第136話

「さてさて、ちょっと失礼して」

 どこからともなく煙管を取り出し、仮面の右顎関節を操作し始める仮面女。カチカチ音が鳴って顎が下がる。口が開いたぞ。おもろいな。そして隙間から煙管を、差して吸い始める。

「フゥ~……」

 桃色の煙を吐くと生き物みたいに動いて一ヶ所に留まる。マナの密度も尋常じゃないな。俺の影に近いくらいだぞ。

「坊。着いといで。あ、メズは歩いて帰っといで」

「わ、わかったがよ……」

 そう言って煙の中へ入っていく。気配も感じれなくなったな。ついてこいってことはあの煙はゲートみたく別のとこに繋がってんのかな? 疑問は尽きないけどとりあえず言う通りにしとこう。



「……すげ」

 思わず言ってしまった。いやでもしょうがないってこれは。煙を潜ると純和風の屋敷が現れたんだぜ? 時代劇の金持ちの屋敷みたいなやつが。そら驚くって。

「こっちおいで」

 っと、呆けてる場合じゃない。あんまり待たせるのも悪いし早足でさっさと追いつこう。

「履き物はそこに脱いで置いといて」

「あ、あぁ」

 これまた広い玄関で靴を脱ぎ奥へ入っていく。どこを見ても映画のセットみたいで変な気分。まったく知らない景色のが異界って実感があるけど、半端に知ってる分違和感がすごいわ。

「あ、ちょっとええ?」

「はい? なんでございましょ」

 仮面女がすれ違い様に一人の女中って言うのかな? 和服の女性を呼び止める。

「この子迷い子みたいなんよ。これから顔合わせる事も多くなるさかい。屋敷の皆に言っといて。妹達には私から言うから」

「かしこまりました煙魔様」

 用件を伝えると女中さんはペコリと頭を下げて去っていく。綺麗なお辞儀だな。

 ……ん?

「えん……ま?」

 聞き間違いか? なんかそんなワードが聞こえたんだけど……。でも聞き間違えなんてあるわけないよな。今俺耳も良いから。

「あぁ~。うっかりしとったわ。名前まだ言うてへんよな? ごめんごめん。私は煙魔。不浄の鬼頭おにがしらや。江戸の頃は地獄の閻魔様と同一視されることもあったけど、ほんまもんちゃうよ。ただの鬼やからあんま気張らんでな」

「へ、へぇ~。さいですか」

 おいおい第一印象が地獄だったけど本当の閻魔がいるとは……。あ、本物ではないのか。まぁ俺にとっては大差ないけどな。強さ的な意味で。

 はぁ~……。またとんでもないもんと関わっちまったなぁ~。しかもまた女。俺、女難の相でもあんのかな……。今度占ってもらおうかな。



「皆久方振りやね。よう集まってくれたなぁ~」

 旅館の宴会場みたいなこれまただだっ広い場所に角の生えた女が十数人集まってる。瑪頭飢って名乗ってた鬼もいるけど男は見当たらないな。形見が狭い。

 俺を含めたそれぞれの前には膳が置かれてるのはたぶん朝食も兼ねてるんだろうな。少し遅いけどまだ九時回ってないし。全然許容範囲。

 ……つか飯とかどうでも良いんだけどね。だってさ。どいつもこいつも威圧感とかマナの質的にはたしかに煙魔に次いで瑪頭飢が強いんだけど。集まった全員が全員大差ない気配ぶっぱなしてる。しかも何人かはこっち睨んできてめっちゃ怖いッス。俺がなにかしましたか? したことといったら貴女方の仲間である瑪頭飢をシバきまくっただけです。それも正当防衛です。僕は無実です。信じてください。

 ちなみに仮面女もとい煙魔は上段の間って言うのかな? お殿様が座るような場所にいる。やっぱ一番偉いんだなあんた。フランクに話しつつもめっちゃ媚びよ。

「久し振りて……。姐さんが一人のが好きじゃから集まらんだけじゃろ。姐さんと飯食いたぁ思とるぞ儂ぁ」

「側使いの雪日せつかくらいかの? いっつも同じ釜から飯食っとんのは。羨ましぃのぉ~。姐ぇとずっと一緒ってなぁよ」

「……お言葉だが姐様あねさま達。同じ釜から米は頂いてるが同じ卓にはめっっっっっっっっったにつかない。煙魔様は桃かじって煙吹かして酒飲んで気紛れに娘達の所へ足を運んでおられる。私だってお供したいのに勝手気ままに過ごしておられるから数ヵ月顔合わせないというのも多々ある。側使いだからといっていつも近くにいれるわけではないぞ」

