第137話

 さっきとはうって変わってこじんまりした部屋に連れてこられた。……それでも十二畳くらいあるけどな。さっきと比べたら狭いってだけで二人なら十分高級旅館並みに広いわ。

「すまんなぁ~。付き合わせてしもて」

「いや別に。色々事情も知らないし。ピンっと来ないからなんとも思ってないっていうか」

「ふふっ。ほうかほうか。ま、その辺りも追々な。今は朝食にしよ。少し冷めたかもやけど。うちの娘達はええ腕しとるから。美味しいよ」

「じゃあ期待しとく。いただきます」

 和食とか滅多に食べないからこれは普通に楽しみ。まずは川魚の塩焼きから。

「ほう。うま」

 上品な脂の乗った白身。魚の良さを殺してない絶妙な塩加減。シンプルな調理だからこそ素材が活きた味と食感。米が進むわ。……なんの魚かわからないことを除けば完璧だよ。なんで顎に触手みたいなのあるんだ? 川魚にそんなのいたっけ?

 まぁ日本語話してるけど一応異界だし。別の生態系があるんだろう。深く考えるのはやめたほうが無難だな。うん。

 さーて次はなにを食べようかな~!



「ごちそうさま」

「ごちそうさん」

 よくわからない食材もあったが、とりあえず全部舌には合ってたな。馴染むっていうか。普段洋食ばかりだとしても俺も一応日本人ってことなんかねぇ~。

「朝食もいただいたことやし。先の事話そか」

「先のこと……つってもなぁ~……。正直帰りたいとしか」

「ほう。坊は前の場所で不満はなかったんやねぇ~。半ばもののけやのに。暮らしは辛くなかった? というかほんまに坊って人間なんか? 妖ちゃうの?」

 散々な言い様だな。気遣いどこいった。つかお前に言われたくないし……って最初から鬼つってたな。人間じゃなかったわ。角が眩しいよ。

 でも言いたいこと自体はわかるんだよな。俺もうほとんど人間じゃないし、違和感は当然。

 ……ふむ。一応説明はしといたほうが良いか。不信感があるなら拭いたいしな。

「俺は人間だよ。生まれはな。話すと長くなるから簡潔に言うと、人間やめた。それから今くらい力をつけたんだよ。やめたのもつい最近」

「ほぉ~ん。セツに近いんやねぇ~。あの子も数百年前まで人間やで。というかここにいる角なしの子はほとんどそうなんやけど、元人間言う方が正しいわ」

 フゥ~っとまた煙管を取り出して煙を吐き始める。煙に手を突っ込んで取り出したのは……桃?

「この桃はな? 今は娘達に任せてるけど、最初の一本は私が丹精込めて育てたんや。水がない時もあって、そんときは血飲ませたり気分け与えたりしてな。そらもう付きっきりで育てたんよね。したらな? なんやとっても美味しくなったんよ。舌も頬も蕩けるほど甘ぁ~い果肉なのにいくらでも食べれる美味しい桃になってな? 報われた~感じてとっても嬉しかったの今でも覚えてるわ。もう千と五百は前の話やけどね。そんでな? それだけじゃなく、不思議な事に食べたら寿命が伸びるようになってな。私元々不老やし移ったんかね? わからんけど。だからまぁ。男子は皆死んでしまったけれど、廃れる事なく私らは暮らしてるんや。どんな小さい子も皆坊より年上やで。何せ鬼と元人の中で一番若いのがセツやからね。あの子ももうとっくに百超えてるよ」

 自分の血飲ませるって……なんちゅう育て方を……。そら品種も変わるわ。あんたみたいなとんでもない生物の血飲ませたらよ。食うだけでエゲつない生物になるような植物育てやがって。本当恐ろしいなおい。

「邪気を払う。鬼を狩る男子の名。仙果とされる桃を喰らう事で私らに近づく。ふふっ。滑稽やろ? でも不老長寿の言い伝えはきちんと守ってるから許してな? あ、安心しぃ。死にたくても死ねない言うんはないよ。不死とはいかんかったから、首落とせばちゃんと死ぬよ」

 だから恐ろしいことをサラッと言うな。まだとんでも桃のショックが残ってるんだよ。追い討ちかけんな。

「あ、話がズレてもうたな。えっと~……なんやったっけ?」

 小首を傾げる煙魔。人差し指を(たぶん)口元に添えて声も仕草も可愛らしいんだけど、仮面がほぼ般若だから素直に愛でれねぇ。

「あ、そやそや! 帰りたいんやったね。うん。あんまり気持たせても悪いから答え言うてまうけど、今は無理や」

 え、無理なの? とんでも生物のあんたでも?

