ハウちゃん」
(それに、サンディならアレ、試しても良さそうだよなぁ~。……一分持つかな? 持てば良いけど)
まだ早いと言わざるを得ない。もっと成長してからアレクサンドラと相対するべきだっただろう。
しかし、伊鶴の持つ才能は今、人の目に触れる事を選ぶ。
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