「……人を放蕩者みたく言わんといてや。新しい子もいるのに恥ずかしい。……ちゃんとご飯食べないのは反省するけんども」

 皆が皆変な訛りしてんなぁ~。雪日って女はあまりキツくないから聞き取りやすいけどな。……あれ? てか角生えてないぞあいつだけ。人間なのか? 前の迷子は昭和つってたけど……子孫かな? この場で三番目にデカい気配とついでに俺に殺気飛ばしてるから人間とは思いたくないんだが。せめてその強さなら人外であってくれ。

「んでも、迷い子のお陰で御呼びがかかったがな。何十年振りかの機会じゃし、迷い子様様じゃな」

「……女子おなごなら歓迎できたのですがね。男子おのこは私は心配でなりませぬ」

 あ~……男嫌いなんですね。だから殺気飛ばしてくるんですね。やめてください。男女差別って言うんですよそういうの。

「ぬぅあは! 気荒立ててると姉御に叱られるがぞ!」

 瑪頭飢が笑いながらたしなめてる。けど。

「メズ姐は荒立ててるどころか襲いかかったと聞いているが? 煙魔様の言い付けを破って叱られたのは自分では?」

「……うん。怒られたが。罰飯食わされそうになったが怖がったが」

 反論を受けしゅんっとする。そらそうだよな。説得力ないもん。

「メズの事は置いといても。男というだけで目の敵にするのはいかんじゃろ?」

「確かに迷い込む男子は皆気ばかり大きくて身の程知らずばかり。今や全員始末しちまったが。今度もまた阿呆とは限らんだろ?」

「身の程という点では問題ないがや。卑怯な術を使いおったが、オラの腕っぷしでも壊せんもんをあてがいおったが。姉御の金棒しか通じんかったがぞ」

 周りの緊張感が増した。雪日に至っては殺気が増した。余計な事言ってんじゃねぇぞ猪ゴリラ! ってかあの武器煙魔の持ち物かよ。道理で影が通じないわけだな!

「……つまり危険という意味では? 今すぐ叩き斬った方が家族の為と察すれば……」

 傍らに置いていた刀を持ち始めたぞ~あの物騒な女。しかもあの刀もまた金棒と同じ感じがする。金棒は打撃だからまだ致命傷に至らなかったけど、刃物となると防げる気がまったくしない。影ごと胴体斬られるんじゃないだろうか。俺の上と下さよならバイバイ?

「……なぁ。坊が強いのが悪いん? 男子である事が悪いん? セツはそう言いたいんか? 私の前で?」

 煙魔の怒気がその場を支配する。他の気配を圧し潰す圧倒的強者の気迫。まるで嵐ってやつ。これに比べたら雪日の殺気はそよ風だよそよ風。ほっぺを気持ちよく撫でるそよ風。

 にしても、なんで急に怒ってるんだろ?

「……っ。い、いえこれは……。煙魔様の気を害するような、そんなつもりは毛頭もなく……」

「……バカたれ」

「やってしまいおったな末妹ボケ。折角姐ぇと飯食えるかと思ったのに」

「実際にあの時代におったわけでないから気緩むのもわかるが……」

「あ~あ。こりゃ御冠がよ姉御」

 あ~。なんか地雷踏んじゃった感じなのか。他の連中は実際の理由を目にしてるけどこの中でも若い雪日は自分の目で見てないからうっかりした。ってところか。ご愁傷様です。

「……気ぃ悪いわ。坊、おいで。一緒に小部屋行こ。御膳は運ばせといてや」

「は、い。かしこまりました……」

 煙魔が立ち上がってどこかへ行く。良いのか? こんな大勢集めたのお前なのに……。

「坊、はよう」

「えっと……。あぁ……わかった」

 とりあえず一番逆らっちゃいけない相手の言うことだけ聞いとこう。それが今俺にできる唯一。

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