「前はよぅ日ノ本と繋がってたし行き来もしてたんやけど……江戸の頃を境に繋がり切ってしもてな。それでもたま~に流れてくるんは土地柄としか言えんし……私関係ないんよ。だからごめんな? 今すぐに帰すいうんは無理なんよ」

「なる……ほど」

 う~んそいつは困った。グリモアでリリンたちの存在は感じるけどいつもは鎖で繋がってるような明確な感覚も、今はほつれた糸くらいにしか感じない。だから存在辿ってゲートも開けないんだよな。つか他の世界への繋がりもまったく感じない。うん。どうしよう。手詰まり。ぼく、おうち、かえれない。

「……時間をかければまた繋げられるかもやし、あんま気ぃ落とさんでな? ここにいる間は私が守ったるさかい。ご飯もお風呂も心配せんでええから。あ、でも他の子あんま困らさんでな。わからん事聞くのはええけど悪戯したらあかんよ? まして手出したら(冥土の)お土産渡さあかんから。肝に命じといて」

「ハハハ。ありがとうございます。他に当てがあるわけでもないし頼らせていただきます」

「うんうん。ちゃんと御礼言えて偉いなぁ~。桃食べるか?」

「……今は、遠慮しとく」

 それ人間やめる禁断の果実でしょ? とっくにやめてるけどどんな影響出るかもわからないから少なくとも今は口にできねぇ。

「ほうか? 坊食べても今さらあんま変わらんと思うけどなぁ~。自分が思ってる以上にグチャグチャやよ。私以上に。………………あむ」

 仮面をいじって口開けて桃を頬張る。チラッと見えた唇は薄いけどぷるっと潤ってる感じがしたな。桃の汁でさらに濡れてエロい。その他見えた骨格からしても顔立ちは良さそうだな。

「……んく。他に聞きたい事とかある? したい事でもええけど。私の手に収まる事なら出来るだけ叶えたるよ」

「じゃあ……なんで仮面つけてるのか聞いても?」

 なんでさっき怒ったのか聞こうと思ったけど。地雷だったしやめておこう。で、他に気になるつったら仮面これしかないよな。まぁ、食事の時も外してないから別の地雷の可能性もあるが、一応知らなかったで済まされる範囲……のはず。

「……まぁ、気になるわな。あんま聞いてて気持ちのええ話でもないけど。気になったままのが気持ち悪いもんなぁ~」

 煙魔は桃を食べきると、煙管を一口吹かす。食後の一服かな?

「私はそらもう酷い醜女なんよ」

「しこめ?」

「あ~……ドブスいう意味や。私、天然物の絶世のドブスやねん」

 お、おおう……。女性の口から私めちゃくちゃブスとか聞くとなんとも言えない気持ちになるな。もしかしてこの話題のが地雷なのでは?

「別にもう私自身は気にしてへんのやけど。他の子が私の顔見て気悪くして嘔気催すのも悪いし。せやからずっとつけてるんよ。ただそれだけや。フゥ~」

 煙を吹かす度に桃の甘い香りがあたりを包む。もしこれを美人がやれば絵になるだろうな。ブスがやってるとか場所が場所ならめっちゃ叩かれるだろうよ。調子乗んなって感じで。

 ただ……ブスって言われてもピンと来ない。さっき見えた口とかの部分的なパーツからの予測しかできないけど、少なくともブスって感じがしなかったんだよな。やっぱ目元とか見ないとなんともだけどさ。……不躾だし失礼だけど、好奇心が湧いてしまったぞ。

「もしも……俺があんたの顔見たいって言ったら……どう思う?」

 尋ねるだけ尋ねてみる。これで断られたら諦める。さすがに世話になる相手に何度も失礼なこと聞くわけにもいかないからな。

「……怖い物見たさはわかるけど。駄目。顔見たら素直にねだれなくなるかもやしね。気味の悪い生き物に声かけるの、嫌やろ?」

「いや、別に……」

 気持ちの悪い生き物自体はつい最近たらふく見たしな。一番は背中から見たこともない生き物出しまくる珍獣。俺はあれ以上に奇妙で気持ち悪い生き物知らねぇなぁ~。

「ほうか? でも駄目。諦めや。……あ、でも、せやなぁ~。帰り方わかったら坊は元の場所に戻るし? そん時ならええかな。帰り際とかちょっと締まらんけど。私の顔見れなかった……なんて詰まらん未練残すのも忍びないしな~。それまでの楽しみに取っとき」

 仮面をつける理由も素顔を見せる理由も全部気遣い。かぁ~良い女だなあんた。お嫁に来てもらえません? 絶対尽くしてくれるでしょ。ま、俺にはもったいないし。俺基本面食いだから本当にブスだったら態度も気持ちも変わるかもだけどな。でも良い女。優しいひとってのはたぶん変わらず思うよ。

「わかった。これ以上無粋なことも言わない」

「ほうか。なんややっぱり坊はええ子やね。今までの男子とはまったく違うなぁ~。爪の垢煎じて飲ませたいわぁ~。もうおらんから無理やけど」

 ……ちょくちょく怖いことは言ってるけどもね。まぁ優しいことには変わりない。ほんの少しの時間でもたくさん気遣ってもらえたしな。これからも色々甘えさせてもらいますわ。

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